第16話

「すまねえが、俺と彼等の分、飲み物と何か摘まめるものを準備してくれ」


 秘書っぽい人にそう指示を出し、彼女が退室していくと、こっちに向き直るイケメンエルフ。


「君達は、一体何をやらかしたんだ?」


 好戦的でありながら、どこか面白がっているようだ。聖都からの書状って言ってたな。それなら内容は十中八九俺達に関する事だろう。大方、犯罪者に仕立て上げられてるとか、そんな感じか?


「別に何も。仲間と逸れて、なんとかここに辿り着いた」


 ちびっこが平坦にそう語る。別に嘘は言っていない。


「そうか。じゃあ聞き方を変えるか。お前ら、何で聖都を追い出された?」


 お? 粗野な雰囲気に戻ったな。ちょっと威圧的な感じ、こっちがこの男の本性みたいだな。


「そんなの知らない。こっちが聞きたいし、いい迷惑」


 ちびっこは相変わらず。相手が凄んでもまるで気にしていないな。いい根性してるぜまったく。


「聖都からここまでは、魔獣がウヨウヨしてる大平原を突っ切ってこなくちゃならねえ。どうやってマンモスボアを倒したんだ? ちょっと喧嘩が強えくれえじゃあそこは生きて突破できるモンじゃねえ」

「どうやってって……タクトが殴って?」


 ビューエルの問い掛けに、ちびっこがこっちを見て遠慮がちに答えた。


「タクトと言ったな? お前は何か武術の心得があるのか?」

「いや、全然」

「はあ? じゃあマンモスボアはそっちのお嬢さん達がやったのか?」

「いいえ、あたしは頭脳労働専門よ」

「ボクも」


 まあね、ジェンマ先生もちびっこも、腕っぷしが強そうには見えねえしなあ。あ、俺もだけど。


「信じられねえなあ。ド素人が中級魔獣を、しかも4体もだと……?」


 ビューエルは腕を組んで考え込んでしまった。


「……お前ら、もしかして召喚者か?」

「「「……」」」


 その言葉に、思わず全員がビクリと反応してしまう。


「はっはっは! そうかそうか」


 予想に反して、ビューエルは大笑いを始めた。さっきまであった威圧感や、好戦的な雰囲気は消え去っている。何がそんなにおかしいのか、こっちとしちゃあチンプンカンプンなんだが。


「タクト。ちょっと確かめたい事がある。俺に付き合え。そこのお嬢さん達も一緒にな」


 ジェンマ先生が微妙な表情だな。見た目は先生より年下に見えるビューエルに、お嬢さん呼ばわりされる事に関してだろう。だけどこの人がエルフなら、見た目通りの年齢じゃねえって可能性の方が高いよな。そのくらいは俺でも分かる。ちびっこはもっと詳しそうだが。


 とりあえずビューエルについていくと、そこは地下に広がる空間だった。円形の広場を囲むように、簡素な観客席のようなものがある。すり鉢状になっているので、なんとなくコロッセオとかスタジアムを思い起こせばピンと来るかな?


「よし、かかって来い。全力でな!」


 ビューエルがそう言うと、うっすらとヤツの身体が光に包まれ、すぐにその光が収まった。なんだあれ?

 というか、全力で殴ったらあの人死んじまうんじゃねえ?

 俺は客席に座っているジェンマ先生とちびっこを見る。ジェンマ先生は心配そうな顔をしているけど、ちびっこはダメだアイツ。


「タクト、やれ」


 だそうだ。まあ、アイツがそう言うなら大丈夫かな?

 俺は全力でビューエルに向かって行った。


***


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 肩で息をして、完璧にバテているのは俺だ。一方、ビューエルは涼しい顔。イケメンっぷりがすげえの。


「ざぁこ☆ざぁこ☆」

「うるせえよ」


 まあ、俺の身体はナノマシンで硬くなっただけだからな。チンピラ相手ならどうにかなっても、訓練を積んだ人にはかすりもしなかったって事だ。


「聖都からの書状にはな、お前らの事を要人に怪我を負わせて逃亡した大罪人につき、見つけ次第引き渡すか、処分しろって書いてあった」


 ほらやっぱり。俺達を魔獣がうろつく大平原に捨てていったはいいけど、生きてるかどうか心配になって、そんな通達をよこしたって訳だ。やっぱりあの猊下とかいうやつ、ロクな目的で召喚したんじゃねえな。


「けどな、今のでこの書状が噓っぱちだって事が分かった。お前みたいなド素人じゃ、聖都から逃げるのは無理だな。聖都の騎士団は、あれでも精鋭が揃ってる」


 このイケメンエルフめ。何がそんなにおかしいんだか。お前も国の手先なら俺達を摑まえるんじゃねえのかよ。


「まあ警戒する気持ちは分かるが、まずは腹を割って話をしようや? 俺ぁよ、あのアプリリー猊下が大っ嫌いなんだ。お前だって素人とは言っても、マンモスボアを倒せるを持ってんだろ?」

「……まあね」


 ビューエルはニッと笑うと、座り込んでいた俺に手を差し伸べる。その手を取ると、引っ張り上げられた。


「むう、見せ場なし。ノットテンプレ。タクトのアホ」


 ちびっこは口を尖らせてご不満のようだ。よし、あとでアイアンクロ―でもプレゼントしてやろう。そしてギルドマスターの執務室では、秘書さんがご機嫌斜めで待っていた。


「もう! ギルドマスター! 出かけるなら一言仰ってください! お茶が冷めてしまいました!」


 あ、あの、俺は冷めたお茶でも大丈夫っすよ?

 イケメンエルフのクセにやけに体育会系のビューエルが冷や汗混じりにペコペコしていた。すげえなあの秘書さん。




 

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