イケゲス王子のヘンテコな嫁はアリよりのアリ?

九重七六八

第1話 凱旋

 今思えばこの日の若き王子は、人生最良の日を謳歌していたと言えるであろう。

 泥と血に汚れた戦場で勝利を掴み、1万5千もの兵士と共に王子は、4頭の白馬に引かせた豪奢なキャッリッジ型の馬車に座ったまま賞賛に嵐の中にいた。

 式典用の白い軍服に輝く勲章がその功績を示している。

 彼を待っていたのは都に住む20万人もの民衆。

 彼らは町を守る門から続く大通りの沿道にぎっしりと詰めかけ、勝利をもたらせた英雄の姿を待っている。

 3年もの間、紛争が続いた隣国のアルトリア帝国との戦争で決定的な勝利を収め、それにより講和条約を成立させての凱旋である。

 これでしばらくは平和が訪れることは確実で、王都の民は安心に暮らせることに歓喜した。

 その英雄である王子の名前はケント。リーグラード王国の第3皇子である。

 正式な名前はケント・アルテッツア・リーグラード。年齢は18歳。

 彫りの深い顔立ち、愁いを帯びたとび色の瞳。

 サラサラで癖のない黒髪。身長177センチ、体重65kgでシルクのシャツを脱ぐと引き締まった筋肉質の体が現れる。恵まれた運動神経に切れ者と称賛される優れた頭脳をもつ。

 まさに容姿端麗、頭脳明晰という言葉がぴったりの王子様だ。

 そして第3皇子と言う高い身分に有り余る財産。

 これほど神に愛された青年はいないだろう。

 彼は15歳で迎えた初陣の時から、戦いくさの天才の片鱗を見せた。

 初陣では作戦参謀見習いとして本陣に参加。これは王子という身分なら当然のお約束人事であった。

 普通はお客様で終わり、戦場を経験したという実績を得るためだけである。

 ところがケントは違った。

 伝令の情報から敵本軍の移動経路を予想し、ある場所に伏兵を配置することを進言。

 それを聞いた司令官は試しに実行したところ、見事に的中。リーグラード軍は大勝利を得ることができた。

 この功績により少尉から大尉に2階級昇進。2度目の出陣時には騎兵中隊の隊長を任された。これは異例の抜擢であった。

 無論、戦いの最前線に投入される予定はなかったが、ケントはそれに甘んじなかった。

 決戦が迫り、騎兵連隊から後方に下がるように命令されたケントは、その命令を逆手に取り、自らの部隊をおとりにした。

 後方に下がる経路を工夫し、敵の騎兵部隊を誘導したのだ。見事に騙された敵の騎兵部隊は、決戦の地から遠くに引きはがされ、ついには決戦に間に合わなくなってしまった。

 騎兵の数が足りない敵軍は決戦に敗北。

 またしてもケントは戦わずして大きな武功を上げることに成功した。これで少佐に昇進。

 その後も経験豊かな将軍が感心するほど戦場で落ち着いた態度で参加。そして出陣した戦いでは必ず大きな武功を上げたのだ。

 王子として幼少の頃より英才教育を受けてきたとはいえ、まだ、15,6の少年ということを考えればこれはとんでもないことであった。

 まさに戦争の天才の出現であるとリーグラードの軍人たちから称された。

 お世辞ではない。

 実績からの賞賛だ。

 そしてその天才は17歳にして大佐となり、王国軍参謀本部の作戦参謀の一人に抜擢される。

 そこで立てた作戦がベテラン指揮官並みの的確さで、一緒にいた将校はみんな驚いた。

 なぜ軍人として経験の浅いケントがこのような活躍をするのかは、彼が天才であるとしか言いようがない。

 そしてこの天才は、数々の武功は軍での地位を固め、そして時期国王の椅子に座る実績を積み上げることに成功したのだ。

 そして今回18歳にして、対アルトリア帝国討伐軍の司令官に任命された。

 2万の遠征軍とそれを指揮する5人の将軍の先頭に立つことになったのだ。

 対するは長年リーグラードと領地を巡っての争いをしてきたアルトリア帝国。負け続きの状況を打開しようと4万もの軍を侵攻させて来た。

 それを撃退するのがケントに課せられた使命であった。

 その使命は見事に達成される。

 ケントはプルデンシャル湖畔での戦いで、アルトリア帝国軍を完膚なきまで叩きのめし、5年間の休戦条約を締結することに成功したのだ。

 これによりケントの英才は広く国民の知るところになり、王国で最も結婚したい男ナンバー1と国中の若い娘に思われ、王にしたい王子ナンバー1の称号も貴族たちから贈られていた。

 しかしケントは第3王子である。

 通常は第3王子というと、跡継ぎ争いからは程遠い存在である。

 2人も兄がいるのだから当然だ。

 だが、国王の一族たるリーグラード家の事情は少々異なっていた。

 まず8歳年上の第1皇子は側室の子であった。

 側室とはいっても元は宮廷の踊り子であったので身分は低かったのだ。

 王族は血を尊ぶ。母親の血筋は優先順位を変える重要な要素であった。

 跡継ぎとして長男は最有力候補たる立場であるが、それより弟の方の血筋が良ければそちらが優先されるのだ。

 加えてこの長男は成長するに連れて、バリバリの武闘派の軍人になり、その才能は突撃して自ら戦うには向いているが、戦略戦術の駆け引きとなるとおぼつかない。

 将としては全く無能と周りから思われるのに時間はかからなかった。

 よって宮廷貴族たちからは、脳筋王子とあだ名され、王としての器はないと陰で言われていた。

「軍の部隊長ならなんとか通用するが、王となるには知恵が足りず、とても政権を担う力はない」

「外交能力はゼロ。とんちんかんな指示しかできない」

「あれが王ではリーグラードは滅ぶのは間違いがない」

 それが第1皇子の一般的な評価であった。

 そして次兄。彼の母も側室であったが貴族の出身。血筋だけなら長男より後継者候補の順位は高い。

 しかし、ケントより5歳上の次男は内気な性格で学者肌。体も弱く、よく病気で寝込む。

 政治よりも植物の研究が好きと言う青年であった。

 この王子では王として軍を率いる能力はなく、駆け引きが必要な政治も向いていない、次期国王としてはふさわしくないと言うのが貴族たちの評価であった。

 2人の兄たちが血筋、能力に問題があるのに比べ、第3王子のケントは完璧であった。

 母は隣国エルグランド王国の王女。そして身分は王妃であった。

 母親の血筋は完璧である。

 王妃である母はケントの5歳下の妹を生んだ時に産褥熱にかかり、他界してしまったのだが、その後、父である国王は年齢も50歳を越えていたので、正妃を迎えなかった。

 ケントは唯一の正妃から生まれた正当な男子なのだ。

 そしてケント王子は幼少から、大人顔負けの利発ぶりを示し、優秀な成績を収めて来た。そして成長してからは、軍隊で数々の戦功を挙げている。

 世間の評判、貴族の思惑、国王としての資質、能力及び実績の点から次期国王はケント王子だろうと言われるのは当然であった。

 ケント自身もそう思っていた。それを意識しない方がおかしい。

 一応あまり出すぎないように奥ゆかしい態度をとってはいたが、ちやほやされる環境に長年いると人間は本質が出てしまうものである。

 ここ数か月のケント王子は調子に乗りすぎていた。もう国王の座がほとんど決まっているという状況に、有頂天になっていたのかもしれない。

 それも仕方がない。なにしろ、今回の戦功は特に後継者を決めてしまうほどの価値があったからだ。

 そもそも対アルトリア帝国との戦いにおいて、副司令官として百戦錬磨で有能な将軍であるカイゼル将軍が任命されとはいえ、18歳での司令官就任はリーグラード王国歴史上初のことであった。

 これは現国王である父親の期待が相当のものであったということだ。

 そしてケント王子は任命した国王の期待に見事に応えた。

 そんな次期国王候補で、有能な王子が見事に歴史的勝利を収め、王都クロービスに凱旋したのだ。これで後継者確定でないはずがない。

 貴族だけではない。ケント王子の人気は国民全体に広がっている。

 現にこの凱旋パレードのリーグラードの国民の熱狂は、都を焼き焦がすばかりに燃え上がっている。

「キャー、素敵」

「ケント王子がこっちを見たわ」

「いやん、見初められたかも……」

「ほれぼれするほどのイケメンねえ」

 若い女の子や妙齢の女性たちでさえ、若き英雄を見てキャーキャーと黄色い声を上げている。

(おいおい、そんな声を上げても無駄だぞ。お前らには俺は高嶺の花。届かない偶像アイドル。まあ、どうしてもというのなら一晩の慰みで遊んでやっても構わないがな……)

 すました顔をして前髪を後ろに撫でつけながら、手を振り、沿道の声援に応えているケント王子の心は少々黒い。

 いや、少々黒いどころかかなりゲスい。

「主様、娘たちを見る目が気持ち悪いズラ」

 その黒い心を見越して、そう言ったのはケントの侍従である。

 貴人に仕える侍従なのに言葉がなまっている。

 王子の向かいに座っている狐の耳を頭に生やした小柄な少女だ。

 狐色の髪はショートボブで目は少し吊り上がった猫目。可愛い顔に見えなくはないが、プロポーションは寸胴の幼女体形。

 ちなみに頭から生えているように見える狐の耳だが、これは自前である。

 狐族である証だ。この世界には獣人と呼ばれる少数民族が暮らしている。

 狐族はそんな獣人族の1つである。

 狐族は未婚の女性が結婚すると、この狐耳の片方に切れ目を入れる風習がある。よって独身か既婚者かは耳を見ればいい。

 見た目からして当然、この侍従は切れ目なしである。

 一見幼い少女に見えるが、年はケント王子の3つ下の15歳。

 狐族は小柄で大人の男でも身長は160センチいかない。だからこの侍従も身長は低い。140センチ辛うじてあるかなという子どものような身長である。

 狐族の人間は小柄な体形ながらも運動神経は発達しており、俊敏な動きと身軽さで諜報員として活躍する者も多かった。

 また従順でまじめな性格な者が多く、貴族の従者や侍女で活躍する者も多くいる。

 ケント王子は3年前からこの狐族の少女を侍従にしている。

 名前を『吉音(きつね)』という。

 侍従の立場なのに、こうやってケントの言うことに否定的なコメントをする口の悪い無礼な奴である。

 だがケントは吉音の台詞を意にも介さない。逆にこんなことをストレートに言ってくれる者は、ケントの周りにはいない。

 吉音は口の悪い奴であるが、いろいろと役立つ有能な少女なのだ。だからケントは侍従として常に傍らにいることを許可している。

 つまりなんやかんや言ってもお気に入りの家来なのだ。お気に入りと言ってもケントは吉音のことを異性としては見ていない。

 吉音は見た目から幼過ぎて、ケントの対象からは大きく外れるのだ。

 ケントは、吉音のことを数少ない信用できる家来だと思っている。

 信用に値する理由は少々変わっている。それはこの少女の忠誠の基準は「金」。

 光輝く「金貨」であるところからきている。

 吉音はケント王子がもつ有り余る金貨に目がくらんでいる。

 ケントがずっと金持ちで気前よく吉音に給金を払える限り、この少女はケントに絶対の忠誠を尽くすだろう。

 ある意味、分かりやすくてそれが信用できるのである。

 もちろん、ケントが払う以上の金で買収されることも考えられるが、それはないだろうとケントは確信している。

 吉音は少数民族の狐族である。少数民族は王国内の貴族たちからは基本的に蔑まれている。吉音はそれをよく分かっている。

 つまり一時的に金が得られても、ケント以外の者が恒久的に吉音を雇うことはない。狐族と言うことで差別され、侍女や下男のような下働きならともかく、侍従や秘書官のように主を支えるような仕事はさせてもらえない。

 長い目で見れば、ケントに仕えることの方が利益を得る。

 賢い吉音ならば、偏見をもつことなく吉音を侍従にしているケントのことを、裏切るメリットがないことは十分わかるだろう。

 真に「金」にあざといということはそういうことだ。

 だからケントが吉音に必要十分な報酬を与えている限りは、自分を見限ることはないと考えている。

「ふん。勝手に言っていろよ。今晩は戦勝を祝う会だ。忙しくなるぞ」

「祝勝会は夕方から始まるでズラ。2時間ほどで疲れているという理由で退室する準備はできているでズラ」

 にやにやとしている吉音。わざとはっきり言わないところが吉音らしい。

「吉音、何が言いたい?」

「いや、主あるじ様が考えているけれど、あえて口にしないことを考えていたでズラ」

「……嫌な奴だな」

「それはムッツリスケベの主様のことズラ」

「お、お前な!」

 ケントは声を荒げたが吉音は気にしない。

「それで主様、今宵の伽は誰にするでズラか?」

 吉音はズバリとそう聞いた。主人の身の回りの世話をする者として聞いておかねばならないことだ。

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