第66話『熱狂のステージへ』


 大歓声が鳴りやまない中、次に曲へと移る――その前に。


 カナがマイクを握り直し、ゆっくりとステージの中央に立つ。


「みんな、いっぱい歌ってくれてありがとう!」

 

 観客たちはその言葉に応えるように、再び大きな歓声を上げた。


「それじゃあ、ここでメンバーを紹介するね!」


 カナが笑顔で言うと、観客は次に何が来るのかと期待の目を輝かせる。


「まずはドラム、ステージの後ろでいつも力強いリズムを刻んでくれてる、私たちアフタヌーンパーティのリーダーユリ!」


 カナがそう言うと、ユリがドラムセットの後ろで笑みを浮かべ、スティックを軽く持ち直した。

 観客の視線が一斉に集まる中、彼女は軽く息を吐き出してからスティックを高く振り上げ、軽快なビートを叩き始める。


 シンプルなスネアとバスドラムのリズムから次第にテンポを上げ、手元をスムーズに動かしながら複雑なフィルを加えていく。

 観客はその見事なドラムテクニックに、再び歓声をあげ盛り上がりが増していく。

 最後にシンバルを高らかに響かせてから、スティックを軽く回してドラムセットの上に置いた。


「ユリ、最高ー!」


 カナが観客を煽ると、ステージはさらに盛り上がり、ユリはいつもの元気な笑顔を見せて観客たちに大きく手を振った。


 「次はベース、バンドをしっかり支えてくれてるアキ!」


 カナが声を張り上げると、アキが静かに一歩前に出た。

 彼女はいつもと変わらない落ち着いた表情を保ちながらベースのストラップを整え、ゆっくりと指を弦に滑らせる。


 観客は一瞬静まり、彼女の演奏に耳を傾けた。


 ――この時俺はアキに注目が集まっているのを利用し、さりげなくステージ脇に引っ込む。


 アキは低く深いベースラインを響かせシンプルでありながら、体に直接響いてくるような重厚な音を会場全体へと包み込む。

 彼女の指が滑らかに弦を走り次第に複雑なフレーズを加えていくと、観客はその重さと深さに感動したように体を揺らしていた。


 最後の一音が鳴り響いた瞬間、観客は静かに息を飲む、そしておもむろにポテチをパリッと食べる。


 ……どこから出したんだよ。

 思わず苦笑してしまう。


 いつもの彼女の行動でも観客たちにとっては面白かったのだろう、一人が噴出し次第に笑い声と拍手でステージが包まれた。

 アキは無言で軽くお辞儀し、再び元の位置に戻る。


「そしてギターは……」


 そのセリフと同時に観客たちは俺がいた場所へと目を向けたが――そこには誰もいない。

 一瞬のどよめきが観客席を包む。


 しかしカナはその間に、演奏前から脇へ準備させていたギターを肩に下げ……。


「ギターは私、カナ!」


 歪みを効かせた音を上から下までおもむろに鳴らせた。

 観客席に動揺は走っているものの、カナの行動に視線が一斉に集まる。

 彼女は笑みを浮かべ、ギターの弦を指で滑らせながら、一気にフレーズを奏で始めた。


 軽やかなアルペジオから次第に音を厚くし、力強いリフへと繋げていった。

 カナの演奏は、技術と感情が全て詰め込まれており、観客の心をしっかりと掴んで離さない。

 その指さばきは滑らかで、音が一音一音鮮やかに響き渡る。


 最後に力強く一音を放ち、ギターの音が余韻を残しながら消えていくと、会場全体が大きな歓声で包まれた。


 観客たちは手を叩きながら、まさにカナのギターテクニックに酔いしれている様子だった。


 ギターを弾き終えると彼女は先程俺が居た所へ移動し、コーラスマイクを握る。


「そして最後にボーカル!」


 カナの一声に観客席から『噓でしょ!?』『本当に!?』『きたっ!』といった声が上がる。


「ケイ! ぶちかましちゃえっ!」


 合図とともにステージ脇から走って、カナの元居た位置。

 ステージの中心へと辿り着く。


 ギターを外し、中央に立った俺の姿を見た観客たちは、この日最高の盛り上がりを見せた。


「次の曲は俺だ! みんな準備は出来てるか!?」


 声を出すと、すぐにそれが会場全体に響き渡る。観客の反応は即座だった。


「王子様ぁーっ!」

「本当に歌ってくれるの!?」

「やばい……私泣きそう」


 驚きと興奮が入り交じり、もはや収拾がつかないレベルだった。


 その間、俺は三人の方へ振り返り彼女らを見る。


 まずはアキ、ポテチを食べていたが俺が目をやると、ポテチを飲み込んだ。

 そして、無言でこちらに向かって小さく頷く。

 その動作がいつものアキらしい、言葉はないけれど、彼女の『大丈夫』といった意思がしっかり伝わってくる。


 次はユリ、ドラムのリズムを刻みながら、俺に向けて指をピンと立てた。

 

「いけるぞ、ケイ!」


 彼女のエールが、表情とその指先の動きからビシッと伝わってくる。

 いつものユリの明るさと元気さが、この瞬間俺に力を与えてくれるのを感じた。


 最後にカナ。

 ギターを撫でながら、俺に向けてふわりと笑顔を浮かべていた。

 その笑顔には、言葉にしなくても伝わってくるものがあった。


『大丈夫、いけるよ』と、彼女のその表情が俺を勇気づけてくれる。

 カナの笑顔は、いつも変わらず俺に自信を与えてくれる。


 三人からエールをもらい、改めて観客を見渡す。

 

 俺の愛称を呼ぶ様々な声が広がり続ける。

 彼女らを制するようにマイクを握り締め、声を張り上げた。


「いくぞぉ! みんなたくさん飛んでくれよな!」


 俺の声と共にカナがピッキングハーモニクスで開始の合図を送る、ユリのドラムがその合図を受けて再び力強いビートを刻み始めた。そしてアキのベースがその重低音を支え、曲は一気にスタートする。


 曲が始まると同時に、会場は音の波に飲み込まれる。

 カナのギターは鋭く力強いリフを繰り出してくれる。

 歌っている時もそうだったが彼女のおっとりした雰囲気は曲が始まると一気に豹変する。


 彼女のギターに観客が一気に引き込まれ、ステージ全体がそのリズムで揺れていく。


 歌い出し部分へと近づいて行くと徐々にマイクを握る力が篭っていく。

 

 拳を握りしめ息を吸い込んだ。

 酸素が身体を駆け巡ると同時に、観客たちが一斉に期待の目を向けている。


 マイクへと込めた声はスピーカーを通し広がり、まるで会場全体を支配するかのように響き渡った。


『おおっ!?』と前列の観客が思わず声を上げ、一気に引き込まれていくのをその目で捉える。


 カナのギターが激しく鳴り響き、アキのベースが低く重いリズムを支えている。

 ステージと観客の間に見えないエネルギーの波が行き交い、俺はその中心で自分が音楽の一部になっている感覚に包まれていた。


 俺の声が一段と高まり観客たちは自然と声援を上げ、熱気がさらに高まっていく。


 次のフレーズに突き進む度、観客の反応も強くなっていく。

 体を揺らし、手を振り、叩き、俺の声に合わせてリズムを刻むようにジャンプをする者も現れてきた。

 会場全体がひとつになり、熱狂が広がっていく。


 間も無くサビに入る、その少し前の間奏でふと、ドローンがぐんぐん近づいてくるのを感じた。

 1曲目には大分お世話になったな。


 カメラが俺を至近距離で捉えている。

 レンズに映し出される自分の姿を確認すると、俺はふと笑みを浮かべ、何か特別なことをしようと考えた。

 その瞬間、観客の期待がひしひしと伝わってくる。


 右手をそっと唇に当てて、ドローンに向かって投げキッスを『ふっ』と息を吹きかけるように投げキッスを送る。


 すると、まるで時間が止まったかのような一瞬の静寂が訪れる。


 ――ヤバい、調子にノリすぎたかな。


 不安に思っていると次の瞬間――。


「きゃーーっ!?」

「天使様からのキス!?」

「はぁ……っ」

 

 体育館全体が爆発したかのように歓声が巻き起こった。

 何人か倒れてしまったのが目に入った。


 さっきの曲の時、ウィンクした時も盛り上がったけど、あの時はすぐに演奏に意識を向けたから観客の反応は耳でしかわからなかったけど、さっきの比にならない程に盛り上がっている。


 やりすぎたかな、と思ってカナの方へ目を向けると彼女は1曲目の時と同じように苦笑をしていた。

 それでも演奏をミスしない彼女の技術力に恐れ入る。


 あ、ドローンが墜落した。


 なんか思いもよらない盛り上がりを見せたけど、意識をしっかり歌へ向けて、迫るサビへ気合を入れる。


「みんな歌ってくれぇっ!」


 サビに突入する直前、シャウトで観客を煽るとより一層歓声が湧いた。

 観客たちはその瞬間を待ちわびていたかのように、さらに大きな声援を送ってくれる。


 サビへと突入すると俺の歌声と共に観客たちも同じように歌詞を歌う。

 そしてコーラスを兼務するカナの高らかで美しい声がさらにステージを盛り上げる。


 サビが終わると再びシャウトで張り上げ会場がワァッと、地鳴りのように沸き立つ。


「カモォン、ユリぃっ!」


 俺のシャウトと同時にドラムのユリが力強いリズムで会場の注目を浴びる。

 観客たちは次に何が来るのかを期待し、体を揺らしながらステージに注目している。

 ユリのドラムは止まらない、次の展開に向けて、さらに熱気を増していく。


 そしてユリがシンバルを叩くと同時に――。


「カナ、アキ、レディ……ゴーッ!」


 合図と共に俺は一歩下がる。

 それと同時に二人がステージ中央へと躍り出て互いに向き合いながらギターとベースを奏でていく。


 カナがギターを激しくかき鳴らすと、アキがそれに応えるように、低音で鋭くリズムを刻む。

 観客はその音のやり取りに引き込まれ、ステージから溢れ出るエネルギーに圧倒されていく。


 カナの指がギターのネックを縦横無尽に走り、リフを繰り出す度に、アキはその音に呼応してベースを激しく弾き二人の演奏が絡み合ってゆく。

 さらにカナがギターを激しく弾き、前へと一歩踏み出すとアキも前に出て、カナと向き合いながらリズムに合わせてベースを弾き続ける。


 観客たちは二人の絡み合う音に酔いしれ、歓声を上げながらそのパフォーマンスに全身で応えている。カナとアキはまるで互いに挑み合うかのように、目を合わせながら演奏を続け、二人の音がステージを覆い尽くしていった。


 だが、その絡み合いも終わりは来る、アキが後ろへ下がると観客からは『あぁ終わってしまった』といった残念さが現れたがそれも束の間。

 カナがエフェクターを踏み込み、ピックスクラッチから激しい歪みを響かせギターソロへと突入する。


 カナの指がギターのネックを滑らかに走り、鋭いリフが会場全体に響き渡る。

 観客たちはその音に圧倒され、さらに手を叩いて熱狂的に応えた。


 彼女のギターソロは勢いを増し、音の波がステージから観客へと押し寄せていく。


 そしてそんなカナを支えるようにユリのドラムがリズムをキープしながら彼女の演奏を引き立てる。アキのベースも一瞬たりとて緩まず、低音をしっかりと鳴らして曲全体を安定させていた。


 俺はその横で身体を揺らし『もっとだ!』『飛べぇっ!』といった手振りで観客たちを煽り続ける。


 ――その時に気付いた。


「……ん?」


 観客席の最後方――男子生徒の集団。

 執事喫茶のメンバーたちがそこにいた。


 遠目ではあるがリンや彰は一緒になって盛り上がっているのが見える。

 及川も腕を組んではいるが、いつもより楽しそうにしている様子が感じられた。

 

 それより気になるのは――内川たち三人の姿もそこにあった。

 

 何故彼らがここに、そもそも店の方はどうしたんだ……。

 

 疑問は尽きないが……今は曲に集中しないと。

 


 ソロのクライマックスに達した瞬間、カナがギターの弦を激しく叩きつけるように鳴らし、鋭い一音が響き渡った。

 その音が余韻を残しながら会場全体を包み込むと、観客たちは熱狂的な歓声を送った。


 カナが渾身のギターソロを終え、観客の熱狂的な歓声がステージを包むと、俺は笑顔でカナに一歩近づき彼女の肩に手を回した。


「えっ……!?」


 カナの顔が赤く染まり、目をぱちぱちと瞬かせた。


 ――完全なアドリブだが、きっと盛り上がるだろう。


 俺の行動に観客から黄色い悲鳴が上がるもすぐに『いいぞーっ!』といった盛り上がりを見せた。

 

 カナは予定外の行動にびっくりしたのか、ギターを弾く手が一瞬止まりかけるも、すぐに気持ちを持ち直したようで演奏を続けた。


 俺は彼女の肩に手を回したまま、笑顔を浮かべ、最後の大サビを歌う。

 

 観客の盛り上がりも最高潮、彼女らの視線は全て俺たちに集中している。


「――さぁ、ラストだ、飛べぇーっ!」


 観客を煽りながら、俺は最後のフレーズを全力で歌い上げ、観客の興奮をさらに引き出す。

 カナも最後のコードを鳴らし、その音が俺たちの声と重なって会場全体に響き渡る。

 

 最後の音が消えた瞬間、観客からの大歓声が押し寄せてきた。

 

 カナはまだ顔を赤くしていたけど、きっとライブの高揚感によるものだろう。

 俺も全身の力を使い切った満足感を感じながら、肩に回した手をゆっくりと下ろし、観客に応えた。


「よし……やりきった!」


 俺は観客の熱気を感じながら、確かな手応えを胸にステージを見渡した。

 カナも俺の隣で、小さく頷きながらギターを静かに下ろしそして――。


「もうっ!」


 苦笑いを浮かべながら赤い顔で俺の額へとチョップをひとつ。

 最後にオチがついてしまったけれど、最高のパフォーマンスで2曲目を終えたのは確かだった。

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