第44話『夏休み!』
夏休みである。
学生期間で最も長い休み、それが夏休み。
就職しては心から嚙み締めた。
学生の夏休みは本当に素晴らしいものだという事を。
何故ならば社会人になると病気か退職以外でこんなに休めることはほぼ無いからである。
有給休暇?
前の人生では定着しない文化だったな。
という昔の思い出はさて置き、いくら夏休みといえど学生の本分は勉強である。これは転生しようが同じなようで――。
「課題の量が凄い……」
全部合わせるとこれ文庫本数冊分はあるんじゃないのか?
前世の俺も進学校だったがここまでの量を経験した事が無い。
さすがというべきか、都市部トップクラスの城神高校。
――夏休みは遊び呆けて課題は後回し!
――休みが終わる寸前にハッと課題の存在を思い出し徹夜で一気に終わらせる!
子供の頃はよくやったもんだが、この課題の量を前にすればそんな気は一気に失せる。
地獄を見るのが想像できる。
「とりあえずやれる所までやっておくか」
真っ先に課題を全部終わらせて後は遊ぶ、そんなことが出来れば楽しい夏休みライフが送れるだろうが、あいにく俺にそんな能力も気力もない。
先日の期末テストで好成績を挙げられたのはあくまで千尋と過ごした日々が心地良かった結果みたいなものだし。
『夏休み、わたしとデートしてください! それで、恵斗くんに伝えたい話があります!』
ふと、打ち上げの出来事が頭を過る。
――そうだよな、大事な日に課題の事なんか頭に残しておきたくないもんな。
来るべき日に備え、壮大な課題の山を攻略しようと少しずつ頑張るのであった。
……後日談ではあるが、まれちゃんはこの量を一日で終わらせたらしい。
やっぱりまれちゃんはすごい。
夏休み三日目、今日も机に向かい課題を攻略しているとスマホに着信が入る。
相手はリンだ。
『もしもし恵斗? 今って暇かい?』
「クソゲー(課題)やってるけど大丈夫だよ、どうかした?」
『なにそれちょっと気になるよ。おっと、それは置いておいて、恵斗にお願いがあるんだけどバイトしない?』
「バイト?」
――
「いやぁ、よく来てくれたね恵斗。感謝感激だよ」
電話を受けてから週十分後、指定された場所『喫茶HeaLing』の所へ行くとリンが待っていた。
「リンのお兄さんが喫茶店を経営してるなんてね」
「正確には義理の兄だけどね」
「それで人手が足りない話だって?」
「そうなんだよね、よりにもよって給仕役が居ないんだ」
リンから受けた話はこうだ。
お義兄さんが経営している店のアルバイトの人が急な引っ越しで辞めてしまったそうだ。しかしこのお店は学生もそれなりに来店するらしく、夏休みに突入してからお客さんの数も増えたらしい。
夏休み期間だけでも急遽人手を増やさなければならず、結果俺に声が掛かったという事だ。
「彰はどうだったんだ?」
「アイツは野球部が忙しいから断られちゃったよ」
「マネージャーだし、それもそっか」
理奈も夏休みは対外試合とかで忙しいと言っていたし、この時期の野球部は仕方ないよな。
「どの道アイツは部活が無くても断ってたと思うし、他の男子に声かけても受けてくれないと思うんだよね」
「募集してるのがウエイターだから?」
「うん、どうしてもお客さんは女の子が多いから厳しいかなぁって、でも恵斗に連絡したのはその辺大丈夫そうかなぁって思ってね」
「たしかにそうだな、まぁ俺は大丈夫だよ、リンの頼みでもあるし喜んで引き受けるよ」
「ありがとう! さすが恵斗だねっ、お礼に新作のケーキ御馳走するよ! さぁ中に入って義兄さん紹介するから」
リンに連れられ店の中へ足を踏み入れる。
落ち着いた雰囲気の店内、ゆったりとした時間が過ごせそうな雰囲気を感じられる。
「君がリンの言っていた一ノ瀬君だね? 本当にありがとう、とても助かるよ」
キッチンからやってきたのは20代後半くらいの眼鏡をかけた細身の男性だった。
「リンの友達の一ノ瀬恵斗です、よろしくお願いします」
「礼儀正しくて良い子だね、僕はこのお店の店長でもある三条
先程リンも話した通り義理の兄だという事だ。
リンのお父さんは学生時代に規定通り三人の女性と結婚し、そのうちの一人の息子が渉さんということらしい。
「しかし……リンから聞いたが本当にウェイターで大丈夫かい、こちらとしてもありがたいんだけども……」
「はい、大丈夫です」
「うちには女の子のお客さんが多いよ?」
「全然問題ないですよ」
「うぅむ……やはり信じられんなぁ」
やはりこの辺の女性に対する認識は珍しいのだろう。
渉さんはずっと『大丈夫かなぁ』と唸っている。
「とはいえウチも喉から手が出るほど人手が欲しいのは事実だし、よろしく頼むよ。もちろん無理はしないでね」
納得をしてくれたのだろう、スッと右手を出され握手を交わす。
「何か困ったらリンに聞くといい、もちろん僕に言ってくれてもいいからね」
「心強いです、そういえばリンもウェイター?」
「僕にはとてもじゃないけどウエイターは無理だよ。キッチン専門だね」
「リンは昔から料理が好きでね、僕がこの店を始めた時から手伝ってくれているんだ」
そうえいばさっき新作のケーキを食べさせてくれるって言ってたな。もしかしなくてもリンが作ってくれるのだろうか、楽しみだなぁ。
「それじゃあみんなに紹介しないとね、おーい、こっちに来てくれるかい」
渉さんの呼びかけに三人の女性が集まる。
「今日から期間限定となるけど、新しくバイトをしてくれることになった一ノ瀬恵斗君だ。みんなよろしく頼むよ」
「よろしくお願いしますね一ノ瀬君。私は三条
「きゃーっ、かっこいい男の子だ、あたしは
「……
上から渉さん、店長の奥さん、バイトスタッフ二名だ。
辻さんは歓迎的な雰囲気だが、春風さんは……警戒してるような感じかな。
三人から自己紹介の後、俺からも改めてよろしくお願いしますと返事をした。
その後役割について渉さんから説明される、キッチンは主に渉さんとリン、フロアはバイトの女の子二人で七海さんはキッチンと兼任らしい。
「一ノ瀬君には主に平日の昼間をお願いしているから基本的に一緒になるのは同じ夏休み期間の春風さんだね、彼にしっかり教えてあげてくれるかい」
「スミレいいなぁ~」
「は、はい……」
俺の教育係には春風さんが付いてくれるらしい。
春風さんは黒髪が後ろで束ねられていて、細身の俺より少し背が低いくらいの大人しそうな女の子だ。
先程は警戒されていると思ったが、どっちかというとこれは不安がっているのかな。
男が苦手な人なのかもしれない。
「一ノ瀬君は高校生?」
「はい、リンと同じ一年です」
「わぁ、じゃあスミレと同い年だ! あ、私は大学生だよ」
今話している辻さんはオレンジ色の三つ編みおさげをした女の子だ。
背は春風さんと変わらないくらいであるが雰囲気は真逆でかなり明るい女の子だ。
てことは春風さんは同い年なのか、じゃあ敬語から崩しても大丈夫かな。
「春風さん、色々迷惑かけると思うけどよろしくね」
「あ、その、はい……うぅ……」
「ごめんね一ノ瀬君、スミレは男の子が苦手らしいから」
想像通り春風さんは男子が苦手なようだ。
「に、苦手じゃないです、ちょっと緊張してるだけですから」
「えー、じゃあ一ノ瀬君の目を見て喋ってみなよ~」
「そ、それはまたの機会に……」
一度ちらっと俺を見てくれたがすぐにサッと目線を外されてしまった。
辻さんはケラケラと笑っている。
「じゃあ私が代わりに教育係を……」
「美里ちゃん、夏休みは夕方メインだからねぇ……」
「そんなぁ~、お願いしますよ七海さーん……」
七海さんは少し考える素振りを見せるが『やっぱりダメね』と断り、辻さんはがっくりと項垂れた。
「スミレちゃんはこれも練習だと思って頑張ってね、いい加減男のお客様が来た時にキッチンへ逃げてきちゃうのも困っちゃうし」
「うぅ……すみません」
「苦手なことだと思うけど君が一番適任だからね、頼んだよ」
「が、がんばってみます……」
「スミレふぁいと~」
一瞬ちらっと俺の目を捉えたがサッと逸らされてしまった。
なるほどこれは苦戦するかもしれないな。
不安を抱きつつもこの日は顔合わせのみで、明日から本格的に働くこととなり帰宅をした。
――
「ふぅ……さっぱりした。今日はゲームでもやろうかな」
風呂上り、課題も多少進んだし寝るにはまだ早い時間でもあるので久々にゲームをすることにした。
「誰かいるかなぁ……お、SUMIさんがいるなぁ」
フレンドリストの名前を見るとこのゲーム最初のフレンドであるSUMIさんが。
チャットを飛ばして彼の所へ向かう。
『SUMIさん久しぶり~』
『久しぶりだねIKETO、元気だった?』
『元気だよ、最近やっと勉強が落ち着いてきたんだ』
『しばらくテストがあるからイン出来ないって言ってたもんね、元気そうでよかったよ』
ゲームを始めた頃のフレンドであるSUMIさん。
彼とはクエスト以外でもチャットで多く交流しており互いの私生活についてもよく話している。
なにより俺と同じ高校一年らしい。
そういうこともあってより貴重な
『こっちはちょっと悩み事がね……』
『どうかしたの?』
『オレの課題に当たってしまってるというかオレ自身の問題というか……』
『んー、力になってあげたいけどいったい何が?』
『そうだなぁ、……これはオレの友達の話なんだけど例えばIKETOが男の子だったらの話で、男の子が苦手な女の子はどう思う? やっぱり不愉快になったりするかい?』
『事情があるんだからしょうがないんじゃないかな、不愉快になるってよくわからないけど』
『でもさぁ『俺が声を掛けてやってるのにオドオドするな気持ち悪い』とか『男の俺に逆らうな』って言ってくる男子って多いでしょ?』
『え、そんなクソみたいな奴いるの……?』
『いやいや男ってこんなのばっかりでしょ、自分がまるで貴族のように振舞ってさ……』
彰やリンは過剰に関わりたくないくらいで女の子に対して横暴な感じではないし、他クラスでそんな話は……。
――居たわ。
人の婚約者に僕の女だとか抜かしてるクソみたいな奴。
とはいえ奴は女子人気自体そこそこ高いらしいからSUMIさんの言うような男子ではないのかもしれない、非常に癪だけども。
そうか……世の中には少ないけど色んな男がいるんだな……。
『俺だったらそんな態度取らずにみんなと仲良くしたいけどね』
『そういう考えの男子っているのかな?』
『居るさ、世の中は広いんだし。そもそもいくら男だからって今はちやほやされても何れは結婚しなきゃいけないし、その時に困るのは彼らなんだからさ、SUMIさん言うような男子は結婚も出来ない碌な大人にしかならないから気にするだけ無駄だよ』
『……ありがとう、IKETOの言う通り気にしないよう頑張ってみる。あ、いや友達に言っておくよ!』
『うんうん、その友達にもよろしくね』
――
Side ???
「『おつかれさま』っと……」
フレンドのIKETOさんへ挨拶してゲームをログアウトする。
最近は忙しくてインできなかったらしく、今日は久々に会えてとても嬉しかった。
「憂鬱だなぁ……」
明日もバイトがある、バイト自体に問題はないむしろ好きな方だ。
制服は可愛いし先輩も店長の奥さんも優しいし、店長とその弟さんも男の人だけれど店長は大人の人だしそんなに問題はない、そもそも弟さんとは喋った記憶もあまりないような気がする。
けれど明日からは新たにバイトに入った男の子がやってくる。
同じ給仕役として接する機会が増えるはず。
「どうして教えるのがわたしなの……?」
理由はもちろんわかってる店長も言ってたし。
だけど……はぁ……。
今日は顔合わせだけだったから挨拶だけ、今日の雰囲気ではクラスにいるような男子とは違う感じだったけどそれでも不安だ。
「IKETOさんみたいな男の人だといいなぁ……なんてね」
ありえない。
そもそもIKETOさんは
オンラインゲームは女の子が男キャラになりきるのはよくあるし。
あんな女子の理想を具現化したような男子なんているはずがない。
でも、もしIKETOさんが本当に男の子だったら……?
「絶対に惚れちゃう、間違いない」
わたしの男性恐怖症もIKETOさんなら大丈夫な気がする。
「はぁ~……、バカみたい。寝よう……」
そんなことありえないのに。
でもそうだったらいいなとかをずっと考えながら眠りについたのだった。
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