星恋アルビレオ
オオカミ
星空を見つめて
午後八時、周囲を山々に囲まれたこの場所に、十数人の人たちが集まっている。
辺りはすっかり暗闇に覆われ、フィルムを通した懐中電灯の弱い赤色の光だけが、私たちのいる場所を照らしていた。
ついにやってきた……! 星を愛する人たちが集まる、この天文台に……!
初めてきた場所で、見知らぬ人々とする天体観測。私は、期待感と興奮とで、胸をドクドク高鳴らせていた。
「南の空をご覧ください。木星と土星が見えると思います。またその上の方には、明るい三つの星が見えています。この三つの星が、夏の大三角形のデネブ、ベガ、アルタイルです」
レーザーポインタで空を指しながら、天文台のスタッフが、夜空の星について解説している。ポインタの光はあまり強くなく、星空まで光が届いてはいなかったが、説明された星々は明るかったので、配られた星座盤と夜空を見合わせると、簡単にそれぞれの星の位置を把握できた。
「今、一番上の方にあるデネブは、はくちょう座のしっぽの部分にあたりまして、デネブの少し下には、はくちょう座の中心部分にあたる星、サドルがあります。そして、デネブからサドルへと直線を引いていきますと、はくちょう座のくちばしの部分にあたる星、アルビレオが輝いていると思います」
星座盤に赤色のライトを当て、スタッフの説明を参考に空の星と見合わせてみる。すると確かに、デネブからサドルに直線を引いた先の方に、少し明るい星を見つけることができた。
その星は、デネブやサドルよりは光が弱いが、周りと比べるとなんとなく明るい星だった。
「このアルビレオという星は、肉眼では一つの星のように見えますが。実は、二つの星が重なって見えている星、二重星なのです。この話を聞くと、この二つの星は隣り合っているように思えてきますが、最近の観測データによると………………」
それから少しの間、スタッフさんの説明が続いた。
「では、望遠鏡で星を見てみましょう」
スタッフさんたちが、望遠鏡のレンズの角度を調整し始めた。私を含む参加者は望遠鏡に並んで待っている。
「お待たせしました。順番にご覧ください」
調整が終わり、最初の人が望遠鏡を覗き込んだ。私はけっこう後ろの方に並んだので、順番が回ってくるまで時間がかかりそうだ。
手持ち無沙汰になってしまったので、なんとなく空の星を眺めていると、後ろから、男性っぽいさわやかな声が聞こえてきた。
「夜空、きれいだね」
「え?」
振り向くとそこには、私より頭一つ分ぐらい背が大きく、やや細身の人が立っていた。
暗闇のせいで、その姿ははっきりとは見えないが、声やシルエットから、なんとなく、若い男性なように思えた。
「あ、ごめん。いきなり話しかけちゃって……。失礼だったかな?」
私が疑問符で返してしまったからか、その人は慌てた様子になってしまった。
「いえいえ、話しかけてもらえて嬉しかったです。……星、好きなんですか?」
私は、その人を不安にさせないよう、なるべく落ち着いた声で返事をした。
「ほんと!? よかったー!」
その人は、大げさなほどに喜び、ぴょんと一回その場で飛び跳ねた。
変わってるけれど、子供みたいでなんだか面白いな、と思った。
「星はね、もちろん大好きだよ! やっぱり、生きてると色々大変なことがあるんだけどさ、星を見てると心がすっきりして、明日もがんばろー! ……って気持ちになってくるんだよね」
「わかります! 星を見てるとほんとに癒されますよね!!」
彼の星への想いに共感しすぎてしまい、思わず情熱的に言葉を返してしまった。
「だよね!! やっぱり星ってすてきだよね!」
彼も熱く共感してくれた。やはり、同じ星好きの仲間が見つかるとうれしいものなのだ。
「そういえば、あなたのお名前は何て言うんですか? 私は#夜空舞__よそらまい__#と言います!」
「えーと、僕はね……『ルイ』って呼んでもらえるとうれしいな」
ルイ……何となく外国人っぽい名前だ。ひょっとして、どこか海外からやってきた留学生さんなのだろうか?
「ルイっていうんですね! ちなみに、ルイさんは何歳なんですか? ひょっとして社会人?」
「あー、僕はね……十六歳……くらいで、社会人じゃなくて……そう、高校生! 十六歳で高校生だよ!」
なんだか歯切れが悪くて、ちょっと混乱してしまう。
もしかしたら彼は、少し、というかだいぶ天然な人なのかもしれない。そういう私も、学校では天然ってよく言われてしまうので、あまり人のことは言えなかったりする……。
「そうなんですね! 実は私も十六歳で、高校一年生なんです! 先月に誕生日を迎えたばかりなんですけどね~」
「先月っていうと、七月?」
「そうですよ~、七月二十二日ですっ!」
「うーんと、七月二十二日ってことは、かに座かな?」
「そうですそうです! ルイさんは何座なんですか?」
「僕は双子座だよ~」
双子座ということは、だいたい五月から六月生まれだったはずだ。
「じゃあもしかして、ルイさんと私って学年同じ?」
「えーと、そだよ~」
なんて話していると、ついに私の番がやってきた。
「お先に望遠鏡見てくるね」
「はーい」
スタッフさんに誘導されて、望遠鏡のレンズをのぞいてみると、大小二つの隣り合った星の姿を見ることができた。
大きな星は黄色く、小さな星は青白く輝いている。この二つが重なって見えていたのが、はくちょう座のくちばし部分を形作る星、アルビレオなのだろう。
鮮やかな色彩を放つアルビレオの双星を、心ゆくまで眺めてから、私は望遠鏡から目を離した。
私の番が終わると、後ろに並んでいたルイが望遠鏡を覗き込んだ。「へー」とか「ほー」とか、感嘆の声を上げながらレンズを覗いている。
「いやー、面白かったー。確かにあの望遠鏡で見ると、あの二星は隣り合っているようにしか見えないなー。……あれ? 待っててくれたの?」
「ん? うん」
せっかく星好きの同士が見つかったのだ。望遠鏡を見終わったくらいで、さよならなんかするわけがない。
「そっか……なんだかうれしいな」
「そうなの?」
「うん……。僕、こうやって自然に話せる人、あんまりいなくてさ……」
「そうなんだ…………」
会話できる相手のいない寂しさは、私にもよくわかる。私も学校では、友達作りに苦労しているのだ。
まったく友達がいないわけではないのだが、会話のテンポがずれているのか、感性がずれているのか、それとも価値観がずれているのか……とにかく、周りの人たちとうまく噛み合わないのだ。
「まあ、私は全然気にしてないからさ。せっかく星を見に来たんだし、いっしょに楽しもうよ!」
「そうだね!」
それから私たちは、ぽつりぽつりと言葉を交わしながら、静かに星を眺めていた。多くを語ることはなくとも、こうやって美しい星空を眺めているだけで、お互いに分かり合えるような気がした。
「今日はありがとう! おかげさまで、とっても楽しい観望会だったよ!」
「いえいえ、私の方こそ! 星をいっしょに見れる友達ができて、とってもうれしい!」
「トモダチ……そっか、こういうのを友達っていうんだね!」
「そうだよ、友達! また、いっしょに星を見ようね!」
「うん!」
彼と向かい合い、手を触れ合わせて握手をする。
ほのかな暖かさを感じる、なめらかで優しい手だった。
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