第十二章 中庭にて

第一話


「本当に……申し訳ございませんでした」


 アリアは学校の中庭で謝罪をすると、余程面白かったのかクローズは「ふふ」と笑みを見せる。


「お気になさらないで。私も……ボーっとしていたのが悪いのですから」


 そう言いながら『悪役令嬢』イリーナ・クローズは「はぁ」とため息をつく。


「……」


 本当であれば、こんなところでクローズと会う予定ではなかった。


 それこそ、キュリオス王子に主人公の周辺を調べてもらって詳細が分かり次第クローズを始めとした攻略対象のキャラクターたちの現在婚約している令嬢たちに報告をして彼女たちと当主たちにこれからの判断をゆだねるつもりだったのだ。


「……」


 しかし、どうやらそれでは遅いらしい……とアリアは悟った。それはクローズの寂しそうな表情を見ているとよく分かる。


 アリアの知るゲーム内の彼女は「嫌がらせをしてくる」のだが、正直今ではそれが本当かすら分からない状態だ。


 まぁ、それを抜いて考えると、いつもの彼女はとにかく自信に満ち溢れていて、それでいて凛としていて……本当ならかっこいい女性のはずなのだ。


「はぁ」


 それがどうだろう。今の彼女にはその自信から来る覇気の様なモノが感じられない。


「あ、あのぉ……」

「何かしら?」

「えと。なっ、何かありましたか? その、先ほどからずっとため息をつかれている様ですが……」

「え、ああ。そう……ね」


 もしかしたら彼女は誰かに話を聞いて欲しかったのかも知れない。


 しかし、それはいつも自分の周りにいる様な令嬢は『公爵』という「権力」にすがっている「とりまき」にしか見えず、そんな彼女たちに言えなかったのだろう。


 それこそ「ちゃんと話を聞いてくれる誰か」を彼女はずっと待っていたのかも知れない……とアリアは感じていた。


 もしかしたら、彼女は疲れていたのかも知れない。


 この国の公爵家の令嬢として殿下の婚約者として……その重責は王子の友人』というアリアの想像を絶するモノだろう。


 しかし、それだけ絶大な力を持つが故にそれにあやかろうする者がいるのもまた事実。


 だからなのか彼女は「弱み」を見せたり「弱音」を吐いたりしない。


 たとえ辛く苦しくても……。


「その、少し……疲れてしまって」


 クローズはアリアを一瞥すると、ゆっくりと口を動かした。どうやらクローズの中でアリアは「害のない人」と判断された様だ。


「疲れた……ですか」

「ええ」

「それなら……今日はゆっくりと休まれるのはどうでしょう」

「そうはいかないわ。やらないといけない事がたくさんあるのだから」


 それはそうだろう。学校から出される課題は結構な量がある。それだけでなく彼女には「やるべき事」がたくさんあるのは分かっている、分かってはいるのだが……。


「でも、それで倒れてしまっては元も子もない……のではないでしょうか?」


 アリアがそう言うと、クローズがきょとんとした顔で自分を見ている事に気が付いた。


 そこでアリアはハッとした。


 つい何気なく話してしまったが、相手は公爵家の令嬢だ。本来であれば男爵家のアリアがおいそれと意見などすべき相手ではないのだ。


「す、すみません。出過ぎたマネを」

「ふふ。あなた……面白いわね。聞いていた通りだわ」


 アリアは謝罪したが、クローズはそう言って「クスクス」と笑う。


「え。だっ、誰から……ですか?」


 思わずとう尋ねたが、アリアの中で何となく誰かは察しはついている。


「ふふ、キュリオス王子よ」


 クローズも「分かっているでしょうに」と言わんばかりの反応ではあったが、ちゃんと教えてくれ、アリアはそれを受けて思わず「やっぱり!」と大声で言いたい気分になった。

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