第83話

「タッキー、今日4時から時間ある?」

英が雄一に尋ねた。

ゲーム後の帰り道だ。

和人、英、徹也、雄一の4人は、学校のグラウンドから駅へ向って歩いていた。

「別に予定はないけど、4時から何かあるのか?」

「緑丘中のサッカー部の練習があるんだ。」

「それで?」

「俺たち2人は毎週かわいい後輩にサッカーを教えているんだけどさ、今日からタッキーにも加わってもらおうと思って。」

「何で俺が緑丘中を指導しなくちゃならないんだよ。」

えへん、と英が一つ咳払いをした。

「それは俺たち西城高校のためなんだ。」

「・・・?」

「実は、緑丘中には県の強化選手になっているやつがいる。松永っていうんだけどさ、そいつがどうも藤学に行きそうな感じなんだ。でも俺たちは何とかしてうち(西城)に引きずり込もうとしているわけ。4月からずっと日曜日には緑丘に行って、少しずつ手名付けているんだけどさ、もう一つ何かが足りないんだよ。」

「何かって?」

「松永のやつ、将来プロになることを本気で考えているんだ。そのために全国大会で毎年活躍している藤学を選ぼうとしている。全国大会で注目されてJリーグの目にとまりたいんだ。」

「だから?」

「来年か再来年、その全国大会に出場しているのは藤学ではなく西城だってことをわからせる必要がある。西城にはこんなにすごいやつがいるんだって教えてやらないといけないんだ。」

「・・・なるほど。」

ほめられて悪い気はしなかった。

雄一は少し考えて口を開いた。

「徹也は行かないの?」

「行くわけないっての。俺はこれからすることがいっぱいあるんだ。マンガを読んだりテレビを見たり・・・」

「ま、それが徹也らしいな。俺は、とりあえず今日は暇だから、行ってやるよ。でもその松永ってやつが期待するほどじゃないって思ったら次からは行かないぞ。」

「OK!決まりだな。あ、そうそう、松永のほかにも一人注目してもらいたいやつがいるんだ。桑田っていうディフェンダーなんだけどさ、来年西城に入ることを決めているやつなんだ。まだまだ荒削りだけど、鍛えてやってくれないか。」

「いいよ、西城に来るやつなら、目をかけてやるさ。でも俺の指導は厳しいぞ。」

和人と英は顔を見合わせてにっこり笑った。

桑田は命の恩人の英のためなら、どんな厳しい練習にも耐える覚悟があった。

そして、藤村学園を破って英と全国大会に行くこともすでに己の目標にしている。


「ところで和人、お前本当にゆきちゃんをほっといて良かったのか?」

「だから今日は彼女、用事があるって言っているだろ。」

徹也はさっきから和人に同じことを何度も言ってからかっていた。

「でもなあ、おかしいと思わないか、英。ゆきちゃんは何のためにゲームを見に来たんだ?」

「それは、矢島さんを見に来たんじゃないか?」

「でも和人の話だと、ゆきちゃんは自分が何者か未だに隠しているらしいぞ。矢島さんの妹だってこともさ。」

「ふうん、さっぱりわかんねえな。もしかして破局はすぐそこか?」

「英まで何言い出すんだよ。俺たちはうまくいっているよ。」

「じゃあ、ゆきちゃんとはどこまで進んでるんだ?」

英のその一言で、とたんに和人の顔が真っ赤になった。

「な、何にもないよ。まだ5回くらいしかデートしていないのに。」

ぷっと、英がふきだした。

徹也と雄一も笑っている。

「じゃあ、4時に緑丘中で。」

とってつけたように和人が言った。

もうすぐわかれ道にさしかかるところだ。

「ああ、後でな和人。寮に帰って顔冷やせよ。湯気が出てるぞ。」

徹也の冷やかす声を背に、和人は足早に寮へ向った。


ゆきはこれまで同様、自分のことを一切話そうとしない。

いつまでこんな状態が続くのだろうか。

自分は本当にゆきから好かれているのだろうか。

徹也の言うように、今日ゆきがゲームを見に来たのは何のためだろうか。

和人の心は悶々としていた。

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