第24話
「よし、クリアーだ!」
和人の声に、左サイドバックの澤田がボールを大きく蹴りだした。
ボールはハーフウェイラインをわずかに越えて奥山中陣地に落ちる。
決勝戦が始まって15分が過ぎていた。
得点は0対0、互角の戦いだ。
応援団の歓声が轟き、グラウンドは異様な熱気に包まれていた。
それといいうのも、このサッカーの試合で勝った方の学校が総合優勝を獲得することが決まっているからだ。
5種8大会のうちすでに7大会が終了し、残すはこのサッカーの試合のみ。
現時点での成績は、1位奥山中75点、2位緑丘中74点、3位浜里中と川原中64点と続く。
奥山中と緑丘中の生徒たちでグラウンドの周りはぎっしりと埋め尽くされていた。
和人はその観衆の中に、2人の友達といっしょにいる千波を見つけていた。
試合中もボールがコートの外に出ると、千波の顔を探した。
この大舞台で活躍すれば千波の気を引くことができるかもしれない、期待に胸を膨らませ、和人はいっそう奮い立った。
「松永の調子が悪いみたいだな、俺たちのサッカーができていない。」
相手チームの選手交代のタイミングで、英が和人に近づき小さな声で話した。
「この前の試合で右足を痛めていたんだ。あの様子だとかなり無理をしてるんじゃないかな。」
「ちっ。」
それまで奥山中は英へ厳しいマークを付けていた。
だから自然とボールは松永へ集まっていたが、右足を負傷している松永は思うような動きができていない。
英が顔をしかめながら松永の方へ寄って行った。
「おい松永、足は大丈夫か?」
「え?あ、はい、大丈夫です。ちょっと踏ん張りが利かないですけど。」
「そうか、でもお前のことだ、かなり無理してるだろ。前半はあと5分で終わる。でもその前に1点取っておきたい。」
「どうするんですか?」
「お前はボールを受けたら、無理せず俺か和人に渡せ。そしてお前はゴール前に走って相手をかく乱するんだ。」
「はい。で、その後は?」
「後は俺に任せとけ。何とかする。シュートを決めるのはたぶん俺か清水だ。」
その頼もしい一言で、松永は自分がおとりに徹することを決めた。
「さてと、ハーフタイム前にちょっと無理してみるか。」
英はそう呟き、ふーっと深呼吸をした。
額には大粒の汗が浮かんでいる。
「見てろよ奥山中。超中学級のテクニックを見せてやるぜ。」
英が顔を引き締めた。
またしても見方から松永へボールが入る。
その瞬間、英は素早くマークを振り切り前線へと駆け上がった。
松永は英の指示通りすぐに後ろの和人へボールを返す。
和人が英が走りこむ先にボールを送ると、見事に英へ渡った。
相手ディフェンダーが一人詰めてくる。
英は素早くボールをまたぎ、瞬時に抜いた。
さらにもう一人詰めてきた。
その相手も得意のフェイントで抜き去る。
今度は敵が二人同時に詰めてくる。
英は右ウイングの選手にパスを出し、壁パスを受けスイッチする形でタッチライン沿いを走った。
ゴール前では松永がフリーになろうと相手ディフェンダーをかく乱している。
英はパスを出すようなフェイントを繰り返しゴールへ切れ込む。
「こっちです!」
ニアサイドに走りこんできた松永が大声を出してパスを要求。
すると敵のディフェンダーとゴールキーパーがあわてて松永に張り付く。
英がセンタリングを上げた。
ボールは、松永の頭を通り越してゴール正面の清水へ。
完全にフリーの清水は落ち着いてヘディング。
ボールはゴールの中央へ見事に突き刺さった。
その瞬間、どっと歓声がわきあがった。
英が膝をつき、両手のこぶしを空へ向って突きあげた。
「やっぱり英は半端ない。」
和人は両手を腰に当てて、呆れたような顔をした。
そこで前半終了の笛が鳴った。
ベンチへ引き上げる両チームの選手たちに、周りから大きな声援が飛ぶ。
和人は千波の顔を捜した。
千波は青いタオルを持ってベンチ前にいた。
(もしかして、そのタオルを俺に渡そうと・・・して・・・い)
その時、和人の目に信じられない光景が映った。
千波が英に駆け寄ってタオルを手渡したのだ。
英は「サンキュー」と言ってそれを受取る。
笑いながら、いかにも仲がよさそうに。
(うそだろう!なんで英と千波ちゃんが…)
和人はつい、ポカンと立ち止まってしまった。
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