42 美術館デート②
まずは日本画と洋画から見て回った。そこには大きな額縁に絵が堂々と展示されていた。日本画は風景画などが多く、洋画は人物画が多かった。
この美術館は広く、等間隔で絵が展示されていた。蒼空の言うように迷子になってもおかしくない。
絵で気に入った物を写真に納めた。この美術館は撮影OKの美術館だ。だから、大きなデジカメを持ってきた。まずは日本画で紅葉の山の絵。今の季節にはそぐわないけど、山に綺麗なオレンジ、赤、そして紫の絵の具で紅葉が描かれていた。紅葉なのに何で紫色が塗られているのかは俺には高度過ぎて分からなかった。
瑞季に聞けば分かるのかもしれないが、今彼女は落ち込んで俯いている。なので、今は聞くべきではない、と俺は察した。
次はしだれ桜の絵。
キャンバスにぎっしりと桜の花びらが描かれている。大きく広々とした絵だった。一本の木に夜桜が咲き誇っていて、美しい。これは日本人なら人生で一度は見た方が良い絵だった。和の心が呼び起こされるというか、風情があるというか。
カシャッとしだれ桜と俺はツーショットした。瑞季が冷ややかな目で見ている。調子乗るのはやめようと思った。
続く洋画は紅茶を女性がティーカップに注いでいる絵だった。かなり高い位置から注がれていて、溢れないかが心配な絵だった。相棒の例の方をリスペクトしてるのだろうか。
まあそんな事はともかく美しい女性は何をしても絵になるなあ、と感じた。
気づいたら俺のデジカメの写真フォルダは絵画だらけで、カメラが小さな美術館になってしまっているようだった。いつでも、デジカメで絵が見られるのは良いよね。写真に写る俺の顔はむすっとしていた。
しばらく絵を見ながら歩いていると、不意に隣を歩く瑞季から小さな声が聞こえた。
「ここに飾られるはずだったのに……」
それは悔しさと悲哀と羨望が入り
「瑞季は洋画を描いたのか?」
「ええ」
「……」
何も言ってあげられない。ただ沈黙がそーっと流れるだけ。
美桜と蒼空は、写真を撮ったりしてゆっくりしてる俺らなど放って、先に行ってしまった。
そんな沈黙の中、スマホのバイブが震動した。
SNSの新着メッセージだ。送り主は倉科さん。そのメッセージを見て俺は仰天した。
『瑞季ちゃんと美術館デートに行ってるんだって? いいなー、私も行きたいなー』
一見羨ましそうな声をしていそうだが、実際は棒読みである。少し彼女は怒っている。
『うん。行ってるけど』
『そっか』
俺は何故、教えてもないのに彼女が美術館に行ってるのを知ってるのか不思議だった。答えは一つ、瑞季が倉科さんにメールを送った。それしか考えられない。
「瑞季、倉科さんに美術館デートのこと、言わなかったか?」
「言ったけどそれが何か?」
俺は瑞季の胸ぐらを掴んだ。
「おい、ふざけんなよ!」
「何で怒るわけ? ただの近況報告よ」
「倉科さんが羨むだろうが。考えろ。デリカシー無いな」
「幼馴染みと遊びに行くのを報告して何が悪いのよ」
倉科さんの本心は寝言を聞くまでは分からなかった。いくら幼馴染みでも嫉妬する時は嫉妬する。倉科さんは幼馴染みポジションの瑞季を羨んでいる。もっと俺との距離を縮めたいと思っているはずだ。
誘えなかった人に火に油を注ぐような真似はしない方がいいだろう。
『倉科さんは何で教えてないのに、瑞季と美術館行ってる事、知ってるの?』
分かってるのに敢えて聞いた。
『瑞季ちゃんからメールで『理玖と美術館デート行ってくる』って送られてきたから。美術館の写真も送られてきたよ』
『そうなんだ。瑞季にはきつく叱っておいたから』
『何で瑞季ちゃんを叱るの? そんな事しなくていいよ』
『でも、倉科さんは羨ましいでしょ。美術館、一緒に行きたかったでしょ。だから。本当は秘密にしておくべきだった』
倉科さんは取り残された感を覚えていた。秘密にするなんてもっとサイテーだ。
『何で私を誘ってくれなかったの』
倉科さんは泣いている。スマホを持つ手が小刻みに震えていた。彼女にとって裏切られた感じだった。
『それは……家族ぐるみで行ってるから』
『ふーん。それなら今度は私も誘ってね』
『うん、絶対。約束する』
『それと俺は瑞季に誘われたんだよ』
『え、そうなの!? 瑞季ちゃんとも話し合ってみるっ。何で誘ってくれなかったんだろう……』
倉科さんは少し勘違いをしていたらしい。けど、俺のバイト先に倉科さんが来たのも内緒だし、瑞季との美術館デートも内緒にしておくべきだろう。変な三角関係が生まれてほしくないから。
ここで彼女とのメールのやりとりは途切れた。
俺は隣を歩く無表情な瑞季に一言告げた。
「倉科さん、怒ってたし、悲しんでたし、羨ましがってたよ。今度は倉科さんも誘ってあげてね」
「うん」
納得していない様子で瑞季はコクりと頷いた。瑞季は俺と二人で行きたかったのだ。コンクールで落選してしまった悲しみを誰かと共有して和らげたかったから。それはずっと応援してくれてた彼にしか出来なかった。倉科さんはイラストレーターを目指してる事くらいしか知らない。支えてもいないし、文化祭でしか瑞季の絵は見た事がない。それに比べて俺はずっと瑞季を支え続けていた。
たまには瑞季も二人きりで何処か出掛けたいのだ。それに蒼空と美桜とも久しぶりに会いたかっただろうし。倉科さんに嫉妬されそうなメールを送ったのは許されないが。
洋画のコーナーの終わりに差し掛かった時、一枚の絵に二人は惹かれた。その絵は奇跡の一枚だった。
「この絵には負けたわ。脱帽」
瑞季からこんな言葉が漏れるほどに。
美桜と蒼空にも見てほしいと思い、電話で呼び出した。
すると……。
「わーすごい。綺麗ー!」
「僕もこの女の人、口説きたい」
ちょっと蒼空の感想は頂けないが、二人も絶賛していた。
「このイラスト、素通りしてたわ」
「ちゃんと見ろよ」
「この絵って瑞季お姉ちゃんが描いたの?」
ちょっとした冗談を美桜は言う。
「なわけ」
「美桜ちゃん、私の絵は落選したって言ったでしょ?」
「そうだった」
てへ、とウィンクをする美桜。あまり瑞季も傷ついてないようで安心した。
そうして俺は保存用と印刷用として、蓮の女性の絵を二枚撮った。妹の「お兄ちゃん、写真撮りすぎだよ」という声を尻目にして。
その絵を見終わり、また少し絵を見ながら歩いた所で休憩所が現れた。歩き疲れたからちょっと休憩したい。お菓子持ってきたっけ? バッグを手で探るとそこそこお菓子が入っていた。
「疲れたし、少し休憩しないか?」
「いいね。さっき理玖お兄ちゃんと瑞季お姉ちゃんを待ってた時、この人と休憩所で休憩してたんだ。お兄ちゃんが遅すぎるから」
そうだったのか。最後の一言は余計だが。
休憩所に着き、椅子に腰掛けた。椅子に腰掛けただけで、こんなにも疲れが取れるなんて。素晴らしい。
「ふー、足が疲れたあー」
美桜は足をバタバタして疲労顔をしている。相当疲れているのだろう。俺と瑞季は静かに何もせず、椅子に座っていた。
体は疲れているが、心は元気な妹がいて良かったと思った。
「……」
「……」
「理玖お兄ちゃん、また瑞季お姉ちゃんと喧嘩したの?? 黙ってばかりだけど。ほんと、やめてよねー仲直りの手助け大変だから」
「喧嘩ってそんな大ごとじゃない」
「何があったか教えてよ」
俺と瑞季は押し黙る。さすがに倉科さんのことは妹には話せない。
「無理。学校の事だから」
「何でよー」
「今回はこいつが100%悪い」
「いいえ、今回も理玖が悪い」
また始まったよ、と美桜は呆れて溜め息を吐いた。蒼空は遠く彼方を見つめて何も言わない。
「蒼空お兄ちゃん、飴ちゃんちょうだい」
「いいよ」
蒼空は美桜に飴を渡した。
「あー美味しい! 最高!」
「もう一個」
「はいよ」
次々と蒼空のポケットから出てくる飴玉。50個はゆうに越している。さすがに最初から50個入っていたとは思えない。そのすごい現象に俺と瑞季は目を奪われた。
「すごーい。どうやってやってるの?」
「内緒」
人差し指を唇に蒼空は当てた。
「Perfect Magic」
パチパチと一同は手を叩いた。
でも。
「どうせ女の子にキャーキャー言われたいだけでしょ」と冷たく瑞季は言い放つ。
「いや、二人に元気になってほしくて。早く仲直りしてほしい」
「そういう所が憎めないのよね、全く」
少しだけ俺と彼女の表情が明るくなった。
「理玖お兄ちゃん、美術館で撮った写真見せて」
「ああ」
カメラを美桜に見せた。すると美桜は、大きく目を見開いた。彼女なりに感動しているようだ。美桜はしだれ桜の絵が一番好きと言っていた。名前にも桜の文字が入ってるからな。
「瑞季お姉ちゃんの絵が見られなかったのは残念だけど、素敵な絵が沢山見れて良かった」
俺もそう思う。美術館に来て悔いはなかった。
休憩所を出る際に彼女はポツリと言った。
「倉科さんとメールで折り合いついたよ」
休憩所に着いてからずっと瑞季はスマホを弄っていた。蒼空がマジックを披露していた時も。そうか、瑞季は倉科さんのことも考えてくれてたんだ。俺はそれなら瑞季のことを許してやってもいいかな、と思った。少し仲直りの道が見えて来た気がした。というか、いつもこいつとの喧嘩は自然と直っているんだけどね。
それから四人でまた日本画と洋画コーナーを回った。二周目といった所だ。何度見ても美しい絵は美しい。
回り終わり、絵画が展示されてるフロアの外に出た。もう昼御飯の時間だ。大きな窓の外からは白い太陽の光が射し込んでいる。午後らしい景色だ。
俺たちはすぐそこの美術館内に併設されている洋食専門のレストランの前に立った。オムライス、スパゲッティー、グラタン、ピザなどバリエーションも豊富だ。もう美術館に来て、どこで昼御飯を食べるかと言ったらここしかないだろう。
「ここにするか」
「皆もここでいいかー?」
「うん、ここがいい。パスタ食べたいなー。早く入ろうよ」
「私はどこでもいい」
「僕も」
「じゃあ、ここで決まりな」
一同はレストランの中に入った。俺はオムライスが食べたい。
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