30 手伝い後のひととき
紅葉はひらり、と頭上に落ちる。秋も終わりに近づき、紅葉も木から段々と数が少なくなっている。地面には紅葉が絨毯のようにわさわさと敷き詰められていた。
そんな季節を肌で感じながら、俺は倉科さんとパンのチラシ配りという宣伝を行っていた。
「美味しいパンは如何ですか? 今なら3つ購入すると1つ無料で食べられます! 今しか食べられないパンも盛りだくさん! 是非この機会に木漏れ日に足を運んでみては如何ですか?」
無料、今しか食べられないというワードに反応した通行人の足が止まる。皆、一斉に俺の方を見る。俺は驚かずに笑顔を見せた。
「む、無料ってそんなの聞いてないよ、一条くん……本当に無料なの?」
「そ、それにその拡声器、どこから借りてきたの?」
人一倍驚いているのは倉科さんだ。目をぱちくりとさせて、慌てている。
それも無理はない。俺が早くこの宣伝を終わらせて、いち早くパンが食べたいが為の戦略なのだから。
「無料なんですか!? 食べたいです」
「今しか食べられない限定のパンを教えて下さい!」
「そのパンの屋台はどこにありますか?」
通行人――客が殺到した。俺と彼女が今にも押し潰されそうな勢いである。
「皆さん、落ち着いて下さい。まずは一列にお並び下さい。今から一組ずつご案内します」
客は一列にぴしっと並んだ。一人一人案内していく。
場所を尋ねてきた客に
「木漏れ日は紅葉並木の奥にありますね。白い屋根が特徴です。今から僕が屋台まで案内しましょうか?」と答えた。
「是非お願いしたいです」
「ごめん、倉科さん。残りの列の客、案内してもらえないか? すぐ戻ってくるから」
「えぇーっ!?」
倉科さんはもじもじし出して、あわわ、という顔になった。テンパっている。彼はきっと倉科さんなら大丈夫だ、という期待のもと頼んだのだろうが、倉科さんにとってはハードルが高すぎた。
「あ、あわわっ」
「今しか食べられない限定のパンってどれですか?」
チラシを見ながら、女性客は尋ねる。
「え、えっと……このさつまいもパン、カボチャのデニッシュパン、和栗のパン、モンブランのふわふわパンですね。そしてオススメはさつまいもパンです! 甘くて、美味しいですよ?」
(私のせいでお客さんが減っちゃう……ちゃんと接客できてるかな? パン屋のバイトの時より、人目を感じるから緊張するんだけど!!)
彼女の心の中は緊張でいっぱいだった。
「さつまいもパン食べに行きます! ありがとうございます」
「場所は……?」
(場所の案内はどうするんだろう)
「場所は把握してるので大丈夫です」
そう言うと女性客は紅葉並木の奥へ消えていった。それと同時に俺が姿を現した。
「倉科さん。どうだった? ちゃんと接客できた? 今、女性が木漏れ日の方に歩いていった気がするけど」
「うん。緊張したけど、何とかできた、と思う……」
「頑張ったじゃん! その調子。まだ早いけどお疲れ様」
俺は彼女の肩をポンと叩いた。すると自然と彼女は笑顔になった。
その後もスムーズに客を
一列に並んでいた客も徐々に減り始め、もう拡声器は必要ないかな、と思った時、短く切り揃えられた銀髪が特徴で青い目をした小柄な美少女が近づいてくるのが分かった。すたすたと姿勢良く、可憐に歩いている。そして、両サイドには女の子を連れていた。
間違いない、この美少女の正体は瑞季だ。
「何やってんの? こんな道端で」
第一声がそれ? 酷すぎない?
「パンの屋台のチラシ配りだよ。手伝ってるの」
「へー。チラシ配りとか新手の宗教勧誘? 拡声器まで持って選挙でもやってるつもり?」
「酷い言い草だな」
そして瑞季は立ち止まった。瑞季が居ても尚、チラシは配り続ける。立ち止まったという事は暗に手伝ってあげてもいいよ、というサインなのだろう。こうも酷い事を言っているが、彼女は案外親切な子だ。捨て猫を助けて拾ってきたりとか、特に昔は多かった。困ってる人を直接助けるというよりかは、陰からサポートする性格。それが佐渡瑞季という人間なのだ。
「瑞季、手伝ってくれるか?」
「瑞季ちゃんも、華ちゃんも凛ちゃんもその……一緒に手伝ってくれると、嬉しい、な」
「どうしても手を貸して欲しいっていうなら手伝ってあげても別にいいけど?」
何でそんな上から目線なんだよ、と苦笑を溢しながら、瑞季らにもチラシを渡した。
こうして強力な助っ人が出来た。
もう充分に客は集められたから、俺が会計係にまわり、瑞季と倉科さんには集客を手伝ってもらう事にした。
瑞季の協力もあり、スムーズだった宣伝と経営が更に循環が良くなった。
「桐ノ宮高校、在学生諸君! 学園の中に美味しいパンの屋台があるの、知ってるかい? 知らない? そうは言わせないよ。諸君、この目でこの舌で確かめるが良い! 感想は……」
「ちょっと! 瑞季ちゃん。何やってるの! 恥ずかしいからやめて……」
倉科さんの必死の制止に残念そうに口を閉ざした瑞季。
瑞季はスイッチが入ってしまった。こうなると止めるのが大変だ。
「拡声器で遊ぶのって楽しいね。面白ーい」
完全に楽しくなっちゃってるようだ。
皆のお陰で木漏れ日の宣伝は無事成功した。
こちらも順調だ。
「この5点で640円です」
「このパンは1つ180円です」
「ありがとうございましたー」
こんな風に俺は接客をこなしていた。一番この人気ぶりに驚いていたのは屋台のお兄さんだった。まあそれもそうか。
倉科さんたちもチラシ配りが終わり、こちらへ帰ってきた。
俺も最後の客が去った後、ふーと息を吐いた。
「君たちのお陰で大繁盛だよ。お疲れ様。ありがとう」
「それでご褒美のパンは?」
「ああ。この中から選んでね」
屋台のお兄さんは袋からパンを出し、並べた。そのパンの種類、何と8種類。それに売れ残りのパンとは思えなかった。
「これもしかして新品のパンですか?」
「そうだよ。さすがに売れ残りのパンを提供するわけにはいかなかったから」
「売れ残りのパンを僕が食べようかと思ったのに君たちのお陰でね。まあやられちゃったわけだよ。だから僕もその中から昼御飯のパンを決めようかな」
「悲しい昼御飯ですね」
あはは、と冗談まじりに笑う。
それから俺は塩クロワッサン、倉科さんがメロンパン、瑞季がミルククリームパン、華と凛はそれぞれ、皆用にさつまいもパンを無料で購入した。
一行は紅葉並木を離れ、校庭のテーブル席へと移動した。
早速買ったパンをテーブルに並べる。
「これだけで足りるかな?」
それも勿論、昼御飯の話である。昼御飯をパンにするかどうかだ。
「私は少食だからこれだけでも足りるけど、欲を言うなら焼きそば少し食べたいって感じかな」と瑞季。
「フランクフルト食べたいー」
華が食べたい思いを口にする。
ここからでも見えるすぐ近くの屋台でフランクフルトが売られていた。
華は有無を言わさず、走って買いに行ってしまった。
凛と俺は瑞季と同じくパンで足りていた。
残るは倉科さん。
「我慢~我慢んーっ」
彼女は相当我慢している様子だった。口を尖らせ、頬を膨らませていた。学校一の美少女として、皆のいる前で暴飲暴食するのは恥なのだ。俺の前ならともかく。
「買ってきてあげるよ。倉科さん、何がいい?」
「ハッシュドポテトとたこ焼き!」
「分かった。それだけでいいの?」
「ん!」
相当自分を押し殺して、抑えているのが肌で感じるほど、伝わってきた。倉科さんの希望の品と瑞季の希望の焼きそばを買いに行った。
俺が帰った頃には華たちはすでに食に手を付けていた。この人たちは待つ事を知らないのか。
「んーフランクフルト美味しい! ジューシー」
「ミルククリームパン甘くて、口いっぱいにミルクが広がる。こんな美味しいパン食べたの初めて。パンもいいわね!」
瑞季もご満悦な様子だ。パンの美味しさをより分かってくれて、俺は嬉しかった。
「瑞季、焼きそば買ってきたよ」
「え? 買ってこなくても良かったのに。強いて言うなら食べたいって言っただけで」
「そうなのか? 折角食べたいって言うから買ってきたのに。残念だな」
瑞季は少し頬を赤くし、目を逸らした。そしてこう言った。
「あーそうじゃなくて……そ、その、ありがと。わざわざ買ってきてくれて。もし良かったら一緒に食べない? 別に感謝してるわけじゃないから。一般的な社交辞令」
相変わらず瑞季は感謝するのが下手だなあ。それがクーデレというやつなのか。久しぶりにありがとうと言われた気がした。
「倉科さん、これ……って倉科さん!? 待っててくれたの?」
ただ一人、倉科和花という人だけが俺のことを待っててくれた。その事に少しだけ感動した。
「うん。一条くんがいないご飯より、一条くんと食べるご飯の方が何倍も美味しいから」
俺は声が出せなかった。その一言で心臓を射ぬかれた気がした。俺は呆然と立ち尽くす。照れて、きっと顔は赤いだろう。熱が上昇してくるのが分かる。
「どうしたの? 一条くん。早く食べようよ」
腕を掴まれ、ゆさゆささせられた。どうやら彼女のその言葉は天然だったようだ。
「あ、ああ」
「倉科ちゃん、理玖を待ってる間、先食べようって言っても『一条くんと一緒に食べたいから待ってる』、『やっぱり頼み事をしてる相手を待つのが礼儀だと思うから』って私の言葉聞いてくれなかったんだよ」
「ありがとう。倉科さんは優しいんだね……。って、ていうか待つのが普通じゃね?」
俺と倉科さんは少し遅れて、昼御飯を食べ始めた。瑞季にも焼きそばが残っている。焼きそばは皆で分けて食べる。
そして、俺には秘密がある。たこ焼きは倉科さんとあーんをする為に買ってきたのだ。
こんなに充実した文化祭は初めてだった。本当に楽しいなあ。こんなに幸せでいいのかなあ。
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