第9話 我、修羅に入る
神になるため、現世の一切合切を終わらした。
片づける過程で結婚式のご祝儀袋が出てきた。その中に青木先生のものがあった。中身は空っぽだったのでよく覚えている。
先生は僕が小学校一年生の時の担任だ。ご主人も先生で教頭になるのに伴い、先生を辞めた。僕らが最後の教え子だった。先生は先生を辞めた後、刑務官を10年勤めた。神になるならこんな人ではないか?
先生は僕らを外庭に連れ出した。散歩しながら理科、図工、国語、算数などあらゆる教科を教えた。
また、あるときは先生は出張するので「てっちゃん。お土産なにがいい?」とお尋ねになって「パイナップル」と季節も違うのに答えた。先生が戻ると教室は甘酸っぱい匂いがしていた。「先生、何?」先生は入り口にぶら下げている2つパイナップルを指さした。先生はそれを授業中に皮をむいて全生徒に与えた。なぜ僕はパイナップルと言ったのか?なぜこの季節に先生はパイナップルを用意できたのか?わからない。まだ先生と話したいことがたくさんある。また、いつかあえるのかな?母同様、時間は殆どないけれど……。
「荒木(モグ)、ちょっとよいか?」
「はい、ブッダ様」
「山口のことだが……」
「やはり駄目ですか?」
「その逆だね」
「え??欲だらけ、欲の塊ですよ?」
「一見そう見えるね。わたくしが確認したかったのは無くなった五つの煩悩だよ。
(五蓋)
1.貪欲
2.瞋恚
3.こん沈
4.じょう挙
5.疑
五蓋の五つの煩悩が全くない。これは何を意味すると思うか?」
「まったくわかりません。彼と生活を共にしてただただ感じたのは、彼はいつも優しいということぐらいで……」
「それですよ。まさにそれ。いろんな知識、肉体的修行を行えば悟りが開けるかといったらそうではない。いつも優しいとは他の人を優しくしてくれますね。善因善果ですね。彼はすでに悟りの境地の出発点に立ってます」
「は~~あいつがね?そうなんですかね?」
「荒木、言葉遣いに気を付けなさい。神になるお方ですぞ!」
「あ、す、すいません」
「それと現世の彼に関する関係各所に彼が元気であることを伝えよ。カエルに転生したくなかったら急ぎなさい」
「はい。荒木、行きます~」
そんな会話もいざ知らず、これから修験道たる生活が始まると緊張していた。
「山ちゃん。お早う!」
「ブッダ様。おはようございます」
「今日はね……滝に打たれる……荒れ地の開墾……」
「なんかやばい……」
「玄関を掃いてください」
「え?」
「はい。玄関を掃いてください」
「え??」
「だいたいわかるでしょ。2度聞けば?」
「いや、3回くらいひっぱれるかなと思って!」
「私はブッダ!3回はひっぱりすぎ!」
「すいません」
「それでえっ~となんだっけな?ああ、掃きそうじをするときに(塵を払い、垢を除かん)と唱えなさい」
「はい。塵を払い、垢を除かん。ですね」
「そうです。さぼってないか見に来ます」
そう言ってブッダは去って行った。
「なんだ、これ?楽勝だよ」
唱えながらほうきで掃きそうじを始めた。
己の心の塵と垢を除くには長い道のりの初めであった。
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