第66話 本選開始④
乾いた砂の匂いがフィールドに繋がるゲートから入り込んでくる。
実乃莉は装備を切り替え、準備万端だった。
深い青にシルバーの防具が生える装備。白のレーザースカートの上にはシアン色の細剣。白皮のショートブーツは、現実ではありえないほど足に馴染んでくれる。
初戦にも感じていたけれど、ここに立てているのは必然ではなかった。自分の力だけでは到底辿り着けなかっただろう。
彼と出会ってからの二ヶ月。彼とここまでの仲になれたのも淳くんの存在が大きかった。彼が優人くんについて色々教えてくれなければ恋人になれなかったかもしれない。
それと、この装備を作ってくれた浩一さんもそう。
それと優人くん——。
大好きな彼がいなければ、絶対にここまで来れなかった。
決してこのステージは自分だけの力で立てているのではない。だからこそ、全力で戦いたい。悔いのないように。自分の未来を掴むために——。
実乃莉は観客の歓声が降り注ぐフィールドへと足を踏み入れる。去年の決勝戦ほどの緊迫感や熱感は会場にないけれど、観客の入りは十分みたいだった。フィールドを円形に囲う観客席。視界に移る分だけ見ても六割ほどは埋まっている。
フィールドの砂を踏み締めるたびにざっざっと音がなる。普段は嗅ぐことのない乾いた砂の匂いは実乃莉を特別な高揚感へと導いた。
正面からは対戦相手の琴美がゆっくりと近づいてくる。前回会った時は協力しあったけれど、今回は本気で戦わないといけない。
琴美の装備は白を基調としたものだった。チェストプレートはまるで真珠のような複雑な輝きを放っている。同一素材のアームプレートは彼女の肘から手までを覆い隠している。これが一体どんな動きをするのか全く予想できない。面積からして盾ほど広範囲のガードには向かない。だけど剣なら……。
お互いに近づくとフィールド上に青い停止線が浮かび上がった。その線に合わせて足を止める。一〇メートルほど先、そこにいる彼女の表情は真剣そのものだった。キリッと引き締まった表情。鋭い視線をこちらに向けている。きっと自分もそうしているのだろうと、実乃莉は思った。
互いの視線がぶつかり合う中、準備の合図であるホイッスルがなる。
実乃莉は少し細身の片手剣、《リーディング・ライト》を腰の鞘から引き抜く。高くかざすと白銀と空色の金属結晶を織り交ぜた剣身は太陽の光を反射し、まるで昼の空と同じように見えた。
(私を明るい未来に導く光。優人君がつけてくれた名前……)
そう、私は彼との未来を歩むために闘う。これは決して遊びではない。
実乃莉は剣を構える。優人と同じ上段水平に剣を上げ、剣尖を琴美に向ける。
それに対して琴美はアームプレートを着けた左腕を前に構え、片手剣をその後ろ下段に構える。応戦する体制。実乃莉は琴美の構えからそう読み取った。
実乃莉は息を吐き切る。全ての神経を目の前の彼女に集中させる。
開戦を知らせるゴングの音が高々となった。実乃莉は思いっきり地面を蹴る。低い姿勢から飛び出した実乃莉は一気に加速し、その間合いをみるみる内に詰めた。
琴美に近づくと、彼女は右手に持った剣を振りかざす。実乃莉はそれを見て進路を左に移した。プレートがない側からの攻撃は、ガードを剣でしなければならない。
それを見込んだ実乃莉は素早いステップで切り返し、琴美のサイドから鋭い一撃を振り払った。その一撃は剣で弾かれる。しかし、実乃莉はさらに一撃を叩き込む。琴美の剣を外側へ押しやると、さらに一歩間合いを詰めた。
琴美もそれに応戦する。実乃莉に剣を押しやられると、琴美はアームプレートの先端を実乃莉の腹にねじ込んでくる。
実乃莉は腹部に強烈な痺れを覚え、我慢できず飛び退った。
飛び退いた先で実乃莉は一度呼吸を落ち着かせる。
まだ時間はたくさんある。焦って勝負を決めに行く必要はない。
じっくり相手の間合いを探り戦術を読む。優人が好んで使う戦術だけど、実乃莉もこの戦術が性に合っていた。
実乃莉はもう一度琴美に向かって走る。今度は上段右側に剣を持つ。それを見て琴美のアームシールドが動く。
——かかった。
実乃莉は振り上げる途中の右手を中段左に持っていくと剣先を琴美に向けた。琴美も全く予想外だったのか、咄嗟に右手の剣を振りあげ、実乃莉の剣を弾いた。
内側から外側へと流れるように動く実乃莉の剣。実乃莉はその動きを殺さないように流すと、今度は左側から剣を振り払う。
身体を明いっぱい反らす琴美。攻撃は避けられてしまった。距離を取ろうと後ろへ下がる琴美に、実乃莉はさらに追撃をする。
(彼女の剣よりも私の剣が先に届く。いける!)
琴美のアームシールドが実乃莉の剣を弾いた。
——しまった。
実乃莉は咄嗟の判断で、身を捩る。琴美の剣尖が実乃莉の胸骨に入り込んだ。
幸い、急所はやられなかった。しかし、H Pの約七割が削られてしまった。
琴美は体制を整える隙を与えてくれない。次から次へと彼女の剣戟が迫る。
その攻撃を実乃莉は全て弾いた。身を捩りながら背中の剣帯に手を伸ばし、投げナイフを二本とる。
一本目を右の胴を目がけて投げ放つ。当然だが、払われてしまった。だが、これは体制を立て直す時間を稼ぐためのもの。十分に間が開き、実乃莉は地面をしっかりと踏み締める。
もう一本のナイフを琴美の顔を目がけて投げると、一気に彼女との間を詰める。琴美のアームシールドが顔の前に移動する。投げナイフはシールドに弾かれ地面に落下した。
彼女の顔を隠していたアームシールドが動く。その顔が見えた瞬間、彼女は驚愕の目をこちらに向ける。予想通り、顔に飛んでくるナイフを防ごうとシールドを使えば反応が遅れる。
実乃莉は勝負を決めるため、思いっきり肘を引く。その腕を前方の胸に思いっきり伸ばした。
琴美の剣が実乃莉の剣を打ち払うために動く。そして接触した。
実乃莉は琴美の剣を絡めるように滑らせる。剣尖が琴美の手に当たった。その瞬間、琴美は武器を落としてしまった。拾わせる間も与えないまま、実乃莉は次の攻撃に移る。実乃莉の剣が琴美の胸に伸びていったその瞬間——、琴美が左手を上げた。降参の合図だ。
その瞬間、決着を知らせるメッセージウィンドウが表示され、それと同時に周りから歓声が一気に沸き起こる。
琴美が落ちた剣を拾い上げ鞘にしまうと右手を差し出す。実乃莉も剣を腰の鞘に収めた。
「実乃莉ちゃん。強いね。これなら勝てると踏んでいたんだけど……」
「十分苦戦させられました。来年、また戦えることを楽しみにしてます」
「——そうね。私も楽しみにしてるからね」
実乃莉と琴美は握手を交わした。
このとき、実乃莉は優人があのとき言ったことを思い出していた。
(優人くん。君が言いたかったことやっと理解したよ)
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