第17話 犯人の正体
「ふぅ……疲れたなあ」
川田製作所に関する騒動が終わった後、紫音は一人でコンビニに出かけていた。
純の学校を見に行ったはずなのに、今日は色々なことが起こり過ぎて何も考えられなくなってしまった。
「そもそも、御影さんとあんな所で会うなんて思ってなかった」
取り敢えず散歩でもして気を紛らわせようと、彼女が立ち寄ったのは最寄りのコンビニだった。
それなりに人はいるようで、車やバイクでここを利用する人も多い。
「ん、あれって……?」
そこで、紫音は久しぶりに瀬名が買い物をしているのを見た。
一瞬別の人物と間違えているのではないかと思って無視しようとしたが、顔を覗き込むとやっぱり瀬名のようだ。
「日岡さん、ですよね?」
以前よりもほんの少し落ち着いた様子というか、気分が優れなさそうな顔をしていたので心配になった。
だが紫音が声をかけると、瀬名は明るい表情でこちらを向いてくれた。
「ああ、赤石純の助手君か」
「深山紫音です……」
純のことはしっかり覚えていたようだが、自身の名前を覚えてもらえてなくて紫音はちょっと悲しい気持ちになる。
彼は弁当を買いに来たようで、今からレジに向かう所だった。
「君は何を買いに来たんだ?」
「ああ、飲み物を少し」
特に買う物は決めていなかったのだが、紫音は咄嗟にそう答えた。
「そう、これから時間ある?」
瀬名の言葉に紫音が小さく驚いて振り向くと、彼は優しく微笑んでいた。
ちゃんとした形で二人が話をするのは、思えばこれが初めてかもしれない。
「はい、一応大丈夫ですが……?」
炭酸飲料を手に取り、紫音は頷いてレジに並んだ。
辺りは日が沈み始める中、トラックが定期的に行き交っている。紫音は瀬名と共に、コンビニの入り口横で立っていた。
「そういえば、以前ここで斉藤さんにも会いましたよ」
話を切り出したのは紫音からだったが、意外にも瀬名はその話題に食いつかなかった。
「真澄ちゃんと、そうか……」
それどころか、真澄の名前が出ると彼の表情が沈んだ。
先程のことといい、理由は分からないが瀬名はどこか元気が無いように見える。
「最近どうだい、あの探偵事務所は?」
そして瀬名はこのようなことを聞いてきた、紫音は首を傾げながらも答えた。
「色々ありましたよ、今日だって思いがけず大きな依頼があって大変でしたし。でも私たちは頑張ってます、少しずつ、前に」
これからあの探偵事務所が人で賑わうかは分からない、はっきり言うと今でも純が一流の探偵になる未来が見えない。
けど前に進んではいると紫音は思った。努力し続ければ何かが手に入るかもしれない。
「上手くいってるのか、それなら安心したよ」
そこから話を続けようとして瀬名は口を震わせた。伝えたいことがあるのに、言葉にできないといった様子だった。
「あの男にも、申し訳ないことをしてしまったな……」
しばらく迷った後に言ったのがそれだった。
だが紫音はどうして瀬名がそんなことを言っているのかが分からなかった。この半年程の間で、彼の身に何があったのだろう。
「あの時は酷いことを言ってすまなかった。探偵としてこれからも真っ直ぐに頑張って欲しい。赤石純に、そう伝えてくれないかな?」
「どうして、そんなことを言うんですか?」
そこで、紫音は瀬名の辺りを取り巻いている嫌な感覚の正体が分かった。
彼の心を傷つけたくないという考えよりも、はっきりと言わなければいけないという思いの方が勝ってしまう。
「もしかして、これが最後のつもりですか?」
紫音は、瀬名が死に向かっているような気がしたのだった。
「……」
彼は何も答えない、俯いて表情も全く見えない。
一度心が限界まで壊れて何もかもが嫌になるという経験をした紫音だからこそ、瀬名の心を少しでも理解したかった、死を止めたかった。
「辛いことがあるなら、少しずつでも良いから言って下さい。一人で抱え込まないで下さい……!」
これではまだ足りない、もっともっと彼に響くような声で、言葉で。
「まだ明日があるんです、来月も来年もこれからも……だから、日岡さんの時間をこんな所で止めないで!」
紫音は瀬名とそこまで面識は無かった、でも真澄が以前自分に寄り添ってくれたように、自分も瀬名の心を救えたらと思った。
「大袈裟だなあ、僕を何だと思ってるんだ」
でも、そんな心配は要らなかったようだ。
瀬名は先程の浮かない表情が噓だったように、笑っていた。
「僕はただ、ちょっと今の自分が分からなくなってただけだ。真澄ちゃんとこれからも一緒にいて良いのか、自分に正直になるべきなのか」
瀬名の言葉を受けて、紫音は安心できた。彼もちゃんと前に進もうとしている、ここが終わりなんかじゃない。
「でも君のお陰で分かったよ、僕はやっぱり正直に生きたい」
周りの人の、車の動きは少しも気にならなかった。それよりも、今話している言葉の一つ一つの方が大事だからだ。
「正直に……ですか」
言われたことを自分の頭の中で繰り返す、それは真澄と一緒に生きたいということなのだろうか。
「そろそろ弁当が冷めちゃうね、君も寒いから早めに帰りなよ」
瀬名は最後に手を振って、家の方角に走り出した。
「君のお陰で答えを見つけることができたよ、ありがとう!」
その姿が見えなくなった後、紫音はコンビニで購入した炭酸飲料を開けた。
「何だ、日岡さんも頑張ってるんだな」
冷蔵庫でこの上ない程冷えたそれは、冬が近付いているこの時期からすると少々季節外れのような印象を受ける。
だが一口飲んでみると、今日の疲れがどこかに飛んでいったような気がした。
「私も赤石さんと一緒に、探偵の仕事を頑張らないとな」
清々しい気持ちになった紫音は、だからこそ全く気にしていなかった。
袖から少し見えた彼の腕に痣のような物があったこと、そして……購入した弁当が一つしか無かったことを。
翌日になって紫音は純の事務所に足を運んだのだが、瀬名に言われたことは伝えられなかった。
「昨日はお疲れ様でした、何事も無く終わって良かったです」
あれは瀬名が直接伝えるべきことだと思った。
瀬名が純に対して申し訳なく思っているなら尚更、面と向かって話してお互いの思っていることを知って欲しい、そう紫音は考えたからだ。
「ああ、まさか川田製作所の拠点に乗り込むことになるとは……深山もお疲れさん」
清良の話によると、重大な証拠が手に入ったため川田製作所の会長ももうすぐ捕まえられるだろうとのことだった。
そう、組織の壊滅まであと一歩の所まで来ているのだ。
「……明日、おばちゃんの喫茶店に行こうと思ってるんだ」
「本当ですか?」
おばちゃんとは、純の子供の頃からの知り合いである喫茶店のマスター、野崎のことである。
「今週であそこ閉めるらしいし、俺も予定が空いてるのはその日かなって。深山は明日でも大丈夫か?」
紫音は明日の予定を考えた。特に大きなことは無かったような気がする。
「そうですね、じゃあ明日行きましょう」
しかしそんな中、テレビでは気になる放送が流れていた。
「夕方の天気です。明日は近畿全域で晴れますが、兵庫県中部から大阪府、奈良県にかけて所によって雷雨が起こる恐れがあります」
そして次の日、純は探偵事務所で紫音が来るのを待っていた。
「楽しみだな、またおばちゃんと会えるし」
今の時間は午後の五時で、紫音と約束したのが六時辺りなのでもうすぐだ。椅子に座って、本棚から小説を何冊か持ってきて読む。
そういえば純が高校生の時、野崎はシャーロック・ホームズの本を何冊か貸してくれたことがあっただろうか。
「俺は、俺にとって最高の探偵になれてるのかな……?」
今純がこうして事務所を作って、探偵として活躍できているのも……記憶を失って何も分からなかったあの時、野崎が行くべき道を教えてくれたからだ。
でもその先がよく分からない、自分にとって一番の探偵とは何だろう。
「川田製作所を倒すこと、連続殺人事件の犯人を捕まえること……でも、それは俺にとってゴールじゃない」
明確な終わりが無い目標に、これからどうやって向き合っていけば良いのだろう。
そんなことを考えていた時、事務所の電話が鳴った。
「これ、おばちゃんの番号だ」
野崎から電話が来るのは珍しかった、何かあったのかと純は気になった。
「はい、もしもし……」
そして純は受話器を取ったのだが、どういうわけか彼女の声が聞こえなかった。
「はあ、はあっ……!」
耳を澄ますと、何やら人の吐息が聞こえる。純は何かがおかしいと感じ始め、受話器の向こうに呼びかけた。
「おばちゃんどうした、何かあったのか?」
しばらくして声が返ってきた、その内容に純は驚愕した。
「たすけて、純……!」
野崎の身に何があったのか分からなかった。何者かに襲われかけたのか、もしくは急病で倒れたのか、何も分からない。
だがその一言で、純はすぐに異常事態だと気付いた。
「おい大丈夫か、おばちゃん!」
向こうの状況を聞こうとしたが、そこで無情にも電話が切れてしまった。
「まずい、すぐに行かないと……!」
純は考えるよりも先に事務所を出て、喫茶店を目指して駆け出した。
「おばちゃん!」
野崎に何かあったら、純は考えたことも無かった。何か辛いことがあって落ち込んだ時も、記憶を失って自分が分からなくなった時だって、あの人は笑顔で支えてくれた。
彼女の暖かいコーヒーは、いつからか思い出の味になっていた。
「せめて最後に、もう一度……」
もう店を閉めると野崎が言った時、本当は純も止めたかった、喫茶店が無くなるのは寂しかった。でもそうしなかったのは、彼女の地域のためになることをしたいという夢を応援したかったからだ。
辺りが暗くなって、雷が鳴り出しても純は走り続けた。
「おばちゃんはきっと俺を待ってるんだ、だから俺が行かないと」
雨が降り、純は全身を濡らしてしまった。だが何も考えずにただ走り、ようやく喫茶店の前まで辿り着いた。
中の様子は分からなかったが、電気はちゃんとついていた。
「おばちゃん!!」
そして純は無我夢中でドアを開けた、すると野崎はレジの後ろにある椅子に座っていた。
目を瞑り、彼女は居眠りをしているようにも見えた。だが……
「そんな……!」
野崎は死んでいた。床には彼女のものと思われる大量の血が流れていた。
純は力が抜け、その場に座り込んでしまった。
「どうして、どうしてこんなことに」
右腕は切断されており、切られた腕はカウンター裏に、無造作に置かれていた。恐らく、犯人が投げ捨てたのだろう。
受話器には血が付いていた。彼女が最後に力を振り絞って、純に電話をかけたのだとすぐに分かった。
「うあああっ!!」
叫んでも何も起こらなかった、もう取り返しがつかなかった。
野崎は純が来る前に、連続殺人犯に襲われて殺害されてしまったのだ。
その後、警察と共に紫音が喫茶店に駆け付けた。
「赤石、さん……」
ここで何があった、どうしてこんなことになった。そう聞こうとしたが、現場に立ち尽くす純の姿を見て、彼女は何も言えなくなった。
彼は雨の中で走ったのか全身が濡れている状態で、表情が消え去り絶望していた。
驚いているわけではない、泣いているわけでもない。目の前に起きていることが信じられず、何の表情も浮かべずにただ絶望していた。
「……!」
遺体は右腕が切断されていた。もしこれが連続殺人犯の仕業なら、過去に起きた事件を除いても五人目の犠牲者が出たことになる。
でも、今最も重要なのはそこではない。
「俺が一時間早く行っていれば、何か異変に気付けたら」
大切な人を喪ってしまい、純の心には大きな傷が刻まれてしまった。
「おばちゃん……!」
何度も彼はそう呼び続けた、そうすれば戻ってくるのではないかという淡い期待があった。だが目の前にある野崎の遺体は、もう動くことが無かった。
警察に事情を説明した後、純はとある箱を持って事務所に戻った。
「赤石さん、それは?」
純は喫茶店のカウンターに置いてあったその箱を机に置いた。
プレゼントとして用意していたのか綺麗に装飾されており、「赤石純へ」という一通の手紙も添えられている。
「あの人は最後に俺と会った時に、このプレゼントを渡すつもりだったらしい。それなのに、こんなことになって……!」
箱に入っていたのは二つのカップだった。一つは使い込まれたのか色褪せたカップで、もう一つは新品のカップだ。
そして、手紙の内容はこうだった。
純、探偵の仕事お疲れ様。最後に私のコーヒーを飲んでくれてありがとう。
本当はこれからもこの店を、タツナミソウを続けていきたかったけど、この度店を閉めることを決めました。
だけどそれで終わりじゃないと私は思っています。純は探偵としてこれからも成長するだろうし、私もそんな純を支えていきたいです。だからこれは、新しいスタートです。
プレゼントはマグカップです。純が使い続けていた物と、もう一つは新しく用意した物です。良かったら、貴方の相棒の人と一緒に使って下さい。
もし仕事に疲れてしまったり、辛いなって思った時はいつでも私のことを呼んで下さい。コーヒーを淹れて、私で良ければお話を聞いてあげます。
今までありがとう、そして、これからもよろしくね。
喫茶タツナミソウ店主・野口恭子
「新しいスタートじゃ、なかったのかよ……」
純は徐に立ち上がり、冷蔵庫からコーヒーのボトルを取り出した。野崎から貰ったカップに入れてレンジで素早く暖め、砂糖やミルクも加えずにそれを啜る。
紫音はその光景を静かに眺めていたが、しばらく彼の反応は無かった。
そして体を小刻みに震わせ……彼は泣いた。
「まずい、何でだろうな」
当たり前のように喫茶店に通って、当たり前のように野崎とくだらないことを話していたあの日々。あの日々がもう永遠に返ってこないのだと、その時に実感した。
涙が溢れてくると、コーヒーが上手く飲めなくなってしまう。
「やっぱ俺じゃダメだわ、おばちゃん」
こんな物だけ残されて、どうしろというのか。本当は野崎と……おばちゃんと一緒の毎日が、一番楽しかったのに。
あの懐かしさを感じる味も、野崎の明るい声ももう聞くことができない。
「コーヒー、淹れてくれよ……!」
最後のコーヒーを出すことも、純の相棒を見ることも叶わずに旅立ってしまった野崎。
純の心には後悔だけが積み上がり、のしかかることとなってしまった。
野崎の事件で大変なことになっていたのは、純や紫音だけではなかった。
「また、防げなかった……」
それは遼磨たち警察だった。小野東高校で起きた事件を調査し、今起きている連続殺人事件との関連性を調べようと思っていた矢先に、野崎が犯人によって殺害されてしまったのだ。
「赤石君もあのような状態になってしまったし、どうすれば良いのか」
もう事件は周辺住民の間で噂になっており、早く犯人を捕まえて欲しいという声が多く警察署に寄せられている。
事件が起きることそのものも大変なことだが、それに合わせて大きな混乱が起きることも無視できない。
早く事件を解決しなければという思いが強くなる程、焦って真相から遠ざかっていくような感覚を覚えてしまう。
「早く、出なければ……」
電話が鳴っている、すぐに出ないといけない。だが身体的疲労と精神的ストレスが原因重なり、体が思うように動かない。
それでも受話器を取ろうとする遼磨だったが、その腕を何者かが掴んだ。
「無理はしないで下さい、この電話コールは僕にお任せを」
そう、疲労で限界に陥っていた遼磨を見かねた広野大和だった。
「ありがとう、すまない……!」
遼磨は大和に礼を言った後、自分の仕事に戻り始めた。
大和はその様子を確認しながら、かかってきた電話に出た。
「はい、こちらOno Police Stationです。
向こうからの返答を待ったが、返ってきた声は驚くべきものだった。
「もしもし、日岡瀬名です」
「セナ・ヒオカ? アーハー、お久しぶりです」
電話をかけてきた人物は瀬名だった。以前大和は小野東高校の事件について捜査するために真澄の家に聞き込みに行ったことがあり、その時に彼とも話をしたことがあった。
ということは事件絡みの連絡ではないかと思ったが、どうやら予想通りだったようだ。
「実は事件についての新たな証拠を掴んだので、僕の家に来て頂けないでしょうか?」
大和はそこで首を傾げた、ここでは話せない何かがあるのだろうか。
「ナウ? 承知しました、今から向かいます」
受話器を静かに下げ、大和はすぐに外に出る準備を進めた。
「どうかしたのか、広野君?」
先程の応対が少しだけ聞こえていたのか、近くにいた遼磨が不審そうな顔をする。大和はそれに対して笑顔で答えた。
「以前聞き込みをした方からです、新しい情報を入手ゲットしたそうなので今からお話を聞きに行きます」
大和は軽くスキップしながらドアを開け、夜の粟生の町へと駆け出した。彼にはまだ余裕があるのか空元気なのか、遼磨には分からなかった。
「お久しぶりです、広野さん」
家の前では瀬名が待っており、大和の姿を見ると手を振ってくれた。
「こんばんは、セナ・ヒオカ。今宵は綺麗な
「……はい?」
大和自身としては小粋なジョークを言ったつもりだったのだが、やはりと言うべきか瀬名には怪訝な顔をされた。
「いえ、気にしないで下さい。それで
気を取り直して、彼は本題に入ろうとした。
「ああ、今朝のジョギング中に神社で気になる物を見つけたんです。もしかしたら事件と関係している可能性もあるので、連絡しました」
神社。大和は最初ピンと来なかったが、そういえばこの辺りの山奥にそんなものがあったような気がする。
「分かりました、ではその現場スポットに向かいましょう」
大和は神社まで歩き出す前に、ふと瀬名の家の方を見た。
「そういえば、気になる物というのは具体的に?」
瀬名がそこで言葉に詰まったので、大和は不審に感じた。
「その、半分土に埋まっている形だったのですが、人の骨のような物で……」
瀬名が予想外のことを口にしたので、大和は静かに驚いた。
「オウ、ノー……!」
夜の空に輝く半月が、大和にはほんの少しだけ恐ろしく見えてしまった。
道中、大和は少しでも骨のことを忘れようと話題を逸らし始めた。
「そういえば、少し瘦せました?」
大和は以前会った時よりもよりも瀬名が瘦せたように見えた……運動をしたからという意味ではなく、ストレスで瘦せこけたようにも見えて少し心配だった。
それに、気のせいかもしれないが腕に一瞬痣が見えた。
「あー、最近家族が病気で亡くなって……」
「そうだったのですか、お辛いですね」
それが本当なのかは分からなかったが、大和はそれ以上のことを追求しなかった。
「着きましたよ、ここです」
そこは神社……正確には、岡城跡という場所だった。
北条鉄道の踏切を潜った先が鳥居になっており、そこから小さな階段が天満宮まで続いている。
「ここを登った先ですか?」
付近は一段と人気が無いように感じる。竹が数本倒れていることも含めて通るのは少し勇気が要る場所だった。
ちなみにこの奥には車も通ることのできる大きなゲートがあるのだが、今は鍵がかけられ通行できなくなっている。
「ちなみに、天満宮まではどのくらい?」
暗くて辺りも良く見えなくなってきた、大和がそう聞くと暗闇から声が返ってきた。
「五分程ですね、足元が悪いので気を付けて下さい」
「意外に長い……」
そこからしばらくは二人とも何も話さず、落ち葉を踏む音だけが辺りに響き渡った。
しかし、大和はいつからか瀬名の足音が聞こえなくなったような気がした。
「セナ・ヒオカ?」
気のせいではない、瀬名の姿が消えてしまっていた。先に行ってしまったのかもしれないと思い、大和はそのまま足を進めた。
彼は天満宮に辿り着き、悪かった視界が一気に開けた。だが、やはり瀬名の姿はどこにも無い。
「どこに行ったんだ、それに、あの骨も……?」
大和は辺りを見回して、そして振り向いた。
首に向かって振り下ろされた鉈を、大和は横に避けた。
「何だか、そんな気がしたよ」
黒いフードのようなものを被り、大和に向かって鉈を振り下ろしたのは……瀬名だった。
「気付いていたのか。ここには人の骨なんて無い……」
彼の姿は警察官を襲い、殺害した犯人にそっくりだった。そう、純や紫音が追いかけていた、遺体の右腕を切り落とすあの犯人に。
「僕の言ったことは正しかった、そのような解釈で間違いないかな?」
瀬名は何も言わない。彼の優しそうな表情は消え、鉈を持って対象を殺害する殺人鬼に変貌していた。
「君は知り過ぎたんだよ、だからここで消えて貰おうか」
それは見た者を恐怖に陥れそうな、凍てついた冷酷な表情だった。
「できるのかな、君に?」
刃物を向けられても、大和は余裕の混じった態度だった。その様子が、瀬名には余計に気が食わなかった。
「できるさ、何故なら僕は……」
そして、瀬名は改めて自らの正体を名乗る。
「……僕は小野市連続殺人事件の犯人、日岡瀬名だからだ」
冷たい風がこちらに……大和の方に向かって吹いてくる。まるで招かれざる客を追い出そうとしているかのように。
続く
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