13-3

 大急ぎで発電所に戻ったところでぼくは倒れ、救護班の手当を受けたらしい。いくつか大きな裂傷がありかなり出血していたらしく、危なかったという。残りの仕事はもちろん市ノ瀬主任がやってくれて、さすがにこれには想像以上の剣幕で怒られた。最初の約束を忘れたんですか、と涙を流された時にはさすがに主任がかわいそうになった。申し訳ないとは思っているが、それを含めてよくわからない。よくわからないまま台風十三号は予想されたほど大した被害を出さず、ぼくが動けるようになった頃には晴れ渡った台風一過の真っ青な空になっていて、見慣れない風景だとなんとなく思った。

 葦山氏に顛末を話すと電話がかかってきて、ぼくが倒れている間、市ノ瀬主任が驚くほど憔悴していたと教えてくれた。だからきちんと謝らないとだめだ、という旨を話された。葦山氏に叱られたことはなかったので、電話口で神妙な顔をしてしまった。仕方がないので、主任にいつもありがとうございます。このたびは申し訳ありませんと頭を下げて実家に買ってきてもらった宇佐見の佃煮を渡した。なんとなく千歳のものは失礼のような気がした。主任は少し固まって、また職務に戻ることができてよかったですと言ったきり話は終わってしまった。逆にそこから何かにつなげてしまうようなひとだったらこんなふうに伝えなかっただろう。

 まるで決算をするかのように全体の被害状況を確認して、稼働状況も確認して、職員や電鉄や市役所の状態も全部何もかも確認して、台風の対応を終わらせたときには夜になっていた。雨は上がっていて雲も少なくて星が瞬いていた。知らぬ間に長袖のシャツでも暑くない季節になっていた。原付は多少傷が付いていたけれどなんともなかったし、発進しても特に不具合はみられない。スロットルもふつうに動いた。ただ、突然壊れたら困るからバイク屋には行く必要があるだろう。

 部屋に戻ると、三島からメッセージがあった。勝手に持ち場を離れてしまいすみませんでした、という旨と、この前のシオマソニックの様子を撮影した動画がかなり再生されていて、「アコヤガイ」のSNSのフォロワーが急激に増えてびっくりしてしまったということを話してくれた。同じくハヅキが髪を真珠色に変えたのにもびっくりしてしまい、軽く口論になったのだそう。いずれにしても、本来であれば処分も致し方ないし、市ノ瀬主任にどうにか頼み込んで処分を出さないようにしてもらおうか、と考えたところで追加のメッセージが出てきて目を見開いてしまった。

 発電所を辞めて、千歳で働こうと思います。ハヅキも一緒に働く予定です。

 あっさりしていた。あれだけ、潮間の海に飲まれるかもしれなかった男が、そう簡単に潮間を出られるのだろうか、と率直に思った。

 潮間を出る勇気をくださってありがとうございました。あの日、石本さんの言葉がなければ僕はこうして新たな道を踏み出せなかったと思います。とても印象深くて、曲にも入ってきてしまうかもしれません。ごめんなさい。出来たらお送りします。

 思わず笑ってしまった。ぼくが潮間に対する想いを叫んだことで、かえってかれは潮間を出る決心がついたのだ。それは少しばかり皮肉だと思った。つまりぼくはかれに潮間で一緒に生きていて欲しいと、どこかで思っていたということになる。それは自分でも意外だった。ぼくはまだ、ぼくすらもわかりきれていないのだ。かれのことだって、きっと一生わかりはしないだろう。

 新しい空が灰色になっていることを確認して、ぼくは千歳へと向かう準備をした。

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