第7話 飛べない天使

 翌日、わたしはいつも昇降口から入れないので正面玄関から校内に入る。この高校は建てられてまだ新しいのでエレベーターがある。三階の教室に向かい廊下を車椅子で進む。


 あ、信也くんだ。


 信也くんはわたしに気付くと後ろに回り、わたしの車椅子を押してくれる。ホントに優しいな。わたしの胸は切なく高鳴る。教室に入ると机まで連れて行ってくれる。ホームルームが終わり一限の授業が始まると。数学の授業が始まる。


 む、難しい……。


 小テストの点数は最悪であった。数学は理論的な思考を育てると言い。放課後に数学の補講を受けるかわたしに問うてくる。


「先生、俺も補講が受けたいです」

「学年、上位の『南風 信也』か……勤勉だな。ま、よかろう」


 信也くん……。補講を受けるのはわたしの為だと直ぐに分かった。わたしは折れた羽を見つめる。天使失格のわたしはダメ人間だ。でも、せめて素直になろう。数学の補講を受ける事を同意して、放課後に数学準備室に二人で向かう。信也くんは廊下をゆっくりと車椅子を押してくれる。数学準備室の中は大きな本棚と中央に丸テーブルがある。それから、中年の数学の先生は小さな黒板を使って補講を始める。信也くんは真剣に補講を受けていてわたしはたじたじだ。


「おっと、この問題は天野向きではないな」


 先生は一問、終わると黒板消しで消して簡単な問題を書き直す。

「質問してもいいから、南崎はこの問題集を使ってくれ」


 傾いた日射しが数学準備室の窓から入りノスタルジックな雰囲気であった。わたしはこの時間が好きになっていた。


「少し、窓を開けていいですか?」

「あぁ、問題ない」


 わたしが数学準備室の窓を開けると。ここちいい風が通る。折れた羽根がうずく。羽根が風を欲している。今なら飛べそうな気がした。


「天野、窓から乗り出し過ぎだ」


 数学の先生が声をかけてくる。確かに今のわたしには危険だ、昔、昔、空を飛べた記憶があったから風になれると思ったのだ。


「さて、補習はこれくらいにするか」


 えー、もっと信也くんと一緒にいたい。


「南崎はサッカー部の練習があるだろうに。それに天野は帰るのに時間がかかるはずだ」


 わたしは改めて窓の外を見る。この風なら羽根が有れば短時間で帰れる。でも、今は車椅子姿である。小さく頷くと数学準備室を後にする。

信也くんは昇降口に向かい、わたしは正面玄関から外に出る。わたしは信也くんがサッカー部の練習に入る事を確認して帰路に着く。


 翌日、昼休みにわたしはまた屋上に来ていた。


 やはり、ここの風は特別だ。車椅子を押して屋上の中ほどに向かうと、信也くんが現れる。


「見かけないと思ったらここしか考えられなくてね」


 その言葉にわたしは胸がキュンとなる。こんなわたしでも求めてくれる人がいることが限りなく幸せであった。


「ここでの君はオーラが違う、天使のように輝いている」


 天使のようにか……。


 風さんがわたしに天使の輝きをくれたのだと感じる。本来、天使は風を操ることができる。風に乗り、または、風の流れをよみ、大空を飛ぶのだ。


 わたしは天使であることをうちあけるか迷う。天界からの使いである天使であることは人間に隠さなくていい決まりだが、飛べないわたしは信じてもらえないだろう。


 本当は車椅子が必要ないことの方が嫌われそうで怖い。


「わたし、天使なの、この地上で修行しているの」


 あぁぁ~。


 言ってしまった。


「聞いた事がある、天界からの使者がいることを……」


 信也くんが詳しくわたしの話を聞こうとした瞬間にクラスの三人の女子が現れる。


「あ、発見であります。サッカー部のキャプテン専属のマネージャーの話だけど」


 三人は信也くんを囲むと屋上から連れ出してしまう。独り、取り残されたわたしは行き場の無い寂しさに襲われる。


 あー信也くんはモテるからな……。結局、天使の話はグダグダになり、それから話題にならなかった。

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