第5話 デート前編
美和家に着くとわたしは車椅子を玄関に置き普通に歩き始める。
「あら、おかえり、相変わらず、疲れた様子ね」
妹の時美さんがお風呂上りなのかジャージにタンクトップ姿である。そう、時美さんの言う通りに今日もお疲れなのである。
「ま、頑張ってね」
時美さんの言葉にわたしは自分らしさを考える。こんなわたしでも信也くんが一目惚れしたとか……。あんなカッコいいのにわたしがいいと言う。明日は駅前のショッピングモールでデートだ。自室でぼっーとしていると。自分の手首を見る。
『切りたい』
わたしは車椅子生活だけでなくリストカットまでしたいと思うのであった。いかん、厳しく自制せねば。後ろを見ると羽根が折れている。不意に思いついた様にわたしは服を脱ぐと鏡の前に立つ。折れた羽根が痛々しく感じる。天使失格と思える羽根だ。
「天野さん、ご飯にしましょ」
辻美さんが一階から声をかけてくる。
***
天使の歳でも一七歳は思春期で初恋なども経験する年齢である。わたしも初めての恋に戸惑うのであった。信也くんとショピングモールでのデートの朝は早く起きた。
鏡の前に立つと裸になる。ここの所の習慣になってしまった。胸の小さな膨らみに白い肌が印象的だ。
……。
想像と現実の狭間で頬を熱くする。あーダメだ、ダメだ。わたしはお出かけ用の服を着る。携帯の雑誌機能と通販サイトで選んだ物だ。ラフな大人のファッションである。わたしは頭をボリボリしながら朝ご飯を食べる。ご飯の後、再び自室の鏡の前に立つ。
わたしは大きなくしを取り出して長い金色の髪をとかす。お化粧はチークだけだ。色付きのリップですら迷ったあげくに断念した。それから玄関に向かうと。
「メスの臭いがする」
わたしと時美さんとすれ違うと問題発言をされる。
「時美さん……」
「あれ、ズボシだったか」
時美さんはやっちまったかーと開き直る。
「うん、うん、わたしも切ない恋心に悩んだ日もある」
何やら自己完結して時美さんは去って行く。しかし、酷いな『メスの臭いがする』だもの。わたしは辻美さんから香水を借りてつける。これで臭いは消えたか。
家を出る前に鏡の前で一回転して、髪の毛先までチェックするのであった。
わたしは玄関に置いてある車椅子に乗る。ここからバス停までの距離は高校までより遠い。一生懸命になって車椅子を動かすが大変である。
さて、バス停に着いたぞ。
腕時計を見るとしばしの時間がある。
不意に右手首を見るとリストカットの跡がある。少し、驚いた。切りつけた記憶が無くてもリストカットの跡があるのだ。わたし達天使は心の状態が体に現れる事がある。折れた羽根が天使失格なら、リストカットの跡は信也くんの恋人失格なのかもしれない。
そんな妄想をしていると。
気がつくとリストカットの跡は消えていた。さて、バスの到着時間だ。そして、腕時計をチラチラ見てバスを待つ。
やがて、バスがやって来た。リフト付きのバスで良かった。運転手さんは不機嫌な顔で色々始める。それでも、わたしは車椅子からの景色が見たかった。天使でありながら、迷惑をかけるのはしのびない。飛べない羽根は天使失格なのでと思うがやはり、罪悪感はある。何度も運転手にお礼を言い、バスは発進する。終点の駅までわたしの心は揺れていた。バスの中からの景色は単調であった。本当なら一番後ろに座り。
両側の窓を独り占めしたいのであった。やはり、車椅子に乗っていると矛盾がある。終点の駅に着くと再び運転手が色々始める。バスのダイヤが乱れる心配が無いのか。さっきよりも優しい。わたしは謝りながらバスを後にすると駅のロータリーで信也くんを待つ。
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