プロローグ
「ブルーローズ嬢、よければ一緒にテスト勉強をしないか?」
クラスでベロニカ様とお話をしていると何気なくかけられた声に振り向けば、そこにはネリネ様がいらっしゃって内心で相変わらず暇人はこれだから扱いが面倒だと困ってしまいますわ。
わたくしの母方、というよりも祖母方の親戚でアンデルフ皇国からの留学生であり、現時点での第二皇位継承権保有者のネリネ様は親族の気安さなのか上級生なのにもかかわらず頻繁にわたくしのクラスにいらっしゃってこうしてお誘いをかけてくださいます。
「ありがたいお言葉ですがご遠慮申し上げますわ。わたくしは改めて勉強しなければ成績を落とすほど無能ではございませんもの。ネリネ様と時間を過ごすぐらいなら友人とお茶をしていた方が余程有意義でしてよ」
わたくしの言葉にネリネ様は「やっぱりか」と肩を竦めつつもクラス室の中に入っていらっしゃって、わたくしとベロニカ様の話の輪に加わろうとなさってきます。
「なんの話をしてたの?」
「昨今の学園の生徒の皆様の能力の低さに嘆いておりましたの」
「そりゃ、学園きっての才女であるブルーローズ嬢からしたらそこら辺の生徒なんて蟻同然だろうね」
呆れられたように言われましたが、学園のエリートが所属していると言われているSクラスですら、何かしらの能力がCに達成していれば入れるのですから、やはり基準が甘いと思えてなりませんわ。
「ブルーローズ嬢、君は王族の一人としてもっと周囲を気遣う発言をすべきだ」
「あら、盗み聞きとは感心しませんわねホスタ様」
声をかけて来たのは同じSクラスに所属し、ファンタリア王国の第二王子で第二王位継承権を持つホスタ様です。後ろにはブライモン公爵家次男のバーベナ様とオズウィン侯爵家のご長男のカクタス様もいらっしゃいますわ。
はあ、面倒な人たちに絡まれてしまっていますわね。
わたくしの事等放置して青春を楽しめばよろしいのに、何が楽しくてわたくしに構ってくるのでしょう?
正直言って、この方々と関わるとわたくしがこの世界で最も関わりたくない人物に高確率で関わる羽目になるので止めていただきたいのですけれど、言ったところで意味はないのでしょうね。
「お話の途中申し訳ありません。エッシャル女大公様、よろしいでしょうか?」
「パキラさん、どうかなさいまして?」
国内有数の大手商会会頭のお孫さんであるパキラさんが考えの読めない笑顔を浮かべて近づいていらっしゃいまして、わたくしの前に一輪の青薔薇を差し出していらっしゃいました。
「如何でしょう」
わたくしはそれをチラリと見て「駄目ですわね」とすげなく返します。
その途端青薔薇はホロホロと崩れて跡形も無くなってしまいましたが、パキラさんは「次はもっとよい物を作りましょう」と言ってあきらめる様子がありません。
はあ、本当にわたくしの事は放っておいて欲しいものですわ。
◇ ◇ ◇
『花と星の乙女』は攻略対象が百十人近くいるオンライン箱庭物作り系RPG乙女ゲームです。
乙女ゲームと銘打っているものの、純粋に箱庭ゲームとしても楽しめたり、物作り系ゲームとして楽しめたり、恋愛を無視してRPG要素を楽しんだり、攻略対象によって登場するお邪魔キャラという名の準攻略対象である女キャラとの友情を楽しんだりとバリエーションが豊富だったため、女性だけでなく男性にも人気があるゲームです。
事前登録から始まり、サービス開始から人生の全てをつぎ込んだと言っても過言ではないほどの廃課金者であり、開催されるイベントは皆勤賞だけではなく、最古参ユーザーとして毎回上位に食い込むほどにはわたくしはそのゲーム内では有名人であり、プレイ動画やイベントの攻略放送は常に一定の人気を誇っていました。
『花と星の乙女』専用のタブレットを持ち歩き、そこには攻略におけるありとあらゆる情報が詰め込まれていましたね。
公式が発行する情報はもちろんの事、関連するアンソロジー、コミック、ファンブック、データカード等々、本当に人生を捧げていたのです。
そんな人生そのものであるとも言える『花と星の乙女』の世界に転生したのはいいのですが、
「よりにもよってブルーローズに転生ですのね」
鏡に映る幼い顔を眺めて、思わずため息を吐き出してしまいました。
『花と星の乙女』にはお邪魔キャラといわれる友人にもなれる女性キャラが幾人もいますが、その中でも最も『悪役令嬢』と言われているのが、ブルーローズというキャラクターですの。
メイン舞台になるファンタリア王国にあるエッシャル大公家の一人娘であり、ヒロインの『同い年の異母姉』。
エッシャル大公家はファンタリア国王の娘が結婚する際に与えられた爵位であり、ブルーローズを産んでから体調を崩し早くに亡くなった娘を母に持つブルーローズにはそのままファンタリア王国の王位継承権が与えられています。
なおかつ、大国であるアンデルフ皇国から嫁いできた祖母、そしてその血を引く母に生き写しとも言われ、祖母や母を溺愛していたアンデルフ皇王にもれなく溺愛され、皇位継承権まで与えられており、大公娘でありながらもその扱いは『王族と同じ』であるため、住居は王宮内にある離宮となっています。
そして、わたくしがこの世界に転生したと『思い出した』きっかけになったゲーム内では明かされなかった設定。
この世界で最強で最凶で最恐な魔国を統べる『資格保有者』である事が判明したショックでわたくしは一ヶ月も昏睡状態に陥っていたようです。
通りで、ゲーム内では『ブルーローズ』としか表記されない名前なのに、公式が設定資料として発行したファンブックに記載されている正式名称が『ブルーローズミアアステリ=アンデルフ=ファンタリア=エッシャル』なんてやたら長い名前だったのですね。
ちなみに、ミアアステリというのは魔国を統べる資格保有者の女性に与えられる名前で、『最も高位の資格保有者の女性』という事になります。
そして、ゲームの中で誰よりも『悪役令嬢らしい』と言われるのは、ブルーローズがヒロインの『同い年の異母姉』であり、サービス開始時から登場していたメイン攻略対象の多くに関りがあり、あくまでもヒロインに対して『友好的でない』からなのです。
とはいえ、攻略対象の誰かと婚約しているキャラクターでもありませんので、当人となってしまった今では『悪役令嬢』と扱われるのは大変に遺憾ですわね。
なぜ、お母様の『婿』になった遺伝子上の父親の『娼婦の愛人』が産んだという『同い年の異母妹』に親切にしなければいけないのでしょうか?
遺伝子上の父親は、お母様が亡くなって葬儀が終わった翌日にあろうことか『愛人とその娘』を王宮に連れて来て、国王であるお爺様に子供には母親が必要だから再婚を認めて欲しい、愛人との娘は自分の子供だから大公家の養女にしたいと言い放ったのです。
もちろん、お爺様がそんなことを許すはずも無く、遺伝子上の父親の再婚は認められず、どうしても再婚したいのなら『エッシャル大公家と縁を切れ』と言われてしまい地位を惜しんだからなのか、遺伝子上の父親は結局再婚をしませんでした。
当然、異母妹もエッシャル大公家の養女にもなっていません。
わたくしのように王宮に住むことも許されず、王都にある遺伝子上の父親が住んでいる別邸の一つに母親である『愛人と一緒に居候』している状態なのです。
「ステータスは、元のままですのね」
一人にして欲しいと言って人払いをした部屋の中でこっそりと確認したステータスカードには、カンストでは飽き足らず、イベントの報酬として得られる限界突破ステータスが記載されています。
それに……。
「転生特典、というものなのでしょうか?」
廃課金をして揃えた拠点の設備、道具、家財、人材、そしてなによりも手に馴染む手帳。
手帳を開いてみればそこには集めに集めた『花と星の乙女』の情報が記載されています。前世で使用していたタブレットの代わりでしょうか?
ともあれ、ゲーム自体はヒロインが王立学園に入学するところから始まりますし、それまでの間に出来る限りの事はしておきましょう。
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