第15話「アズミちゃん目当て」

「で、今日は何食べるよ?」


 身支度を終えて、テーブルの椅子に腰かけた僕に、ママンが問うてくるので、僕は即答した。


久留米くるめラーメン」


「はぁ? 朝からそんな脂っこいもの食べんのかよ。若いってのはいいなぁ」


 ママンが出してくれた久留米ラーメンはもちろんインスタントである。


 九州のすべての豚骨ラーメンの源流である久留米ラーメンは僕の大好物。


 でも毎日食べたいわけじゃない、ここぞという大事な時にしか食べない。


 今日は大事な時だろう。


 なんたってカースト順位が決まる一日なんだからな!


 いつも朝は食欲がないことの方が多いけど、今日の僕は気力充実、絶対に負けられない戦いを前に、武者震いしながら、久留米ラーメンをむさぼる。


 極細の麺と、それに絡む野性味あふれるスープがおいしい。


「かぁ~、この豚臭いのがたまんねぇんだよなー、チクショー」


「お前はオヤジかよ。もっと落ち着いて食えよ、高校の入学式の直前に窒息死したらシャレになんねーぞ」


「有史以来、ラーメンで窒息死した人は、ただのひとりもいないと思うけど」


「うるせーよ、心配してやってんだから、素直に受け取れぃ」


「ありがトウカイテイオー」


「だから、オヤジかっつーの、お前は……そんなことより」


「何?」


「高校ではいい加減、アズミちゃんのこと落とさないとな、優」


「ゲホッ! ゲホッ!! ゲホッ!!!」


 ママンの思いもよらぬ言葉に僕はおもいっきりむせる。


 それこそ窒息死しそうなほどに。


「おいおい、大丈夫かよ、汚ねぇなぁ」


「いきなり何をぬかすか、この元ヤンキーは……」


 僕は水を飲むことで、なんとか窒息死を回避する。


「おいおい、いつも言ってるだろう、私は元ヤンキーじゃないと……そんなことより優、私はわかってるんだぞぉ」


「何を?」


 ママンは下衆な笑みを浮かべ、僕はティッシュで口元をぬぐう。


「お前ならもっといい高校に行けるはずなのに、あえてあの高校に行くのは、完全にアズミちゃん目当てだろ?」


「……」


 僕が何も言わないのは図星を突かれたからである。


 どうしてもアズミと同じ高校に行きたくて、おバカなアズミが到底合格できなさそうな県立進学校の受験は全問適当に答えて、わざと落ちた。


 中学校の先生に「絶対合格間違いなし」と太鼓判を押されていた県立進学校、わざと落ちた。


 ママンには「試験中、急に、頭とお腹と肩と肘と膝と腰とくるぶしと爪先と弁慶の泣き所とアキレス腱が痛くなって、本領を発揮することができなかった」と嘘をついてごまかした。


「私としては本当は県立高校に行ってほしかったんだがな、目当てがアズミちゃんなら話は別だ。私だってアズミちゃんが嫁に来てくれるなら、そんなに嬉しいことはない。そのための必要経費と思えば、私立高校の学費なんて安いもんだぜ、ハッハッハッ!」


 まったく、この元ヤンキーは何も知らずに、お気楽なもんだぜ、ハッハッハッ!


 そう思ったけど、口には出さなかった。


 アズミが実は同性愛者で、つい最近『カノジョ』ができて、そのカノジョとすでに初えっちも経験済みだなんて言ったら、ママンは卒倒してしまうことだろう。


 それに春休みの間にネットで調べたけど、本人の同意を得ずに「葵アズミは同性愛者だ」と言い触らすことは、『アウティング』と言って、決してやってはいけないことであるらしい。


 アズミ本人にも「誰にも言わないで」と言われているし、何より『アウティング』は不正義なのだ。


 毘沙門天びしゃもんてんの名にかけて、僕は絶対に不正義は行わない。


 アズミの秘密は必ず守る! 守ってみせる!!


「ま、なんにせよ今日から頑張れよ、優」


「ありがトウケイヘイロー」


「だからオヤジかっつーの、お前は」


 僕が心の中で正義の炎を燃やしていることなど、ママンにはさっぱりわからないみたいだった。

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