◇黄色にまつわる物語◇

つきの

◇菜の花色◇いちめんのなのはなとノッポの少女

「いってきまーす!」

 いつものように日菜子ひなこはズック靴のつま先をトントンして、赤いランドセルを揺らしながら駆けだしました。


 家からすぐの階段はブロックでできていて少し不安定な部分もありますが、慣れたものでリズミカルに降りていきます。


 近くには菜の花畑があり、晴れ渡った青空の下、そのいちめんに咲く菜の花を横目で見ながら風を切って走るのが日菜子ひなこは好きでした。


 菜の花の黄色は、つい沈みがちになる気持ちに元気をくれます。



 日菜子ひなこは小学六年生ですが、成長期が他の子より早くきたようで、男女含めてもクラスメートより頭一つ飛び出ていました。

 日菜子ひなこは自分の背の高さが嫌でした。


 何故ってその為に、クラスの男子から散々からかわれていたからです。

 たまたま教室で前の席になれば

「でかいのが前にいるから黒板が見えないぞー!」

 と決まって文句を言われます。


 昭和の時代には珍しかったのでしょう。

 その頃はまだ、発育のよい女の子用の子供服が無かったので大人用の婦人服から選んで着るしかなかったのです。

 それすらも、からかいの対象になりました。


 女子も日菜子ひなこに対して優越感を持っていたようです。

 日菜子ひなこは男子から女の子扱いされないけど、自分たち小さくて可愛い女子は、ちゃんと女の子扱いされている。

 子どもはとても残酷です。

 " 違う "ということに敏感でもあります。


 もっと言いたいことをハッキリ言える子だったら……でも日菜子ひなこは本が友達の内気な少女なのです。


 日菜子は学校で、いつも憂鬱ゆううつでした。

 実は一度、勇気を出して、自分の思いをクラスメイトの前で話したことがありました。

 でも、それは逆効果、更なるからかいの対象にしかなりませんでした。

 日菜子は泣いて教室を飛び出しました。

「もう嫌!家に帰りたい!」


 それでもその日、家まで帰る勇気はありませんでした。おとうさんやおかあさん、おばあちゃんに心配かけたくなかったのです。

 おとうさんとおかあさんは共働きで忙しくて、日菜子ひなこの面倒は、おばあちゃんが見てくれていましたから。


 あの近所の菜の花畑横、ブロックの階段に座って日菜子ひなこは学校が終わる時間まで、揺れる菜の花をずっと見つめていました。



 次の日、日菜子は心の底から後悔しました。

「もう嫌!家に帰りたい!」

 そう言って教室から走り出すという遊びが、クラスで流行はやっていたからです。

 男子がこれをやって、女子はクスクス笑っています。


 日菜子の心は折れてしまいそうだったけど、一つ学んだのでした。

 他人の前で自分の激しい感情を不用意に出してはいけない、と。

 そして、からかいに反応すればするほど、相手は面白がるということも。


 からかいの声を背にして席に座った日菜子は、書き写していつも透明下敷に挟んでいる詩を、心の中で繰り返していました。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「風景 純銀もざいく」

     山村暮鳥


 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 かすかなるむぎぶえ

 いちめんのなのはな


 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 ひばりのおしゃべり

 いちめんのなのはな


 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 やめるはひるのつき

 いちめんのなのはな


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 大好きな詩です。

 教科書に載っている、この詩集を見つけた時、読んでいると優しい風の吹いているあの菜の花畑に立っているような気持ちになれました。


 それはまるでお守りのようで、日菜子ひなこにとっては確かに救いなのでした。

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