10.軋轢・中 ゠ 贅沢と不仲の話

うまい。大したものだ」


めにあづかり、大変光栄に思い。料理番の者も喜ぶこと然弥しょう」


「随分と大仰に言うなあ。それでは私のほうが、王様のようなあつかいではないか」


ように、もてなしをせていただいて


「そうまで言われてしまうと、こちらも恐縮なんだがな」


 敵であるはずの自分が、ここまで歓待されるのも、やや不自然な話だし、申し訳なくも当然思う。

 ただそれよりも、出された料理がとにかく美味おいしかった。

 いつい私も興に乗り、まだ手をつけていないほうの料理についても、説明をうてしまった。


「しかしそうすると、このもただのではいのだな。というか、もそもこれは何のだ?」


 にするのは普通、っためんぽうだ。

 ほかに大麦やとうきび、豆や芋などもにされるし、あるいは貧しい世帯であれば、あわきょうばくなんかを用いることも有るだろう。

 しかし、このような白い粒々については、とんと見聞きした記憶が無い。


 質問に、女侍従長はこう答える。


ちらは米のかゆござ


「米? これが、米なのか?」


 私はいぶかしんだ。

 確かに姿形は似ている。

 しかしあれは色が紫、もしくは黒だったように思う。

 それに米は、ぼそとしていてややしぶくもあり、お世辞にも食味が良いとは言えない。

 それこそ粗末な食材の代表だったはずだ。


しろまいござ


「しろまい?」


あかまいくろまいに比べて雑味が極端に少なく、食感とてももちもちと程良い弾力を持ち、大変食べ応えの有る米と成ってござ


「そんな米が有ったのか」


「詳しい話は存じんが、米は小麦などくらべてさまざまな長所を有する、との事でござて。以前キュラト様が、美味おいしく食べる事がきる米の開発指揮を、執りに成ったです」


「うん?」


 いま微妙に、違和感を感じる言葉を聞いた、気がする。


「指揮? 指示ではく?」


「キュラト様は、何でも御自分でりに成り。何でも」


「……?」


 はて。

 今のはどうにも、含みのある言い方だった。


 げんに思い、様子をうかがっていると、対面の少女もぽつり言う。


「……任せるところは任せてるでしょう」


ようられ


 ふたりはそれきり黙り、しばらく見合っていたが、やがて少女は食事にもどる。


 少女とその周囲との間に、何らかのあつれきろう事は、おぼろげに察せられた。

 しかしそれが何なのかはもちろん、目で見てうかがえるものではい。

 まああの、医務室のあれらについては、ちょっと何かが違う気もするが。


 それでも、絶対の権限を持つ王であろうが、いや。

 むしろ、配下へ命令を下す立場なのだったら、なおのこと。

 不和をこさえるのは、得策とは言えないはずだ。

 そのあたり、この少女はどう折り合いをつけているのだろうか。


 そう考えていたところで、ふと思い当たるものがった。


「そういえば、だな」


 やはり王様らしくない物として、わんかゆを口に運ぶ少女をゆびさす。

 指されたほうはきょとんとした。


「はい?」


「毒見はさせないのか?」


「え、あ、そのこれは、何といいますか、調理番が何度も味見を……」


「キュラト様」


「……はい」


 結局また、少女はふくれて食事を再開することになった。

 可哀そうな事をしてしまったが、これはもう私も、少女へは余計なことをしゃべらないでいるべきか。


 ただまあ、毒見した結果の判断までには、それなりの時間を要する。

 そんな事をせていれば確かに、せっかくの温かい料理も冷めてしまうし、だいいち気分の良いものでもい。

 かと言ってそれでも、調理係による味見というのは毒見の代わりには、ならないのではないか。

 もちろんそれは調理係を疑えという事ではなく、毒などで、なる手口により混入されるか、わかったものではいのだ。

 ゆえに毒見とは、それをきょうされる本人の前で行なうからこそ、意味が有るもののはず。


 もしもほんのさいでも、不和が存在するのなら、そういった警戒はおさら欠かせないものであるはず、だろうに。


 まあい変わらず考えてもわからないし、だからその件はとりあえず捨ていて。

 少女にならって私もさじかゆすくい、口へ運んだ。


「……」


 美味である。


 しろまいとやらを食すのははつたいけんだが、それ以外の物によって味がつけられている事は間違いなく、複雑な味がした。

 何の味かはわからない。

 しかし、次のひと口をうながすには十分の、欲求に駆られる。

 そうして確かめるように、継いでかゆを口へと運び、またひと口と運んでいるうちに……木製のわんられたかゆは、無くなってしまった。


 何が起こったのか、よく認識できない。

 わんが空であるという事実が、ひどく不思議な事であるように感じられた。


 私はしばし、ぼうぜんとしながら空のわんみつめる。


替わりを、召され


「……」


 私が反応できないでいれば女侍従長はわりとほほみつつ、何も言わずにわんを取り、台車の容器からかゆよそった。

 ふたたびわんが、私の前へ置かれる。

 また目の前にたべものが現れたものだから、私のさじは半自動的に進んだ。


 美味おいしい。


ほどまでに、気に召され


 これは、参った。

 私も食生活に関しては割と、様悪さもしいほうの位置にある自覚はった。

 しかしそれにしたって、どんなに美味な物を食べさせられたとしたって、だ。

 まさかしばらく、思考を奪われるまでの事になろうとは。


 ほんとうものひとくちただちんもくせる、とう。

 それはもちろん、美味な物もまたかり、だ。

 その感動を言葉にして正確に表すとするなら、この言葉しか無い。

 私は率直に言った。


「最近の魔王は、とんもないぜいたくているんだな」


「全くでござ


 そう調子よく合わせてきた女侍従長を、少女はするどくにらみつけるが、言葉は特になにも漏れてこなかった。

 逆襲をおそれているに違いない。

 なんというか、まあ。


 しかしそれでも、質素ではいにしろ、軽いしょくであった事には違いない。

 少女も私もそれほど時間掛からず、食べえてしまった。

 食後に味わったかんきつじゅうも、香り高く酸味のっぱりとしたものだったが、それを飲みきってしまうのだってすぐの事だ。

 内容としてはもちろん、文句もつけようが無いほど満足の行くものではあった。

 が、見れば女侍従長がもう早、使用済みのその食器を台車へ下げ始めており。


 ──カチャン、カチャン。


 どうもいんとよばれるようなものも無く、っさりしていて味気ないものだ。

 そんな事を思っていると女侍従長が、作業をしながら説明を加えた。


よいような物で失礼致したが、貴女あなた様の御加減を考慮してのこと察しくだい。次しょうしょう、手の込んだ物を用意せていただ


「うん? さっきはこれでも、かなり手が掛かっているような事を言っていなかったか?」


はいとんも無いぜいたくと、過分のめにあづかりたが、しかし王の食卓の真髄は、まだまだ斯様こんな物ではござん」


「ほう」


っともちらは王道の、きゅうてい料理とう物に成りから、意外よいり欠けるも知れんが、味わいの程は保証致し。今後も何様どう、御期待くだい」


「そうか。そうになった、ありがとう」


 私がそうあいさつすれば、シュノエリとよばれたその女侍従長、素晴らしいほほみをこぼしたものだった。

 ふむ、かなかどうしてい顔をする。

 いや、これといって悪い人物にない気がするのだが、少女はこの女侍従長とは、うちとけれずにいるのだろうか。


 と、そんな感想ともえないような事を、んやり私は考える。


粗末様でござた。ではわたくしは、


 なんとなくり惜しくなった感もるが、その彼女もよいよ、辞するあいさつを残しては食堂を後にした。

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