過去の事件9 同郷の二人
第一話
わたしは娘の花凛を乗せて車を運転していた。少しぼーっとしてたのか、道を間違えてしまった。
「次のところ右折して回ろうか」
つい独り言をいってしまう。信号が変わり、右をぐるっとUターンした。はぁ、娘の病院通い疲れる。2歳になる花凛は皮膚科、歯科、耳鼻科、週に半分の午前中は彼女の病院通いで大忙し。スケジュールが埋まってしまう。
病院だけならまだしも処方箋を調剤薬局まで取りに行かなきゃいけないなんて。はぁ。
ん? なんか後ろからバイクが追っかけてくる……って! 白バイ!!!
「そこの軽自動車、黄緑色の軽自動車止まりなさい」
なんか悪いことした? やばい、止まらないと……。逃げるとやばいよね。
すると後部座席のチャイルドシートに乗っている花凛が不安を察したのか、なんなのか、大きな声で泣き出した。
「花凛、大丈夫よ。落ち着いて、落ち着いて!そこのコンビニに入るからね。お菓子あげるからね、待っててね」
「うわーーーーん!」
花凛は泣き止まない。私はコンビニの駐車場に入り、後続の白バイも入ってきた。わたしは慌てて運転席から降りて後ろの席の花凛をチャイルドシートからおろして抱き抱えた。
「奥さん、すいませんね」
そこにやってきたのは全身青い制服、わたしよりかなり背が高い白いヘルメットの男。
がたいがよく、娘はさらに怯える。夫は小さいからこんなにでかい男に会うのはなかなか無いのだろう。あったとしても動物園でガラス越しで怖がったクロクマくらいか。
「お嬢ちゃん、ごめんな。泣かんといてや」
ヘルメットのシールドを上げて私たちを見下ろす。関西弁? ……それよりも釣り上がった目、とても鋭い冷たい目。でもよく見たらとても整った顔……。
「奥さん、あそこはUターン禁止ですよ。見えませんでしたか?」
「えっ? ……そうなんですか……よくみんなあそこで」
そう、あそこはUターンしてる車を見かけてたし、旦那もあそこでしてたし……。
「みんな? みんながしてたからと言ってしてもいいわけないですから。はい、免許証見せて」
わたしは手が震える。交通違反切符を切られるのは初めてである。事故も起こしたことがない。花凛もわたしの腕の中で泣きじゃくる。
「貸してみ」
と、彼は花凛を抱き抱えた。結構重い方なのだが、いとも簡単に。
「よしよーし。たかいたかーい!」
「キャハハっ! キャハハっ!」
さっきまで泣きじゃくっていた娘が嘘のように笑っている。
「ママとお話終わったらコンビニでなんかお菓子でも買ってもらい、もう少し待っといてや」
「たぁー!」
お菓子という言葉に花凛はニコニコ。ちょっと、余計な出費……ただでさえお金払わなきゃいけないのに。
わたしはその間に財布から免許証を出し、免許証と引き換えに花凛を抱き上げた。
「あ、奥さん……岐阜の人?」
「はい……」
彼はニコッと笑った。
「へへっ、俺も岐阜」
「うそぉ!」
免許証の表は独身の時の住所、わたしの生まれ故郷の岐阜県の住所。裏には今の住所。来年が更新だからこういう表記なのだ。
「しかも隣の市」
「ああ。だから変な関西弁みたいな……」
「たまに出てしまうなぁ、てか変な関西弁はひどいやら……て、また方言でてしまった……」
笑顔がとてもかわいい。さっきの鋭い顔とは違う。方言も懐かしい。
「年齢は……あ、ちょっと俺よりおねえさん」
ニヤッと笑うのが嫌味ね。若いけど白バイ乗れているのもすごいじゃない。
「結婚して4年目です、ここに来て」
「まだ慣れんやろ、俺もここきて4年目。まぁそろそろ転勤かなー」
「大変ですね……」
「独り身ですから、遠くに飛ばされるかも」
……独り身……こんなかっこいい人が? ああ、かっこいい。この辺の警察署に勤めてるのかしら……。
「て、恋人を岐阜に残しててね」
バリーン……ハートブレイク! わたしの一瞬のほんの出来心、崩れたり。て、花凛も旦那もいるのに。
「またいつか岐阜に戻れたら、と思ってる……なんだかんだで故郷が好きなんです」
「珍しい、みんな都心に行っちゃうから」
「だよねー。アズミさんも都心に来ちゃったんじゃん」
急に下の名前で呼ばれるとどきっとする。免許証見せたからだよね。
「たまに帰るくらい。この子生まれる前は仕事してたし……」
結婚してこっちに来て仕事もこっちで見つけて働いて、子供ができてからなかなか岐阜に戻れなかった。同郷の人と久しぶりに会えてなんだか懐かしくなってきた。……家帰ったらお母さんに電話しようかな。花凛の声も聞かせてあげなきゃ。
「知らない街で俺一人、とは思ったけど同じ故郷の子も慣れない土地で育児一生懸命頑張ってるってわかったら頑張れるかな、まだぺーぺーだけど。」
「うん、わたしも頑張れるよ」
ふと彼を見ると笑顔からさっきのキリッとしたつり目に戻った。
「はい、じゃあこれからは絶対に何がなんでもルール厳守で。ご家族ご友人にも気をつけるように。事故が起きてからでは遅いです!」
「は、はい!」
すると再び微笑んで花凛の頭を撫でてくれた。
「じゃあね」
と白バイに乗り、彼は去っていった。……カッコよかったなぁ。
「だぁーっ!」
はっ、しまった……今にも泣き出しそうな花凛。わたしは慌ててコンビニに入った。
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