過去の事件8 着物美人
第一話
とある駐在所。
警察官になったばかりのシバは、一人の時間にとても美しい着物美人の訪問にとても驚き、話に聞き入っていた。
「……わたしは昔から古いものが好きで。レトロ好き、というか」
シバはレトロとかなんとかはよくわからないが普段見かけないファッションだなぁと思いつつも。
「レトロいいですね」
「ですよね。わかってくれる人少ないけどね。それに関連してっていうか……この着物も毎日着てますよ」
「毎日?」
「はい、毎日着ているので慣れっこです。やっぱりこの年で着物なんて目立ちますよね?」
「なかなか若い子では普段から着物はいないよ」
着物美人はシバはそこそこそそられる、非現実的だから。でもどうやって脱がすのか。そこまで考えるのが彼らしい。
「友達からも言われます。おばあちゃんだって。酷くないですか?」
「んなことないよ。その友達、着物の良さをわかってないよ。で、本題は?」
そろそろ話をと切り返すシバ。
「あ、すいません。話はそれじゃなくて……すいません。つい話逸れてしまって。もう何度か他のところでお話ししてるんですけど……他のところで話しても相手にしてもらえなくて。この話も何度目か」
シバはそれはそれはと前のめりになる。
「私、ストーカーにつけまわされてるんです」
という衝撃的な始まりだった、と言いたいがその他の相談はいくつか受けている。しかしそれで警察が動くことはほんのわずかである。
「相手はわかってます。和服屋の店主のあの男……。そりゃこんな年の客なんて成人式のきものを選ぶ親子連れくらいしかいませんもんね」
「どこの店とか教えていただけますか?」
店の名刺を渡された。ああ、近くの名前は知れているところだとわかった。
「ついふと寄ったそのお店で出会ったのですが、それがことの始まりでして、個人情報は全部握られていますよ。名前から住所に電話番号……生年月日まで……」
手が震えていた。シバはお茶を差し出す。ありがとうございます、と飲んでいた。相当喉が渇いていたのだろう。喉元を見るとゴクンと動く喉元がなんとなく女性ぽくないとはシバは感じる。
「私は客ですし、着物も小物も欲しいんですから、他のお店に比べてリーズナブルでとても親切で大変良心的なお店でした。着物の着方のコツ、お手入れの仕方、色々教わりましたの」
「まぁ大抵は高い着物を売るために親身になるパターンですね」
シバの母親もよく着物屋の前で買い物をしていたらそう親身になってくる店主がいたものだとみていたことがあった。
シバの母親はそっけなくハイハイと付き合っていた姿は子供ながら大変だなぁと思ってはいた。
「まぁそうですけどね。最初はそう思ってたけど本当に優しくて。心に漬け込んだところで私に何度か着物でデートしませんかって」
「ナンパ!」
「ええ。何度も何度も断りましたがいろんな手、こんな手で誘ってくるのです。気持ち悪くて、お店に行くのはやめました」
「やめたほうがええ」
「でもこの格好だと街中で目立つのか……はい、今度は私の住所を知ってるからいろんなものを送りつけてくるんですよ」
「ストーカーだな」
「ですよね。私がレトロ好きと言ったせいでどこで探してきたかわからないものを色々送りつけてくるんです。鞠、日本人形、キセル、和傘……」
「うわぁー」
他にも怖いストーカー話は聞いてはいたが初めて聞くようなパターンだ。
「ほんと怖くて怖くて。そんなの欲しいなんて思ってもいないのに。電話も何度もワン切り、ラインももちろんブロックしました。SNSも、ブロックしました。それする前に調べあげられて勝手にフォローされて、ええ、もう……怖い、怖い……」
ストーカーにあったというその女性、とにかく物騒でこんなにも恐怖に怯えて辛い思いをしているのになぜ警察は動かないのか。
取りあえず話を聞こう、そういう姿勢で聞いていたものの、それよりも綺麗なうなじに見惚れていた。
「お巡りさん、聞いてます? 話……」
「あ、は、はい! 聞いてます……それは、それは大変です……あの、あなたのお名前をお聞かせください、大丈夫です。記録用ですから。他所に漏れることはありませんから、はい」
「怖いわぁ。なんてね、もう何回も聞かれてこたえていますから、警察の方には。なのに何もしてくれない」
「すいません……」
「名前はオガワラ、マサル……」
「オガワラ、マサ……マサル!?」
ふふふ、と着物美人が笑う。喉を見て何かしら違和感を感じてはいたが……それ以外はどう見ても綺麗な女性ではないかとシバは目を丸くする。
「普段はね、姉の名前を書くようにしてるの。でもやっぱりこういうところでは本名、教えないとね」
……シバはハァとため息をつくしかなかった。
「そうそう、漢字はね、小川、原っぱの原、小川原、そして真の流れで真流」
冬月はその名前をノートに書く。念のため免許証を見せてもらい、確認して返す。他にも住所、電話番号を聞いた。
「とにかくお願いしますね、怖いの……お願い」
ギュッと冬月はペンを持つ右手を両手で握られたときの強さと見た目のギャップに驚いた。
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