退職、そして父になる

第22話

 シバは目が覚めるとまさ子の部屋でない。また病室である。

 身体を起こそうとしたが拘束されている。訳がわからないシバ。


 叫ぼうとしても猿轡みたいなのをしている。


「あうううううううーっ!!!!」

 ガシャンガシャンと鎖の音がする。


「あああああああーっ!!!」

 シバは叫び続けると医師と看護師がやってきて足が力強くシバの左腕を握って注射を打った。次第に力が抜けていく。そして再び眠りにつくのだ。







 そしてまた目が覚めるとベッドの横には父の姿があった。

「起きたか、シバ」

「……ああ、起きた。何だったんだ。全部夢か」

「違う、現実だ。その手首を見ろ」

 シバは今は拘束されていなくて両手首は赤くあざが残っている。


「……よくここまで頑張ったな。もう無理するな。お前まで死なれては僕たちはもう……」

 父が言うのは兄の太郎の死のことであろう。里親として仕事をセーブしつつ二人を育て上げてくれた。しかしシバと兄は予想以上の心の傷を受けていた。


「大丈夫、おいらは死なねーよ」

「……そう言って死んだのは太郎だ」

「だったな。でも俺は……」

 父は首を横に振る。


「もうわかってるな、シバは」

 シバは少し黙って頷いた。


「俺の体もよく耐えたな。ほんと」

「そうだな」

 シバはカバンを探す。

「……婚姻届、母さんがまさ子ちゃんのところに持って行った。今日中に提出予定だ。めでたく君たちは夫婦になる、おめでとう」

「……」

 シバは頷いた。そして笑顔になった。

「おう、ありがとう!」

 父は手を覆って泣いた。次の日シバは退院、その足で近くのモールに行き、警察に向かう。何人かとすれ違い、彼の退院を祝福する。


 中には彼との関係を持った女性たちもいる。その中の一人、交通課の滝田わかなと目があった。

「よう、わかなちん」

「あ、シバさん……退院おめでとうございます」

 わかなは少し目が泳いでいる。きっとあの快気祝いを送ったということもあってのことだろうか。


「ありがとう。これ、快気祝いのお返し。ゴルチェのお菓子の詰め合わせ。みんなに渡してくれよ」

 とどっさりと袋いっぱいのお菓子をわかなに渡す。わかなは慌てて両手で受け取る。

 渡すとシバはスタスタと去っていく。いつもならわかなと空き部屋で愛を交わすのだが。


「待って、シバさん」

「……なんだ、お菓子足りなかった? 一応人数分買ったんだけどな」

「ち、違います……もう行ってしまうのですね」

 わかなは内股をモゾモゾさせている。シバはその様子を見て口の端で笑う。


「わかなちゃんも結婚するのか?」 

「えっ……、なんでっ」

「やっぱりね。ここ最近僕のガールズたちが次々と結婚してしまってね。あ、僕も結婚する、いや……もう今日には結婚が受理される」

「それは、おめでとうございます」

 わかなは頭を下げる。足元にはお菓子がたくさん落ち、シバも一緒に拾う。


「……お互いに幸せになろうな」

「うん……でも、今から少しだけでも」

 わかなはウルウルとした目でシバを見上げる。だがシバは首を横に振る。


「ごめんな、めっちゃやりたいけど急いでてな。それにお前はもう結婚するんだろ?」

「でも」

「もう、初めて会ったときはそんなに好きじゃなかったのに、君から誘ってくるようになってさ、本当ありがとうな。今まで」

「今まで?」

 わかなは首を横に傾げる。

「警察やめる」

「えっ! わたしでさえも寿退社しないのに」

「あ、辞めないのか」

「そうよ、最近の女子たちは寿退社しないのよ。最近ではあの鉄仮面、帆奈先輩だけですよ。寿退社。妊娠した子でも産休に育休を駆使して働いてるんです」

「へぇ……」

 シバは目を丸くした。時代は変わったものだと。


「てーっきりあの帆奈先輩のことだから続けるかと思ったのに。シバさんとバディ辞めてから守りに入った感じ?」

 わかなはいきなりシバに対してちくっとするような嫌味を投げてきた。帆奈とシバがバディ以上の関係だということはもう知られている。シバはさぁ? としらばっくれる。


「なぁ、あのさ。えぬてぃーあーるってなんだ?」

 気まずい空気をかわすためにシバがそうわかなに質問したが、尚更悪い雰囲気に。


「……ご存じではないのですね。ネトラレっという意味です」

「ネトラレ? 寝取られ……で、えぬてぃーあーる?? ああー」

 わかなの恋人、婚約者の顔がシバは思い浮かんだ。人事部の神岡である。神岡と付き合ってるのを承知でシバはわかなと関係を持ったのである。


「おい! 冬月!」

 と、噂? をしているところに神岡がやってきた。そしてわかなを自分の後ろにやる。


「神岡パイセン、お疲れ様っす。あ、快気祝いをありがとうございます。こっちはそのNT Rの皆さんで食べてください」

「は? てか……退院おめでとな、もう使ったか?」

「いえいえ、まだまだ。間に合ってますので。神岡さんにもお裾分けしたいです」

 神岡は顔を歪めた。シバにとって神岡は先輩である。その恋人であるわかなを寝取ったのだ。


「にゃろ、調子に乗るんじゃねぇぞ。プライベートはさておき、お前の単独行動で大変なことになったの自覚しろ」

「へいへい。あ、ちょうどよかった。人事部の神岡パイセンちょうど良かったすわ。そちらの部署に行く手間が省けました」

「は?」


 神岡の前にシバは突き出したのは退職届であった。

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