第66話 女神の間での会談。
「さて、そろそろ時間だね。行こうか」
「ええ」
ドクン!
執務室を出て、会談場所へ向かう。
普段キースが誰かと会談を行う時は、謁見の間か会見の間だという。
しかし、今回はそのどちらでも無く、“女神の間”と呼ばれる部屋での会談らしい。
「女神の間には、ディスティリーニア様の像が祀られているんだ。大きくはないがね」
教会とか祈りの場では無いという。
女神様に誓うという意味を込めて、その部屋、その像の前で国内外の重要な取り決めの締結や調印を行うのだそうだ。
「今回、彼にする話はディスティリーニア様に誓って事実だという事を彼に解って欲しいからね。そろそろ着くよ?」
「はい」
女神の間の前で警備に就いている騎士が、中へ告げる。
「大公閣下がお見えです」
ドクン!
あの中にアムートがいる!
キースが部屋の中に入る。
俺が入り口に差し掛かると、1人の男が片膝をついて最大限の礼をキースに向けている。
俺はその男に釘づけになって、入り口のところで足が止まった。
「遠方での職務中にわざわざ呼び出して済まないな」
「とんでもございません。閣下の命ならば、何処なりとも馳せ参じます」
部屋の中には円卓が設けられ、椅子が3脚、部屋の最奥に祀られているディスティリーニア像に背を向けないように配置されている。
キースがアムートに礼を解くよう促し、アムートが立ち上がる。
「ところで閣下、お部屋をお間違いではありませんか?」
「いや、いいんだよ」
キースとアムートが何やらやり取りをしているが、俺は部屋の入り口から動けない。
アムートの姿を見て以来、涙が溢れて視界が無い。
涙が止めどなく溢れてくるのだ。
こんな事もあろうかと、ハンカチを用意していたので、涙を拭い、止まるのを待つ。
「なりません! 臣下が閣下と対等な席に着くなど許されません」
「よいのだ。それに、2人ではないのだよ」
キースが俺を手招きしている。
俺もようやく涙が止まったので、部屋に足を踏み入れる。
「閣下、こちらの御客人は?」
「まあ座ろうか」
俺は、最奥のディスティリーニア像と向かい合う位置、キースとアムートが向かい合って座る。
アムートは、その席に困惑しながら、キースに促される形で席に座った。
メイドが恭しく紅茶を運んできた。
「ありがとう。用事があれば、扉番の騎士に言うから、君は下がっていいよ」
キースが人払いをして、扉を閉じさせたので、この部屋は3人だけの空間になった。
「さて、こちらの青年はユウト・ババ殿だ。エンデランス王国からの帰路、大量のモンスターからの襲撃を受けた際に助けて頂いたのだ。」
「なんと! そのような事がおありでしたか」
アムートの問いに、キースが頷いたようだ。
俺はアムートの顔を直視できないでいる。この期に及んで緊張がぶり返してきたようだ。
「ユウト殿。彼はアムナート・ビンス・フォン・クラウゼン。クラウゼン伯アムナートだ」
ドクン!
横文字が多いが、クラウゼンという地を治めるビンス伯爵家の当主アムナートという事だな。
「ユウト殿、閣下の危機に際し助力頂いた事、私からも厚く御礼申し上げます」
アムートは、立ち上がって胸に手を当て、俺に頭を下げてきた。
「とんでもありません。おかげで良い縁に恵まれました」
俺も立たないわけにはいかないので、立って返答した。
ようやくアムートの顔を見られるようになった。
俺の中のバハムートよりも倍近く上の年齢に年齢になっているアムートだが、バハムートの面影がある。
金の短髪でバハムートよりも濃いめの青い瞳、口髭、頬髭、顎髭が蓄えられているが、刈り揃えられていて不潔感は一切ない。
身長や体格はキースと似ていて締まった肉体をしているのが窺える。
再び椅子に座ると、キースが口を開く。
「まず、アムナートは前ビンス伯爵の一人息子で、なかなか子宝に恵まれなかった夫妻の一粒種だ。前伯爵同様、非常に優秀な男だ」
「お、恐れ多きお言葉です」
「生前のクラウゼン伯の君への評価は?」
「……父は、私の様な息子を持てて幸せ者だと、大公閣下に感謝してもしきれないと申しておりました」
「ふむ。彼とは縁が深かったからな……。さて、話は変わるが――」
キースがアムートには分らないように、俺をチラッと見た。
「アムートは、エンデランス王国の元王太子、バハムート・ファースター・エンデランスを知っているか?」
直球の質問だな。
「はい。閣下が若かりし頃にお仕えしていた人物であり、魔人族の王によるユロレンシア大陸侵攻に対する連合軍を取りまとめ、相討ちの末に魔王を討ち果たした英雄です」
「なぜ相討ちになったかの詳細は?」
「はい。現在のエンデランス国王フリスの策謀によるものと聞き及んでおります」
「うむ。我が国にも当時を知る者が多い故に、知れ渡っておるな」
キースはここで1つ息を吐いて、身を乗り出す。
「彼に妻子がいた事は?」
「いえ。王太子妃がいらっしゃった事は容易に想像できますが、御子までは。――まさか、ユウト殿が?」
俺? 見た目24だぞ?
「――いや、失礼致しました。年齢からして突飛な発言でした」
「そう、年齢だ。バハムート様の御子は今……、救出された時期から計算して、42、3歳だ」
「救出でありますか……」
「そう。バハムート様を慕う騎士達が、文字通り命を掛けて王城から脱出させて、ここ、当時のマッカラン公爵領にお連れしたのだ」
「そのような事があったとは……」
「御子の御命を守るために秘匿したのだ。御名前はアムート様だ」
「なっ!」
アムートが、テーブルに両手をついて立ち上がりかけた。そこにキースが畳み掛ける。
「お前が幼少時に伯爵夫妻から付けられた字名は?」
「ア、アムートであります……」
アムートの目は泳いで、理解不能な状態に陥っているのは一目瞭然だった。
「そう! アムート様という御名前を無くさぬために、伯爵に頼んだのだ。親子の間だけの呼び名としてでも残してくれと!」
「ま、まさか! そのような事……、あるはずが……」
「ここはどこだ?」
「女神の間です。――っ!!」
「そう。ディスティリーニア様に誓って、真実なのだ」
そう言うとキースは、椅子から立ち上がり、アムートの前に歩みを進めた。
「貴方様の御命をお守りするためとはいえ、今まで隠し続けて申し訳ありませんでした」
キースは、アムートに対して、胸に手を当てて、深く頭を下げた。
「か、閣下! お止め下さい!」
……俺、空気だよね。
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