第4話 嵐の前の……。

「ただいま~っと」


 ガラガラと引き戸の玄関扉を開けて、ミケを招き入れる。


「ほうほう、ここがユウトの根城か。……きれいにしておるのぉ」



 リビングに案内し、一応仏間にある神棚の場所も見せるが反応は薄いな。


「夕飯を作るからテレビでも見て待ってて」と、リモコンの使い方を教えると案外飲み込みが早い。

「ココをこう、ココをこう、こう、こう」と早速ザッピングしている。



 着替えや手洗いなどを済ませて、簡単だが料理をしていると、ミケのオー! だの、ギャー! だの、イケーッ! とテレビへのリアクションが聞こえてくる。


「何見てるんだ? この時間だとほとんどニュース番組だろ? ……ああ、相撲か」



 夕飯を揃え、ミケのもとに行く。


「我も昔はあの神社で子供らの相撲を見てたが、こ奴らでかいし太いのう。見物人も多いのじゃ」


 しきりに感心している。

 まぁ子供や町・村の相撲と比べたらそうだろうな。


「それはそうと、メシにしよう。簡単で悪いが、今日は豚の生姜焼きだ」

「う~ん、いい匂いじゃ。いただこうかの。……うま~い!」


 夕食を終え一息ついて、まったりとお笑い番組を見ていると、ミケがうつらうつらと眠そうだ。


「よしミケ、風呂に入ろうか。狐の姿に戻ってくれ、風呂の使い方も教えるよ」




「ふ~~~、気持ちいいのじゃが~眠い~」


 もう眠気の方が強そうだったので、ミケも俺も軽く体を洗ってカラスの行水程度に湯船に浸かってから出た。

 眠りに落ちてしまったミケの身体を拭いていると、改めて、ミケの毛色の美しさがわかる。

 その長い毛は、シルクのような柔らかさでいつまでも撫でていられる。



 起こそうとしても起きる気配は無い。


「仕方ない、一緒に寝るか」



 ベッドの枕元に寝かせてタオルをかけてやると、くるりと丸まって寝姿勢になる。

 布団をかぶり目を閉じると耳元で「スー、スー」とミケの寝息が聞こえてくる。


「……そうか、今日から一人じゃないんだな」




 

 神社に通いだして1週間。


「だいぶ使える魔法が増えたな」


 この1週間は、石壁を作ってそこに各種攻撃魔法を当てたり、もとから持っていた木刀や鉈に各属性を付与して攻撃をする練習をしている。


「やっぱり、《マテリアルアップ》で強化をかけてても燃えちゃったな……、木刀は」


ミケは社殿の階段に座り、両手で頬づえをつきながら楽しそうに俺の方を見ていた。


「ミケ、お待たせ。暇だったろ」と目をやる。

「いや、そうでもないぞ。色々な魔法を見られて面白いぞ。やはりユウトはすごいな」


「――だが、ユウトは雷はうたんのか?」

「かみなり? ……雷は入ってないな」とスマホを見る。……やっぱり無いな。


「どれ、我が特別に見せてやろう」

「えっ!? 見せるって。雷をうてるのか? ミケは」

「まあ見ておれ。お主の作った壁に当ててやる」と言うとミケの目つきが真剣なものになった。



 ミケを中心につむじ風のような渦が巻き、パチパチと静電気の走るような音がし始める。

 そのパチパチがバチバチ、バチンバチンに変わり、放電の光も目に見えて大きくなる。


「いくぞ、見ておれ!」


 言った刹那、バシーーーーーン! と石壁に雷が打ちつけ、こなごなに砕け散った。

 砕け散った壁の石くれがパラパラと降ってくる。


「おいおいおい! なんて威力なんだ!」


 俺の魔法で表面はボロボロだったとはいえ、熟練度が上がって、壁もかなり厚みがあったんだぞ……。


「まぁ、こんなもんじゃろ。どうじゃ、驚いたか? ユウト?」

「ああ、こんな凄いことができるなんて知らなかったよ。初めて会った時の俺の魔法より全然凄いじゃないか。なんであんなのにビビってたんだ?」

「び、ビビってなんぞおらなんだぞ! ま、まぁ初めて見る術じゃったからの……」


「――それより!」と気を取り直すかのようにミケが続ける。

「我は大きくもなれるぞ! えーっと……! では、あの社殿ほどになってやろう」


 ミケは白狐の姿に戻って、猫が威嚇する時のように背を丸めると、ズ、ズズッと大きくなり本当に社殿と同じくらいの大きさにまでなった。かわいらしいミケとは思えないほど精悍な白狐だ。


「どうじゃ、ユウト」と言うと、ぐっと力を溜め、はるか頭上へとジャンプした。


 ドッシーンと着地の音と振動が伝わってくる。


「本当にすごいぞミケ。惚れ惚れするよ」

「じゃろ~」と言うと、普段のサイズの巫女姿になり得意げに


「この姿でも大きくなれるぞ? やるか?」

「いらん。勘弁してくれ」



******カストポルクス



 魔大陸とは海を挟んで東側にあるユロレンシア大陸。

 その魔大陸側 -西端- には大小さまざまな岩山が切り立っている。


 その中でもひときわ大きな岩山の前。

 魔王メルガンとその直属の親衛隊のうちの1,000。

 <力>のガンダーが率いる第1軍団の侵攻部隊10,000。

 <魔法>のメルティナが率いる第2軍団魔法部隊2,000。

 そして、ヒト族の奴隷2,000と魔王軍第3席<謀略>のテミティズが集結している。



「こちらでございます。魔王様」

「うむ。よくやったテミティズ」


「ではメルティナ、始めろ」

「はい、お姉さま」


 メルティナが指示を出すと、部下たちが大地に巨大な魔法陣を刻み、それに沿うように奴隷を立たせる。




「お姉さま、準備が整いました」


 メルガンは1つ頷くと、護衛の親衛隊に目配せをしてから号令をかける。


「これから“道”を作る! ガンダーッ! 進軍準備!!」

「おうっ!」


 ガンダーも第1軍団も気合十分で“道”の開通を待っている。

 2,000の魔法部隊が二重に魔法陣を囲み詠唱をはじめると、魔法陣がかすかに光を帯びる。

 それと同時に風が吹き始め、だんだんと強くなる。


 メルガンは詠唱を続けるメルティナの背中に手を当てると、自身の膨大な魔力をメルティナに注ぎ込んだ。

 魔法陣の光は激しくなり、風も大きなうねりとなり吹き荒ぶ。


「……闇により我が望みを果たさん……次元を渡らしめん門よ現れよ! 極大禁忌魔法!《ゲート・オブ・ディメンショナルトランジション》」


 魔法陣が最後の閃光を放つと、その上にいた奴隷たちは一気に燃え上がり、断末魔の叫びと共に灰と化した。



 残された空間には黒く、巨大な扉が現れた。


 扉がひとりでにギィーーと、鈍く重そうな音を立てて開く。

 中は見えず漆黒の幕が張ってあるかのようにゆらゆらと揺らめいている。


「ガンダー! 奴を仕留めるまで帰還は許さぬ! 行けー!」

「ウォーー!!」


 メルガンの号令で、第1軍団10,000が歩みを進める。先頭の雑兵どもはすでに闇に飛び込んでいた。



 扉の周りには魔力を使い果たした第2軍2,000が倒れている。

 第1軍団が闇に吸い込まれたのを確認し、テミティズがゆっくりと扉を閉じた……。

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