第16話 父の激怒
You Tubeの勢いは1ヶ月もすると落ち着いた。
ショウが『どこからかスカウトが来るかもね』なんて言ってたけど、そんな話が来ることもなかった。
現実はそんな甘いものじゃないみたいだ。
ただ、ライブイベントに声を掛けて貰えるようになったりと言う変化は起きているらしい。
私やショウの受験を考えて、ライブはセーブすると崇は宣言してくれていた。
ただYou Tubeのアップだけは続けると言い、スタジオで録画したカバー曲やオリジナル曲を積極的に投稿していた。
大学を受けると決めた以上、ちゃんと勉強しなければとバンド練習以外は全て勉強時間にあてた。
夏休みに入るタイミングで両親は予備校をすすめてくれたけれど、私は通信塾の受講を選んだ。
朝、図書館へ向かい開館から閉館まで勉強、夕方から、スタジオで2時間ほど練習して帰宅し、また勉強。
それが夏休み中のサイクルだった。
ホダカさんが練習の合間に勉強を教えてくれたり、ショウと肩を並べて勉強することもあった。ショウには英語を習っていたから薄々気づいてはいたものの、めちゃくちゃ賢くて私には有り難い存在だった。
切磋琢磨と言いたいところだけど、ショウのレベルが高過ぎて私が引っ張って貰っている感じ。
模試結果も上がってきていて、それは目に見えた成果だった。
勉強もバンド活動も一生懸命やって、目標を持って自分なりにやっていた。
そんな矢先のことだった。
夏休みも後数日となったある日の夜、いつものように帰宅すると、母が心配そうに玄関で私を出迎えた。
「ただいま」
時刻は21時前。
これから夕食をしお風呂に入ってまた勉強のはずだった。
「美空、お父さんが話があるって」
母は私にそう言って、父が居間で私を待っていると教えてくれた。
何の話か見当もつかず、手洗いうがいを済ませて居間に顔を出した。
父がソファに背中を付けずに腕を組んで座っていた。
これは、いい話ではないと予想した。
父の前にある小さなテーブルには珍しくノートパソコンが開いていた。
私は父の側に寄る。
「…ただいま」
そう声を掛けみたけれど、父はそれに返さずに母をチラッと見て何かを指図したようだった。
母が私の横を抜けて、パソコンの前に座り少し作業をすると、聞き覚えのある曲が耳に入ってきた。
ピクシーの曲。
画面には札幌のライブイベントに参加した時に録画した映像が映し出されていた。
「これは、お前だな?」
父は私を見上げて問い掛ける。
母は伏し目がちだった。
いつか話さなきゃいけないと思っていた。
だけど、きっといい顔はされないと思って言えていなかった。
父がネットで見つけることはないと高を括っていた。
両親ともにガラケーで、You Tubeなんて見ないと思っていたからだ。
「美空、答えなさい!!」
父の大きな声に、すぐに頷いた。
「お前は一体何をしてるんだ!こんな肌を出した服を着て、化粧して、派手な髪型をしてっ!」
より大きな声で父が言った。
「…仲間と、バンドを組んでる」
私は正直に答える。
「ピクシーって言うバンドでね、同じ高校だった先輩が誘ってくれて」
「受験生が何をしてるんだっ!?」
父は私の話を遮り声を上げる。
「お前は、あれか、ずっと勉強してなかったのもこれが原因か!?」
「違う!特にやりたいことも目標もないのに大学なんてお金のかかるとこに行っていいのかなって悩んだ時期は確かにあったけど…今はちゃんと勉強しようって思ってる!」
思わず私も声を上げる。
「こんな遊び呆けて大学なんて合格するわけ無いだろ!」
「今はライブはセーブしてる!」
「じゃぁ、今日お前一日何してた?」
「…図書館で勉強してその後練習に行ってた」
「仲間と楽器遊びか?」
父の意地悪な問い掛けに、私は嫌悪感を顔に出したと思う。
「そんなことしてる暇はないはずだ。やめろ」
「やめない」
即答した私を父は眉間にシワを寄せて見た。
「やめろと言ってるんだ」
「やめない」
「美空!!」
「やめないっ!」
その瞬間、父は立ち上がり私の左頬を打った。
母の小さな悲鳴。
痛さと驚きで少しよろけて、自分の右手で左頬を抑えた私は、父を睨みつけた。
「お父さん!手はあげないでっ」
母が立ち上がり、私と父の間に入った。
「こんな派手な格好で男と屯して全世界に流して、お前はバカなのか!?いいか、すぐやめろっ!」
父は私にそう怒鳴って居間を出て、玄関から外へ出て行った。
あの時、父がなぜあそこまで私を叱り手まで出したのか…
『今止めないと大変なことになる』親の勘がそう働いたと父が言っていたと母から聞くのは、これから何年も後のこと。
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