アロマンティスト×ギャル 8
そして龍成は、カラオケで三野宮の熱唱を聴いていた。
……なんで?
歌い終わる。モニターに点数が表示される。86.3点。先ほど茜が出した83.8点を上回る。
「ッシ!」
「チッ! やるわね……。だけどそろそろ私もあったまって来たわ」
「おうおう言ってろ言ってろ。これでウチより下だったら分かってるよなぁ?」
茜が熱唱。歌い終わる。モニターに表示された点数は90.2点。ついに出てきた90点台。
「どうだぁー!!!」
「っクッ、やるじゃない……! こうなったらウチも本気を出すしかなさそうね」
ちなみに龍成は一度たりとも歌っていない。マイクどころか入力端末が回ってくることも無い。チビチビとウーロン茶を飲むだけだ。
「……ところで、なんでカラオケ?」
二人の歌が止んだ間に、その疑問を差し込んだ。
「何、もっと暴力的な解決方法でも取ると思った?」
「やーよンなことしたって周りが無駄に騒ぐだけじゃん。まぁウチはそれでも負ける気無いけど」
「お? なら今からでもそっちにするか? お?」
「なぁに? こっちに自信が無いからって暴力で解決しようっての? これだから野蛮人は。ジャーマネの力仕事の量舐めんなよ? ボッコボコにしてやっからよ」
「二人とも止めなよ。そんなことしたら学校中に恨まれるよ。ここのカラオケ、ウチの生徒出禁にされちゃうよ」
「チッ」
「フン」
まぁ、平和的に解決できるのなら、龍成はそれでいいのだ。
ところで、
「僕、もう帰っていいかなぁ? 夕飯の準備したいんだけど」
「は? 何言ってんの」
「ウケる。審判が真っ先にフィールドから消えれるワケないじゃん」
やっぱり駄目かー。夕飯どうしようかなぁ。あ、ウーロン茶もうないや。
「ドリンク頼むけど、二人はどうする?」
「アイスティー」「コーラ」
戦いは続く。お互いに少しずつではあるが最高得点を伸ばし、時おり更新を失敗し、そして
「どらっしゃぁーーー!!!」
茜がガッツポーズした。画面には、これまで見ることが無かった虹色のエフェクト。これまでと違い画面の右下ではなく中央に点数が表示されている。
100.0
三野宮が叩き出した最高得点、99.8を上回るパーフェクト。
直後、部屋に備え付けられていた受話器が鳴った。龍成が取り、
「あ、はい。あー、いえ、延長は無しでお願いします。これで帰りますんでー」
「ば、バカな……。
「ふふん♪ どーよリュウ、見直した?」
「あーうん。見直した見直した。さすがは北中のローレライ」
「も~、止めてよそんな昔の通り名~」
茜は照れながら、体をくねくねと揺らしている。それを見ながら三野宮は、フン、とつまらなそうに息を吐いた。
「……シャクだけれど、負けを認めるわ。あーもーとんっだ誤算。アンタがあのローレライだったなんて」
「アンタこそ、いい歌声だったわ。さすがは歌姫、噂にたがわぬ実力ね」
「え、何、嘘。アンタもしかしてウチが歌姫だって知ってて勝負受けたの? あーもー負け、人間的にもウチの負け。完全敗北です。で?」
「で?」
三野宮が龍成を見る。茜が龍成を見る。そんな目で見られても、
「……で?」
「いやでじゃないし」「なんか用あったんじゃないの?」
「あ」
忘れていた。そもそも、三野宮に噂経由で
「ん? 何、リュウ」
よりにもよって茜本人がいる前で、この話をするのはどうなんだろうと龍成は思う。
それに今はもう一つ、新たな問題が発生しているのだ。
「その前にだけど、晩御飯、どうする?」
●
「え、何。アンタたち同棲でもしてんの?」
場所は移りファーストフードの四人掛けの席。茜の分も含めて夕飯は龍成が作っているという話を聞いての、三野宮の言葉だった。
「いや、単に家が近いってだけ。……にしても、まさか晩御飯にハンバーガーなんてなぁ」
「え、フツーじゃね? てかこれくらいオヤツだし。帰ったらママのご飯食べるし」
龍成は信じられない表情で三野宮のトレーを見る。ダブルチーズバーガーにテリヤキに新商品のメガトンなんとか。ポテトはLサイズにファミリーパックのナゲット。ドリンクはLサイズがまさかの二つも乗っている。
「いやその感覚はおかしい。茜、今日は晩御飯作らないからね」
「えー? んー、まぁ仕方ないか」
ずぞぞぞとコーラを飲みながら茜が返事をした。本日三杯目のコーラ、しかもLサイズ。こちらはスパイシーチーズバーガーにSのポテトに一人分のナゲットと、三野宮のものと比べると随分と慎ましい。だがカラオケに引き続きコーラ3杯はいかがなものか。独学ではあるが日々栄養とカロリーを考えている龍成の脳内計算式が、猛烈な勢いで瓦解していく。
「それで、ウチに何の用?」
「あ、うん。三野宮さんって、サッカー部のマネージャーなんだよね?」
「え、なんで知ってんの? まさかマジでストーカー?」
「違うって。同じ学校なんだからそれくらい耳に入るでしょ」
「ん、まぁ、それもそっか」
「あ、そういや今日ってサッカー部出なくてよかったの?」
「昨日練習試合やったからね。今日は休み。ダイキュー。じゃなきゃわざわざ時間取ったりしないって」
「そっか。えーと」
ちらりと隣に座る茜を見る。当初の予定からは作戦変更。だけれども、カラオケの間、そしてファーストフード店に来るまでの間に、他に何かないかと考えたが、龍成の手札では、最初の予定同様に、茜を起点にする以外に話のとっかかりが見つからなかった。
「そのサッカー部なんだけどさ、キャプテンの」
「は? 何? なんで長谷場先輩がここで出てくるわけ?」
「いや、その、その長谷場先輩が茜に告白したって噂の件で」
三野宮の目が一気に据わった。加えて、
「噂も何も、私からリュウに報告したじゃん」
「あぁ?」
「ごめん茜、話がややこしくなるから少し静かにしてて」
「えー? 勝負に勝ったのは私なのにー」
「……で?」
机を指先で叩きながら、三野宮が話の先を促す。
龍成は思う。
そして龍成はこうも思う。嘘というのは、ある程度真実が混ざっている方が、嘘だと発覚しにくいのだと。
「あ、うん。出自は明かせないんだけど、1年サッカー部男子の中で、こんな噂があるらしいんだ。その長谷場先輩は、実は三野宮さんのことが好きなんじゃないか、って」
「は? え、なにそれ?」
三野宮の険が驚くほど綺麗に取れた。
「え、じゃあ何で私に告白したの?」
茜の突っ込み。
「うん、それも後で説明する。三野宮さんが好きだけれど、長谷場先輩はキャプテンで、三野宮さんはマネージャー。サッカーに真剣な長谷場先輩は、キャプテンって立場にいる限り、三野宮さんに告白することは無いんじゃないか。で、三野宮さんから告白されるのを防ぐために、茜に断られることを前提に、ダミーの告白をしたんじゃないか、っていう噂。繰り返すけど、出自は明かせないよ」
まさか、龍成が長谷場本人と接点があるとは三野宮は露ほども思うまい。となると自然、情報源は普段から接点がある方へと向かうはずだ。
そして三野宮は、
「は? え、嘘。マジ? え、え、え?」
かつて龍成に告白した時よりも顔を真っ赤にして、目をぐるぐると回し、混乱の極みのような状態で、だけれども、ものすごく照れた表情をしていた。
「噂だからね。言っとくけれど。それも1年男子サッカー部の、一部だけに流れてる噂」
「ちょ、な、なんでそれ、ウチに教えてくれたワケ?」
長谷場に後ろから刺されるのを防ぐためである。……などと、本当のことを言えるはずもない。
「……まぁ、幼馴染が他人の恋愛に勝手に利用されてるって聞いて、面白くなかったっていうか、意趣返しっていうか、そんな感じ」
「リュウ……」
隣、茜が感動したような目で見てくる。やめてくれ茜。そんな澄んだ瞳で僕を見ないで。
正面、三野宮が音を立てて立ち上がった。財布を取り出すと千円札を二枚机の上に叩きつけ、
「帰る!! マジあんがと足高! ここはウチのオゴリね!! そんじゃっ!」
鞄を掴んで出口へと向かう。店から出る直前に、
「あ、そうだ。足高~! 長谷場先輩の次くらいには愛してるよ~!!」
と、投げキッスをして消えていった。正直やらないで欲しかった。周囲にはまだ大勢の客がおり、その客全員に注目されているんじゃないだろうか。隣では、何故か茜が物凄く白けた目で龍成を見ている。
その三野宮がいた机の上、山ほどあった食品は、その全てが平らげられていた。
……え、いつの間に? 僕、まだハンバーガー半分しか食べてないのに?
「リュウ、これ、どうする?」
ぴらぴらと、茜が二枚の千円札を揺らしながら問う。
「……まぁ、機会を見て返しておくよ」
「うーん、あの手のは素直に受け取らないと思うよ」
「だよねぇ……」
どうしよっかなぁ、この二千円。
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