アロマンティスト×ギャル 6


 あれから三人で考えたのだが、結局、誰も妙案は浮かばなかった。



 まぁなるようになるだろ。誰に告白されたかを内緒にしてる奴なんてごまんといるさ。それによく考えてみると、三野宮さんのみやと付き合ってる訳じゃないんだろ? これで付き合ってるってんなら問題だが、そうじゃないってんなら気にすることもないんじゃないか?



 というのは、志部谷しぶやからの実に微妙な助言だ。


 かえでと志部谷はまだ話すことがあるらしく、龍成は一人きりで宿泊施設を出た。この辺りは太陽があまり当たらないせいで、5月だというのに変に肌寒い。


 石造りの階段を上る。


 体育館と見まごう図書館の裏を歩く。


 何の警戒も無しに図書館の前を通る。


 色々とあったせいで、龍成はすっかり忘れていたのだ。図書館が、誰のホームグラウンドであるかということを。


「あれ、足高君?」


「おっひゃぁ!!?」


 だから急に弘原海わだつみに声を掛けられて、実に情けない声を上げてしまったのだ。


「わ、わ、わ、弘原海先輩?」


 図書館の出入口を見れば、開きかけの扉を押して、おかっぱ頭の小柄な少女が出てくるところだった。その前髪は長く、目元はまるですだれで隠れているようだ。


「本を借りに来たのかな? それとも、その……私に会いに来てくれたって、自惚れちゃっても、いいのかな……?」


 弘原海は顔を赤くし、龍成とは目を合わせずに言う。髪簾で隠れて分かりにくいが、その瞳は潤んでいる。


「いえ、その、すいません。先生に仕事を頼まれて、たまたま通りがかっただけです」


 龍成は、ある程度は正直に答えることにした。嘘というのは、真実が含まれている方がかえって判明しにくい。そんな言葉を思い出しながら。


「そ、そうなんだ。あはは……。私、恥ずかしいこと言っちゃったね。お手伝いは、もう終わったの?」


「あ、はい。今から帰るところで」


「じゃあ、その……一緒に帰っても、いい、かな……? いやじゃ、ない?」


「そりゃ全然構いませんけれど」


「えへへ、やった」


 龍成が答えを言い終えるより先に、弘原海は駆け足で龍成に近付いた。二人して帰路につく。


「……その、弘原海先輩」


「なぁに、足高君?」


「気まずくありませんか? 告白して、断られた相手と一緒にいるのって」


「そう思う人もいるかもしれないね」


「あ、やっぱり?」


「でもね、告白を断られたからって、それでその人を嫌いになるわけじゃあないから。一緒にいて嬉しいってのもあると思うよ」


「そういうものですか」


「けどそう考えると、足高君は逆なのかな?」


「え?」


「告白を断った女の子と、一緒にいるのは、気まずい?」


「……正直言うと、割と」


「ふふっ、でも一緒にいてくれるんだ。やさしいね」


「や、やめてください。なんか体が痒くなってきますから……」


 校門を出ると、道は左右に分かれている。バス通なら右、電車なら左だ。


「足高君は電車?」


「あ、はい。そうです」


「やった。じゃあもうちょっと一緒にいられるね。のぼり? くだり?」


「えーっと、下りですね」


「じゃあ駅でお別れかぁ。ちょっと残念」


 龍成は若干の緊張を覚えながら、駅までの道のりを弘原海と共に歩く。そんな中で、ふと思った。三野宮のことを、弘原海に相談してみてはどうだろうか、と。


 かたやギャル、かたや文学少女と大極の極みにあるような二人ではある。しかし、三野宮と弘原海の境遇は近いものがあるように龍成は思うのだ。どちらとも龍成に好意を向けており、加えてクラスが違うので、普段は全く交流がない。ひょっとしたら志部谷よりも頼りになるかも知れない。


「……弘原海先輩。ちょっと相談というか、どう思うか教えてほしいことがあるんですけど」


「じゃあ、どこかに寄る? 喫茶店とか」


「いえ、そこまでの内容じゃないです。実は、先輩に告白されるより前に、別の女子から告白されてたんですけど」


「あ、もしかしてその子と付き合ってるから私の告白を?」


「いえ、その女子からの告白も断りました」


「そ、そうなんだ。足高君って、私が思ってたよりも人気あるんだね。嬉しいんだけど、なんだか複雑な気分……。それで、その子がどうかした? ストーカーになったとか?」


「その思考の飛躍は想定外ですね……。そうではなくて、その子に少し用があるんですけれど、話しかけても大丈夫なものか、と悩んでまして」


「どんな人?」


「それは……あーっと、すいません。たぶんかなり絞れちゃうんで、ちょっとそれは言えないです」


「ふむ、なるほど……」


 弘原海はそう言うと、歩きながら、無言で考え始めた。自転車が来たので腕をつかんで車線から外す。繋がれた犬に吠えられえても無反応。5時を知らせる『遠き山に日は落ちて』の音楽。


 そうして駅が見えるまで来たところで、唐突に弘原海は歩みを止めた。



「―――復讐と恋愛においては、女は男よりも野蛮である」



「は?」


 気付くのに遅れて通り過ぎた龍成は、足を止めて振り返る。


「ニーチェの言葉。せっかく後輩が頼ってくれたんだからね。先輩らしくアドバイス、ううん、忠告の一つでもしようかなって。といっても、見当違いだったら恥ずかしいんだけど」


 すこし照れながら弘原海は言う。


「いえ、全然問題ありません。お願いします」


「では。足高君。こと恋愛において、女の子というのはマキャヴェリスト……目的のためならば手段を選ばない生き物になります」


「は、はぁ。なんか、急に話が壮大、じゃないですけど、怖いところに転がりましたね?」


「そう、そうなの。その通りなの、足高君」


 弘原海が歩き出す。けれども龍成の足は弘原海の後を追わず、今度は逆に、弘原海が後ろを振り返る。



「女の子って、とっても怖いんだよ?」



 弘原海が悪いわけでもないだろうに、なんだか申し訳なさそうな顔をしているなと龍成は思った。

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