アロマンティスト×ギャル 3
「まぁ、上崎さんは正直羨ましいくらいスレンダーですよね。あれ、ちょっと待ってください。上崎さんの家って、
「あ、うん、二人とも親の仕事が忙しいからさ。二人分、場合によっては六人分を作ることもあるけど、僕は茜と朝も晩も一緒に食べてるよ」
「……つまりこのお弁当は、足高さんが作ったものってことです?」
「うん、そうだね。茜以外の人に目の前で食べてもらうことってあまりないからさ、色々と食べて欲しくなって、つい。あれ、宮里さん? どうしかした?」
龍成が気付いた時には、かえでは顔を真っ赤にしていた。そして顔を背けられて、
「そ、そういうことは先に言ってください!!」
「照れるポイントが分からないんだけど」
「いいですから! ほら! 足高さんも、私が食べた分食べてください!」
かえでが自分の弁当を差し出してきたので、龍成はとりあえず、卵焼きと、ほうれん草の胡麻和えと、えのきの肉巻きを貰った。
「まったくもう、油断も隙も無いんですから……。それで、その上崎さんとは、あれから仲直り出来ました?」
「仲直りも何も、僕は喧嘩しているつもりはないんだけどなぁ……」
龍成は、昨日のことを思い出す。運悪くというべきか、龍成がかえでを押し倒したタイミングで、恋愛相談室へと突撃してきた茜との、その後のことを。
●
「恋愛……相談室?」
茜が、かえでが言った言葉を繰り返した。龍成は茜に蹴り飛ばされてから、未だに畳の床に転がったままだ。茜はそちらを見て、若干表情に照れを浮かばせ、
「えっと、リュウ。もしかして、私のため?」
「え? いや、全然。茜とは何の関係もないけど」
龍成がそう言った瞬間、茜の額に青筋が立ったのが、かえでと
茜がスリッパを脱ぎ捨て畳の上へと上がる。途中にいたかえでを避けて、のっしのっしと龍成の元へと向かう。そして、
「いつまで女の子のパンツ覗いてんだぁー!!!」
龍成の腹を、思いっきり蹴り上げた。
龍成のむせる声が宿直室を満たす。茜は荒くなった息を整え、今来た道を再び戻り、どれが自分が履いてきたスリッパか分からなかったので適当に選んで、
「帰るっ!!!」
音を立てて、勢いよく宿直室の扉を閉めた。反動で扉は綺麗に閉まらず隙間が残っており、しばらくすると遠くからの「リュウの馬鹿野郎~~~!!!」という声が、その隙間を通って宿直室の中まで届く。
志部谷はそれを聞きながら、ちゅぽんとロリポップキャンディーの棒を口から取り出した。飴は綺麗に残っていない。満足気に息を吐く。棒をぽいとゴミ箱に捨て、両手を一回パンッと叩き、
「よし、今日は解散!」
全然よくなかった。
●
「僕んちにいなかったから茜んちに行って、茜がいたからそのまま茜んちで晩御飯作って、昨日は茜、ご飯を2杯もお代わりして、」
「よく家に入れてもらえましたね」
「あ、うん。というか僕、鍵持ってるから。それで帰る時には玄関で見送りもされたし、今朝も朝ごはん作ってお弁当渡したし、あれから一言も口をきいてくれないんだけど、これって喧嘩かなぁ?」
「40年くらい連れ添って子供も全員独立した熟年夫婦がやりそうな夫婦喧嘩ですね……」
「やっぱり喧嘩なのかなぁ?」
「夫の方が喧嘩だと思ってないところもますますそれっぽいですね……。ケーキでも買って帰ったらどうです?」
「それで機嫌、直るかなぁ?」
「知りませんよ。私、上崎さんとは全然交流がないんですし。足高さんの方が分かるんじゃないですか?」
「いや、こんなこと僕も初めてだからさ。それに何で怒ってるのかも分かんないし」
「それは―――。私を押し倒してたからでしょうか? あ、あとパンツ見えてたんです?」
「宮里さんのは見えてないよ」
「……上咲さんのは?」
「あんな風に蹴られたら見えないわけがないでしょ。それにそんなことで怒るかな? 茜だって告白されるのはそろそろ百人くらいになるのに」
かえでがこれ見よがしに溜息をついた。
「成程、そういうことですか」
「何か分かったの!?」
「はい」
弁当を食べ終わったかえでは蓋をする。続けてパックの紅茶にストローを突き刺した。チューっと吸って、答えは一体何なんだと、かえでが紅茶を飲み終わるまで律義に待っていた龍成ににっこりと笑顔を向け、
「足高さんは女心が分かっていないということが、よーく分かりました」
その言葉を聞いて、龍成はがっくりと項垂れた。
龍成の様子をよそに、かえでは二人の間に挟まれた場所に置かれたままだったスマホを手に取った。表示されたのは、画面を消す前にも映していた8つのカメラ映像。フリップして表示グループを切り替える。カップルが何組か映っており、一つの例外もなくイチャついているが、度を過ぎたものは見つからない。今日は平和だ。
バナー通知。志部谷からのメッセージを受信。
「……足高さん。今日の放課後、お時間は大丈夫ですか?」
「え?」
かえでがスマホの画面を見せる。志部谷との個人メッセージ画面ではなく、龍成も無理矢理に加入させられた『恋愛相談室』のグループ画面。
「恋愛相談室、早速のお仕事です」
かれん<今日の放課後
かれん<3年生男子を1名ご案内
かれん<後から行くんで対応よろ~
今日は平和だ。まだ、いまのところは。
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