第13話 やっぱりワタシは4
探検部の店に向かうと、もうすでに長蛇の列が出来ていた。探検服を着た人たちが列を整理している。
「いつぞやに桂さんと並んだチョコレート屋さんの列よりはマシですかね」
「あの時は店側でレジ故障もあったから二時間だったっけな」
なんて話してたら突然、真綾が慌てて神楽小路の後ろに隠れる。
「おいおい。どうしたんだよ、真綾」
「あの看板持ってる男の人たち、新歓の時に声かけてきた人だよ……」
ワタシと駿河は真綾が小さく指さす方向を見る。法被を着て、呼び込みをしている男性二人がいた。
「あー、確かにあんな人たちだったような……」
「向こうは酔ってて覚えてないでしょうね」
「シンカンとはなんだ……?」
神楽小路は頭をかしげる。
「四月に行われた新入生歓迎会のことですよ」
「なるほど」
「あの日ね、わたしが酔っ払った先輩に絡まれてたのを二人が助けてくれたの」
「あれがきっかけだったよな、真綾と出会ったの」
「そうだね。それからずっと仲良くしてもらってて」
「あの酔っ払い先輩様様ではあるんだけどな」
きょとんとしている神楽小路に、
「もしなんかあったら、神楽小路、オマエが真綾守ってくれよ」
と言うと、ムッと眉間に皺を寄せた。
「オマエに言われなくとも」
「さっそく今日、君彦くん助けてくれたもんね」
「また変なのに絡まれたのか……」
「一緒に大学祭回りませんかって。断ってもしつこくて困ってた時に、君彦くんが来てくれて。『俺の恋人に何か用か』って」
「神楽小路、やるじゃん!」
「とてもかっこいいですよ」
髪をかき上げたあと、ふんっとそっぽを向いた。
並んでもうすぐ二十分過ぎようとしていたとき、
「列が長くなってきましたので、代表者の方だけ並んでもらえますかー?」
後ろを見るといつの間にか最後尾の看板を持った店員は遠く遠くにいた。
「友達も三十分は並んだって言ってたけど、ほんと、探検部のスモークチキンって有名なんだね……」
「そんじゃあ、並んで買う組とベンチで場所とって待っておく組の二組に分かれるか」
「そうするしかないですね」
「じゃあ、グーとパーで分けようぜ」
「ぐー? ぱー?」
混乱している神楽小路に真綾がやり方を説明した後、
「いくぞー? グーとパー!」
そうして、二手に分かれたわけだが、
「なぜ桂咲と二人で待たねばならんのだ」
「それはこっちのセリフだっての」
早速気まずい。ワタシと神楽小路は近くのベンチに腰掛けて、真綾と駿河がチキンを買って来るのを待っている。なんでよりにもよって、ワタシと神楽小路のペアなんだよ。神楽小路だって、真綾か駿河が良かったって顔してるし。こんなに大学内は賑やかなのにここだけ無音。なんか話さないと空気が重いな。そうだな……えーっと。
「そういやなんで人を呼ぶと時さ、フルネームで呼ぶんだ?」
「何をいまさら」
「こうして何度か話してるからようやく訊けるんだよ」
「簡単だ。俺の家には多くの人が出入りする。同じ苗字の者も多い。だからフルネームで呼ぶようにしている」
「ふーん」
「俺は大学に入り、真綾と話すまで他人とは話さなかった。覚えるのも兼ねてフルネームで呼んでいただけだ」
真綾も少し前までフルネームで呼ばれてたが、付き合ったのをきっかけに名前で呼ばれるようになって、喜んでいた。
「でもそろそろワタシや駿河も短く、名字だけでも良くない?」
「なぜそう思う」
「一緒に勉強して、同じ釜の飯食った友達だろ」
「それを判断するのは俺だ」
そう言って眉間に皺を寄せた後、
「まぁ……考えておく」
とぽつりと付け加えた。つれねぇやつだ。
「にしても、真綾と仲良くやってて安心したよ」
「なんだ突然」
「退屈しないように気ぃ使ってんだよ」
「俺がお前に気を使われてるとはな」
「ワタシも話すのはニガテな方なんだ。話題を絞りだそうとしてることに感謝してくれ」
「ほぉ……。真綾とはまだ付き合って一週間だ。不仲になるわけなかろう」
「それもそうだよな。今が一番楽しい時期ってやつか」
「日々楽しさも愛おしさも増す。お前ら二人もそうだろう」
「ん? うーん。まぁ毎日楽しいけど」
「ただ……」
目を伏せる。近くで神楽小路の顔を見たこと今までなかったけど、めちゃくちゃに長い睫毛だな……。
「ただ?」
「真綾が少しよそよそしいのが気にかかる」
「そうかぁ?」
「お前がいる時はそう変わらないが二人きりになるとどこか距離を取られている気がしている。俺が何かしてしまったのではないかと思う日もある」
「そんなこと思うなんてオマエも人間なんだな」
「ああ、人間だ」
「真綾がオマエを嫌う訳ねぇだろ。真綾はずっと待ってたんだぜ? オマエが振り向くのを」
そう言って、ワタシは腕を組む。
「さっき話した新歓だって、オマエが来るかもしれないって一人で参加してさ。オマエが休んでた期間も戻ってきたときに困らないようにってノートまとめたり、プリントもらったり」
真綾は優しい、お人好しすぎる。恋人や友達、好きだと思う人に尽くしすぎる。遅刻の多いワタシも真綾に何度も甘えてしまってるんだけど。そんなに尽くさなくても、真綾を嫌う要素などないのにな。もっと肩の力抜けって思うくらいだ。
「神楽小路に関して、真綾はすごく必死だった。話してもらえるようになって、その縁が切れないように繋ぎ留めたい、その一心だろ。むしろ距離を置くというより、それまで頑張りすぎたんだとワタシは感じるけどな」
「ふむ……」
「頼むからマジで軽い気持ちで真綾を離すなよ」
「お前に心配されなくとも、離すものか」
神楽小路は真綾と駿河が並んでいる列の方を見ている。ここからでは二人の姿を確認することはできないが、自然と視線が向くんだろう。
「そう考えると、桂咲、お前と駿河総一郎はそういう悩みもなく、仲睦まじいな」
「仲睦まじいなんて、そんな付き合ってる訳じゃねぇのに」
神楽小路の眉がぎゅっと真ん中に寄って眉間に皺を作る。
「お前たちは恋人同士ではないのか」
「へっ⁉」
驚きすぎてベンチから転げ落ちるかと思った。崩れた体勢を戻しながら、
「ワタシたちは別に……恋愛感情で付き合ってねぇよ……!」
「俺が勘違いしていたのか」
「あのなぁ、男女が一緒にいるからってカップルっていう訳じゃねぇんだよ」
「そうかもしれんが。駿河総一郎はお前のことをすぐ話題に出す」
「なんだかんだ一緒にいる時間が長いから」
「あんなに柔らかな表情で話すのは、恋人だからだと思っていた」
一気に心臓の鼓動が早くなる。
「なぁ、駿河はワタシのことなんて言ってるんだ?」
「言わん」
「はぁ~⁉」
「恋愛感情がないというのなら、直接あいつに訊いてみればいい」
「それは……」
口ごもっていると、
「君彦くん、咲ちゃんお待たせ!」
真綾と駿河がやってきた。神楽小路は立つと「座るといい」と真綾に席を譲る。
「仲良く待ってましたか」
「子どもじゃねぇんだから」
スモークチキンを受け取る。ほどよくあったかい。包装紙を破いた瞬間に、いぶされた香りがぶあっと上がって来る。頬張ると骨付きの鶏肉は柔らかく、うまみが凝縮されていて、噛むと一気にあふれ出した。
「おいしい!」
「さすがに家では簡単に真似できませんからね」
四人でワイワイ話しながら同じものを食べる。この大学に入らなかったら出会わなかったんだなぁと思うとほんと不思議だ。こうやって思い出が増えていくのがワタシはとても嬉しい。性格は少しずつみんな違うけれど、小説を書くのが好きで、本が好きで……好きなものの共通点がワタシたちを繋げてくれた。この縁を大事にしていきたいと思う。
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