02:素敵な恋人

夢の続き?


 あの夢のような出来事から、早2週間。私は、以前と変わらぬ日々を送っていた。


 謎の手紙がお仕事の詰まった封筒に紛れ込んでることもないし、ましてやお屋敷にレオンハルト様がいらっしゃることもなかった。


 いつもの私なら、「あれは夢だった。私も、殿方に憧れを持ってたなんて意外だなあ」と思って日常に戻ってる。



 でも、今回は違う。だって、私の手の中にはお借りした上着がすっぽり収まっていたから。現物があると、あれが夢じゃなかったってわかるでしょう?


 お屋敷へ定期的に来るドレスクリーニングの業者さんに先週お渡しして、今日綺麗になって返ってきたの。詮索されなくて良かったわ。これが手元に戻るまではハラハラドキドキだったもの。



「今日のお仕事は終わったし、他にやることもない。今週分の食事代を持って、上着も持って……こんなもんかしら?」



 今日、あの病院へ行くため、昨日から徹夜でお仕事を終わらせたの。だから、午後からはフリー! お父様もお母様も、ここでお仕事をしていれば何も言わないから出掛けても大丈夫なはず。



 でも、お出かけって私にとってハードルが高いのよね。


 1年前まで着ていた綺麗なお洋服は全て本邸にあるし、アクセサリーの類なんてもってのほか。唯一着飾れるのは、いつも持っているこのショルダーバッグだけ。


 たまにネックレスが欲しくなるけど、古びたスカートじゃ似合わないもんね。もうしばらくドレスなんて着てないし、不満はないわ。



「よし! パッと行ってパッと帰る!」



 それが、私の信条よ!


 前回は失敗ばかりだったけど……。今回は、美しい去り際で自室に舞い戻ってみせるわっ!




***




 ……とは言ったものの。



「こんにちは、ステラ嬢。偶然ですね」



 どうして、病院の入り口にレオンハルト様が居るの!? しかも、なんか嬉しそうな顔してるけど……。


 まさか、私の後ろに居るステラさんに話しかけてるとか……いえ、誰も居ないわ。ということは、私に話しかけてるってことで良い?



「こ、こんにちは……。先日は、ありがとうございました。あの、えっと、ご迷惑を」


「あれから、倒れてませんか? 今日も、少しお顔色が良くない気がしますが」


「はい、おかげさまで……」



 良かったみたい。私が声を出すと、それに合わせてレオンハルト様が返事をしてくれる。


 前はいっぱいいっぱいで顔を見てなかったけど、とても整ってるわ。やっぱり、私に交際の申し込みとかありえない。先ほどからものすごい視線を感じるけど、きっとみんなも「猫に小判」って思ってるんでしょうね。自覚してるから大丈夫よ。



 というか、このことをお父様お母様に知られたら、怒られてしまいそう。ここは穏便に、穏便に。



「ルワールの診察を受けに来たのでしょうか? ご一緒しても?」


「あ、えっと……。先日お借りした上着をクリーニングに出しまして。今日返ってきたので、お返しにきました。あと、前回足りなかった診察分を……」


「そうでしたか。ルワールは、こちらですよ」



 穏便に済ませようと思ったのに、私は彼が差し出した手を取ってしまった。嫌だわ、私ったら。ここで手を引いたらどうなる? こういうのって、どうするのが正解なの?



 少々パニックになりつつも、レオンハルト様の顔を見ると……とても嬉しそうな表情をしてるわ。それに、手から伝わる体温が心地良い。


 嫌な気はしないけど……でも、私なんか。



「私が、ステラ嬢と手を繋ぎたいのです。嫌ならいつでも離しますから」


「え……?」


「わがままを押し付けてないのか、心配になりまして。私ばかり舞い上がってしまって」


「い、いえ、その……とても心地良い体温ですね」


「ふふ、それなら良かったです」



 それにしても、レオンハルト様はお優しいわね。こんな私にお時間を割いてくれるなんて。


 ……彼に会えるなら、黒いドレスなんて着てくるべきじゃなかったかも。あまり目立たないようにと思ったけど、今考えれば黒なんて失礼だわ。



 こうなったら、用事を済ませて早く帰りましょう。


 私のために使う時間がもったない。というか、申し訳なさすぎる。



「着きましたよ。……ルワール、ステラ嬢が上着を返却しに来ました。開けても良いですか?」


「ういー、どうぞー」



 真っ直ぐ続く廊下の1番端っこにあるドア前で止まったレオンハルト様は、コンコンと軽快な音を立てて扉を叩く。すると、すぐに奥の方から返事がきた。



 私は、レオンハルト様と一緒に部屋へと入っていく。



「おー、ステラちゃん。お久しぶり」


「何時ぞやは、ご迷惑をおかけしました。こちら、上着と前回足りなかった診察代になります。遅くなってすみません」



 部屋は、以前来た時となんの変化もなかった。変化があるとすれば、ベッド脇に飾られている花瓶の花が変わってることくらい。前回はグラジオラスだったけど、今回はアネモネかしら? 可愛いわ。



 カバンから出した上着とお金をルワール様へ渡すと、なぜかお金だけ返却された。


 びっくりしてルワール様の顔を見たけど……どうして、笑ってるのかしら?



「上着だけで良いよ。それより、レーヴェが悲しそう」


「……え?」


「手を離したからじゃない? お手手繋いで入ってくるとは、随分仲良しになったねえ」



 お金の入った封筒を持ちながら、私は振り返ってレオンハルト様を見た。すると、気のせいかもしれないけど頬が赤くなってる? いつも合うはずの視線も合わないわ。



 もしかして、手を離すのって礼儀がなってなかった? 失礼だったとか……?



「あ、ごめんなさい。手を離してしまって、その……」


「いえ、謝ることじゃないです。こちらこそ、ごめんなさい」


「私、礼儀作法のお勉強を途中までしかしてないのです。何か、不快にされることがあれば遠慮なくおっしゃってください」


「……え? 失礼ですが、ご年齢は」


「先月、16になりました」



 私が話しかけると、やっとレオンハルト様と目が合った。でも、その表情は暗い。



 そうよね。


 普通なら、15歳あたりまでで社交界で使うマナーは一通り勉強するもの。ソフィーの異術発覚後に別棟へ行ったから、中途半端な礼儀作法しか受けてないのよ。


 数式や文字の勉強は本を読めばできるけど、礼儀作法は人伝に聞かないと情報がない。



「ステラ嬢。今から3時間、私に貴女のお時間をいただけませんか?」


「……へ?」



 礼儀作法がなってない人なんか、お断りって言われると思ったのに。


 レオンハルト様は、真剣な顔をして私に迫ってきた。その後ろでは、ルワール様がうんうんと頷いている。



 ……どういうこと?

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