第9話
翌日、目を覚ましたレイブンが、自分の左足がなくなったことを知った。
「何故死なせてくれなかった。殉職なら借金を返して余りあった。こんな中途半端に生き残って何になる!」
麻酔で消しきれない傷の痛みに顔を歪ませ、唸るようにカーズをなじった。
左足をなくして戦えなくなったレイブンは、第二部隊には居られない。
「済まなかった」
謝罪だけを吐き出す。
だったら何故俺を庇った。
飲み下したその言葉は、消化できず胃の腑に残った。
「独りにしてくれ。出来るなら二度と俺の前に姿を見せないでくれ」
廊下に直接敷かれた布団に顔を押し付けレイブンが、圧し殺した声でカーズを拒絶した。カーズはレイブンから逃げるように第二部隊の本部に戻った。
どんなに人が死のうとも、変わらずに世界は回る。
夜が訪れれば、また下級から中級妖魔はいつも通り、否、いつも以上に現れた。カーズたちは通常業務に戻り、妖魔や宿主を射殺する。
仕事が終わると毎日のように病院へ足を運んでは、入り口で立ち尽くした。
仄明るい夜明けが、朝の光に浸食され、人のざわめきが届き始める頃、カーズは踵を返す。
なぜ死なせてくれなかったと、姿を見せないでくれと懇願したレイブンが脳裏に浮かんで、中へ入ることは出来なかった。
****
「結局、レイブンは一ヶ月後退院して第二部隊を退役した。退役したその日まで俺と一度も顔を合わせないまま、レイブンは第二部隊を去って行ったよ」
酒場はしんと静まり返った。カーズは苦笑してグラスを傾ける。
「……そんな、あんまりっす」
静かになった中、ぽつりと若い隊員のニックが声を震わせた。
「レイブンさんが怪我したのって、隊長のせいなんかじゃないっすよ! なのに、そんな別れかたってないじゃないっすか! レイブンさんも、何なんっすか。自分が隊長を庇って左足をなくしたんじゃないっすか!」
立ち上がったニックが悔しそうに拳を握った。
「あいつもやりきれなかったのさ。殉職なら多額の弔慰金で借金を返せた。しかし片足をなくしての退役じゃあ、僅かな退職金しか出ないし再就職もままならねえ」
もし再就職が出来たとしても、第二部隊ほど高額な働き口などない。
「でも!」
更に言い募ろうとしたニックの肩を、隣のウィークラーが押さえて座らせた。
「まあ、落ち着けや」
「隊長も人が悪ぃな」
にやにやと笑う隊員たちを見渡したニックが、口をへの字に曲げた。
「なんで自分が笑われなきゃいけないっすか! 意味が分かんないっす。しかもマスターまで同じように笑ってるし。どういうことっすか。酷いっす!」
「この話にはまだ続きがあるんだよ」
カーズはまたちびりとやってからグラスを置く。澄んだ音を立てて、氷がくるりと回転した。
****
レイブンの退役が決まった時、カーズはギルバートの元へ直談判に行った。例え退役が免れないにしても、何とか退職金だけでも上乗せ出来ないかと思ったのだ。
「お前の言い分はよく分かる。うちの隊にずっと付き纏ってきた問題だからな。歴代の隊長が再三掛け合ってきた問題なんだよ」
ギルバートは珍しく疲れた顔で溜め息を吐いた。
「俺ら第二部隊は捨て駒だ。民間人に被害が及ばない為の人間の壁。壊れれば補充すればいいくらいの認識で、餌としての金をばら撒く。給料の高さは勿論、殉職した時の弔慰金が多額なのも餌だ」
この二つを餌さとしてぶら下げれば、死亡率の高い部隊にも人が集まる。結果、自分の命を省みないどん底の人間ばかり集まるのだから、宿主を殺させるという汚れ役をやらすのも、人間の壁として使うのにも都合がいい。
「二つの餌は十分に役目を果たしている。退役した人間に多額の金を払うメリットが上の奴らにはねえ。悔しいがな、本当に『消耗品』なんだよ。
何度も議題に上げては一蹴された。どんなに反論しても、口の達者な議会の連中には歯が立たないのだと、ギルバートは言う。
「俺には無理だった。元々頭を使うのはからきしだ。腕っぷしの強さぐらいしか取り柄がねえからな」
ギルバートが立てた親指を自分の胸元に当てた。
「ここまで上がってこい、カーズ。ここまで来て初めて、上の奴らに文句を言える土俵に立てる。それより先はお前次第だ。変えたければお前が変えろ」
病院で、世の中の理不尽を思い知ったカーズに沸き起こったのは怒りだった。税金泥棒だの役立たずだのはいい。『消耗品』だけは許せなかった。
「必ず上がってみせます。必ず俺たちの命の重みを思い知らせてやります」
この日を境にカーズは戦い方を変えた。自分が妖魔を倒しにいく戦い方から、戦いを俯瞰して妖魔を分析し、自分以外の隊員が死なないことを優先する戦い方へと。
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