第37話

「卒業生の皆様、本日はおめでとうございます」


 ワイス夫人が正面の檀の下に立って、挨拶をした。

 壇上には装飾の美しい椅子が並び、王と王妃が座っている。

 王太子と王女の姿も奥に見えた。


「今年もたくさんの詩を学園から推薦していただきました。とても優れたものが多く、おおむね楽しく読むことができました。よいものを書いた生徒には、是非、アクランド王国の宮廷詩人に加わっていただきたいと思いました」


 ぱちぱちぱちと拍手が起こる。

 推薦された生徒たちの周囲に、かすかなざわめきが満ちた。


 メイジーと母も身を乗り出すようにして、ワイス夫人の言葉に耳を傾けた。


 王宮の中で詩作を行う宮廷詩人は、爵位や身分に関係なく尊敬を集める。

 宮殿内に私室を与えられ、王家の方々との親交も深まるため、何かあれば便宜を図る力を持つとか持たないとかいう噂もある。

 そのあたりの真偽は定かではないが、いずれにしても名誉なことには変わりない。


 詩人に採用されるのは多くても年に二名までで、一人も選ばれない年もある。

 だが、今年は採用があるという。しかも、掲示板に名前が載った生徒はたったの六名だ。


 そのうちの一人がメイジーなのである。

 メイジーの鼻は膨らみ、地味な容姿の中で小さな目が期待に輝いた。


「優れた詩が多かった一方で、私にはどうしても受け入れられないものがありました。受け入れてはいけない、と言ったほうがいいかもしれません」


 会場内がざわりと揺れた。


 ワイス夫人は決して甘い人ではないが、悪い批評を伝える時にも、とても丁寧に言葉を選ぶ。

 受け入れられないなどとと言うのは、しかも、王の面前で口にするからには、よほどのことがあったのだろうかと、いっそう人々の耳目が集まった。


「その詩は、どこかで見たことのある表現ばかりで、できていました。ある部分は、高名な詩人の古い作品と同じ、別の部分は同じ方の別の作品と同じ言葉で書かれていました。また、エピソードのいくつかとそこで使われた表現は、その方とは別の詩人のものに酷似していました。つまり、いくつかの作品をつなぎ合わせて書かれていたのです。そして、後半に置かれた一文は、私自身のものでした。私がまだ学園にいた頃に書いたものが、ほとんどそっくりそのまま使われていたのです」


 ざわめきが大きくなる。


「たいへん気持ちの悪いものですよ、他人の詩の中に自分の書いたものを見つけるのは……」


 ワイス夫人は不快さを隠すことなく顔を歪めた。


 メイジーの背中を冷たいものが走り抜ける。

 大勢の人が一斉にひそひそと囁き交わす声が、思いのほか大きな音になって広がっていった。


「それって、つまり……?」

「盗作……?」

「そんなものが学園の代表に推薦されたの……?」


 人々の声を聞きながら、「違うわ……」と心の中で呟く。

 夫人が言っている内容がメイジーの詩のことだと決まったわけではない。

 参考にした作品はあるけれど、ちゃんと少しずつ変えてある。

 盗んだなんて、誤解だ。


 ざわめきが収まるのを待って、ワイス夫人は続けた。


「学園の姿勢を責めるつもりはありません。そもそも、アクランド王国における詩作は長い物語の形を取ります。少し見ただけでは模倣だと判断することは難しいでしょう」


 ただし、模倣をした場合、元になる作品と本人が書いた部分との間には違和感と落差が生じる。

 九割が他者の作品から寄せ集めたものだとしても、隠しきれない作者の力量、つまりボロが出る部分が必ずあるとワイス夫人は言った。


「今回、問題になった詩も、ある部分と別の部分をつなぐための文章が、とても陳腐で滑稽でした。なぜその言葉を選んだのか知りませんが、似たような言葉ばかり使われて、センスの欠片も感じませんでしたね。おそらくそれが、作者の本当の実力なのでしょうけど」


 夫人の言葉は辛辣だ。


「図書室にある古い詩集の中身など、誰も覚えていないと思ったのですか? 真似をしても、気づかれるはずがないとでも? 確かに、ほかの人にはすぐにはわからないでしょう。けれど、書いた本人が読めば一目瞭然です」


 この作者はドロボウだ。

 そう思って読み直せば、どこかで見たと思った表現の全てに、思い当たる作品があることに気づいた。

 何人かに確認を取ると、誰もが困惑と怒りの表情を浮かべて「自分が書いたものと似ている」と言ったそうだ。


 メイジーは食い入るようにワイス夫人を見つめた。

 夫人はメイジーの目をまっすぐ見つめ返し「やられた人間には、わかるんですよ」と呟いた。

 

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