第27話

 フェリシアとサイラスとの婚約が白紙に戻ったという噂は、お似合いのカップルとして注目されていただけに、社交界にも学園の友人たちの間にもあっという間に広まった。


 フェリシア自身は清々した気持ちでいたが、まわりの反応は違った。

 まるで腫れ物にでも触るように気を遣われて、かえって申し訳ない気持ちになった。


「みんな、私のことなら気にしないで」

「でも……」

「本当に、全然、大丈夫だから」


 さっぱりした気持ちで笑ってみせるが、なかなか理解されなかった。

 あんなにみんなに祝福されて、フェリシア自身も喜んでいた時期があったのだから無理もない。


 時間が経てばわかってくれるだろう。

 そう思って、流れに任せていた。


 バーニーとの婚約発表は卒業式の後になるかもしれないが、折を見て親しい人には話して構わないと言われている。

 いまはまだ早いような気がして何も話していないが、卒業までにはレイチェルたちには言うつもりだった。

 そうなれば、みんなも安心するはずだとわかっていたから、特に焦ることもなくのんびり構えていた。


 バーニーとの婚約は、もともと両家の間で何度か検討されていた。調えようと思えばいつでも調えることができる状態にあった。

 あまりに早く決めてしまっては、さすがにサイラスに失礼だろうという配慮から、学園の卒業式がある七月半ば頃に発表する予定で、わりとゆっくり進めていたのだ。


 それでもたった三週間ほどで新しい婚約が調うことになる。

 恥はかかせてしまうかもしれないなと、一応、エアハート家では心を痛めていたのである。

 

 そんな中、サイラスとメイジーの婚約が発表された。

 突然、なんの前触れもなく。


「どういうことだ」


 怒った父が母を通じてゴダード男爵に問い詰めると、なんと、男爵も知らなかったという。

 みんなビックリした。


「妻は知っていたようだ。彼女は常識がないというか、ふつうはするはずの配慮がまったくできないんだよ……。姉上、本当に申し訳ない……」


 気が弱く人のいい叔父は、ひたすら頭を下げるばかりだったらしい。


 義理の父親が親戚の前でそんな肩身の狭い思いをしているなどと思いもしないのだろうか。

 メイジーはまるで自分がサイラスを勝ち取ったかのように、教室の真ん中で誇らしげに胸を張り、顔を輝かせていた。


 当然受けるであろう祝福の言葉を待っている素振りを見せていたが、声をかけたのは、フェリシアたちとあまり親しくない数人の目立たない生徒だけだった。


「詩や、いろいろな情報だけじゃなくて、人の婚約者まで盗むなんて、ほんとうに卑しくて図々しいんだから」


 レイチェルが憎らし気に言う。

 けれど、フェリシアは違和感を持った。


 サイラスは盗まれたわけではない。フェリシアのほうが先に、サイラスとの関係を断ち切ったのだから。

 正直なところ、サイラスが誰と婚約しようが、どうでもよかった。


 しかし、不思議なことに、本当は盗んだであろう詩のほうは「参考にしただけ」だなどと言って、決して自分の罪を認めないメイジーが、サイラスに関しては、まるで自分が奪い取ったかのような態度を見せた。

 フェリシアと目が合うと、なぜか一度申し訳なさそうな顔を作ってから、許しを請うように笑ってみせた。


 本当は盗んでいないのに、なぜそんなふうに振る舞うのだろう。


「メイジー、ひどいわ……」

「フェリシアが可哀そう……」


 キャシーとブリトニーが気の毒そうな目でフェリシアを見る。

 フェリシアは驚いた。


(私が可哀そうですって? どうして?)


 だが、はたから見たらどうだろうと、客観的に考えてみる。 

 フェリシアは、従姉妹のメイジーに婚約者を奪われた可哀そうな人に見えるのかもしれない。


 フェリシアは教室の真ん中に立っているメイジーを見た。

 ふだんの大人しそうな態度を捨てて、やけに自信に溢れた顔でまわりを見回している。目には嬉々とした光が揺れている。

 

 事実がどうであるかなんて、当事者にしかわからない。

 詩のことも、サイラスのことも。


 メイジーにとっては事実も真実もどうでもいいことなのだ。

 人に注目され、相手にしてもらえることが重要で……。


 メイジーはいつも誰かに相手にされたがっていた。

 注目されて、ちやほやされることを望んでいた。たとえ、どんな手を使ってでも……。


 人に好かれたり、褒められたりしたい気持ちは誰にでもあると思う。

 自分の居場所が欲しいし、自分の存在を認めてほしい。それらはごく自然な欲求だろう。


 けれど、そのためには、まず自分の足で立つことが大事なのではないか。

 自分の心と頭で物事を感じ取り考えることが必要なのではないか。


 誰かに寄りかかって楽をしているうちは、誰も認めてくれないような気がする。

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