第19話

 その日の帰り道、フェリシアは侍女と二人で王都の貴族街を歩いていた。

 メイジーがついてこないだけで、なぜかとても晴れやかな気持ちだった。

 

(本当に、私、自分で思ってたより、メイジーのことが好きじゃなかったのね……)


 ひどい嫌がらせをされたり、あきらかな悪意を向けられたりしたわけではない。

 なのに、なぜこんなに嫌いなのだろう。


 人に聞かれても絶対にうまく説明できない。

 詩の内容や、おすすめの店をパクられたからなどと言っても、きっと誰も理解しないだろう。

 けれど、もう、それでいいと思った。


 メイジーは今日、フェリシアやレイチェルとあまり親しくないクラスメイトに、自分はいじめられている、そのことが悲しいと話していたようだ。

 少し前のフェリシアなら、メイジーを嫌ってしまう自分に後ろめたさを感じたと思う。

 レイチェルやキャシー、ブリトニーと一緒になって、メイジーを仲間外れにした自分を恥じたかもしれない。


 けれど、今日は、それもどうでもいいと思った。


「ちょっと、カフェで休んでいきましょうか」


 年の近い侍女のカーラに声をかけた。

 カーラは嬉しそうに頷いた。


 思えば、このカーラもメイジーのせいで割を食っていた一人だ。

 メイジーがついてくると、貴族の令嬢であるメイジーとフェリシアだけがテーブルに着く。

 カーラは店の外で待機だ。


 メイジーがいなければ、フェリシアが一人にならないようにカーラが同席する。

 今もそうだ。


「好きなものを頼みなさい」


 カーラにメニューを渡して、フェリシアは店内を見回した。

 ふだんは窓側の明るい席に案内されることが多いが、今日は侍女と二人ということもあり、店の奥の目立たない席に座っていた。

 ほとんどの席から死角になる場所だった。


 カーラに視線を戻した時、店のドアが開いて大きな声の集団が入ってきた。

 中央付近の席に案内されてきた彼らを、フェリシアはなんとなく肩越しに振りかえってチラリと見た。


「え……?」


 サイラスたちだった。

 トビーとニール、そしてメイジーが一緒にいる。


 衝立に遮られて、すぐに姿は見えなくなった。

 けれど、案外席が近いようで声は聞こえてきた。

 やや大きな声だったこともあり、わざわざ聞き耳を立てるまでもなく、会話の大半が聞き取れてしまった。 


「一人も、友だちを誘えなかったって、マジで……?」


 トビーの声だった。

 メイジーが何かもごもご言ったようだが、それはよく聞き取れなかった。

 

「誰も仲よくしてくれないって、どういうこと?」


 ニールが聞き、メイジーがまた何か言う。

 サイラスの声がそれに続いた。


「なるほどな。フェリシアのやりそうなことだ。要するに、レイチェルたちとつるんで、メイジーを仲間はずれにしたってことか」

「本当に……、なんで、あんなひどいことするのか……、私、わからなくて……」


 今度はメイジーの声も聞こえた。


「本当は、ずっと……、意地悪されてたの……。いつも、自分たちだけで、楽しいことをやろうとして……、私だけ誘ってくれなくて……」

「わかるよ。僕にも、メイジーとは付き合うなとか言ってきたしな」


 カーラが気づいて眉を顰める。

 フェリシアは「しー」っと唇の前に指を立てた。


 もともとフェリシアだけが誘われた集まりに、しょっちゅう「自分も行っていいか」と割り込んできたのはメイジーだ。

 メイジーの言い分には耳を疑った。

 それに、メイジーは結局、どこにでもついてきたではないか。なにしろデートにまで毎回ついてきた。

 

 だが、サイラスの答えにもビックリである。


 フェリシアは自分はメイジーと距離を置くとは言ったが、サイラスに向かって、サイラスもメイジーと付き合うなとまでは言っていない。

 言ってはいないが、婚約者である自分を抜きにして、その従姉妹であるメイジーと会っている意味も、ちょっとよくわからない。


「サイラス、フェリシアの言うことを聞かなくて大丈夫かい?」

「婚約者を怒らせるとヤバいんじゃないか?」


 笑いながらトビーとニールが言った。


「構うもんか。だいたいフェリシアは、勝手なんだよ。バーニーとは付き合うなって、僕が言った時は聞く耳を持たなかったくせに、自分がメイジーを嫌いになったからって、僕にそんなことを命令するんだから」

「そうよね……。フェリシアこそ、どうしてバーニーの味方をするのかしら……。サイラスの気持ちを考えないのかな……」

「本当だよ。あんな女、本当は僕の婚約者にはふさわしくないんじゃないかな」

「私も……、そう思うわ……。だって、ちっとも、サイラスに寄り添ってないんですもの……」


 自分はサイラスの味方だとメイジーは繰り返す。


「全くだよ。メイジーのほうが、よほど僕のことを考えてくれてる。僕がこうしてメイジーに会うのは、フェリシアが至らない婚約者だからさ」


 サイラスはすっかり調子に乗っていた。


「よし、決めた。婚約破棄だ!」

「マジか!」

「冗談だろ!」


 わはははは、と四人分の笑い声が響いてきた。

 メイジーも笑っていた。


 真っ青になったカーラがおろおろするのを横目に見ながら、フェリシアはすっと椅子から立ち上がった。


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