第35話

「それでは、各地の防壁や修繕費は王宮の予算から。税金は半年の間減税するというお触れでよろしいでしょうか? ・・・・・・父上」


 王宮の食事室にいるのはウィリアムとトリスティニア国王の二人と給仕のみ。一日の始まる爽やかな朝でも、厳かな政務が話しあわれている。


「うむ。かまわぬ」


 ホッとした安心よりも、しっかりとした自信をかんじるのは、父が自分に肉親の情けを持ってくれているとわかったからだ。


 ローガンとメオンの襲撃から一月が経つ。一時は国を揺るがすほどの大事件は、その後の後処理の記憶が新しく、既に名残が薄くなっている。


 とはいえまだ政務に忙殺されている日々を送っている。


「通路の修繕だが、」

「それは、後回しにしましょう」

「・・・・・・・・・」

「母上ならきっと許してくれるでしょう」

「・・・・・・・・・どうであろうな。其方を愛しているがゆえに祟るのではないか」


 鋭い眼光は、年甲斐もなくふてくされているようで笑ってしまいそうになる。こんな軽いやりとりを親子でできるくらいには心に余裕ができたのだ。


「父上のためにも、通路は必ず直します。いつでもまた訪れることのできるように」

「お主だけに任せていては、いつまでかかるかわからぬわ」

「はは、・・・・・・はい!」


 まだ、自分は至らない。けど、まだまだこれからなんだ。


「あ、お帰り~~。良いことあった?」

「ん? なんでだよ」


 食事を終えると控えの間で待っていたエリスと合流して、自室へ移動する。


「ウィリアムニヤニヤしてるし」

「別になんでもねぇよ」

「なんでもないわけないじゃないか」

「だからなんでもねぇって」


 父と、ただ話せるようになっただけだ。それから、母とのことについて。


「あ、二人とも良いところに」

「危ないウィリアムッッッ!!」

「へぶぅっ!?」

「きゃ!?」


 レイチェルが廊下のほうから走って来ただけだが、エリスはウィリアムの足に頭を突っ込んで首部分に股間部を当てた状態、肩車で持ちあげた。そのままぴょん! とジャンプしてレイチェルを跳び越えた。


 だが、ウィリアムは天井に頭をぶつけ、少し擦ってしまった。


「あ、レイチェルか。よかったまた師匠じゃないかと」

「あのね? エリスちゃん。張り切るのはいいんだけど・・・・・・・・・」

「お、お前ええええええええ・・・・・・・・・なにしやがんだああああ・・・・・・・・・!」

「いやぁ焦ったなぁ。そうだウィリアム。昼食の後の鍛錬だけど」

「話聞けや! お前は本っ当にゴーイングマイウェイだなおい!」


 ぎゃあぎゃあ口論じみた二人を、相変わらずだとレイチェルは溜息をついた。そして魔法でごっちん! とする準備をする。


 魔法の気配だけでなにか察知できるようになったエリスは、ビクッと竦んでそのまま大人しくなった。


「はぁ、エリスちゃん。もうちょっと自重なさい。貴方最近夜寝る時間遅くなっているでしょう?」


「それはだって兄弟子を倒した技を完全に習得するために必要なことだから! ウィリアムを守るためにもやっておかないといけないんだ!」


 メオンを倒した技は、『ローガン流格闘術』の技ではない。あのときエリスが培った身体能力と体捌きと技の応用が組み合わさって偶発的に一つの技術として放てたものだ。


 朧気に覚えている記憶通りにやっても上手くできない。もしかしたらあのときの思考や意識も関係しているのかもしれない。だが、完全にいつでもできるコツを掴めれば。


 今エリスは、ウィリアムを守ることだけでなく、あのときの技を完全に己のものにすることに熱中していた。


「貴方そう言って王宮に帰ってきてからずっとじゃない。怪我が酷かったときから」

「大丈夫! 唾つけたおかげでもう治ったよ!」

「一瞬信じちゃいそうになったが違うからな? お前個人の回復力と医師の尽力だからな」


 なんだったら、エリスは怪我が治っていないのにあのときの技を再現しようとしている。それでいて信じられないスピードで怪我が完治したのだが。


「ウィリアム君。呆れた様子だけど貴方だってそうよ?」

「え、俺?」

「そうよ。だって食事しながら書類確認したりサインしたりしているんでしょ?」

「う・・・・・・」

(まぁ私が偉そうに言えないんだけど)

「でも、レイチェルだってそうじゃない?」

「え? エリスちゃん?」

 異を唱えたエリスが意外だった。

「レイチェルもお休みなしで仕事してるってマーリンさんが言ってたよ」

「・・・・・・・・・(余計なことを)」

「レイチェルが無理してるのに僕達だけに無理するなって責めるなんて不公平だっておもうよ!」

「う、うう・・・・・・」


 最近はレイチェル等の影響か。無駄に口が達者になってきている。お前が言えるのか?と射竦めるようなエリスの鋭い視線に反論を封じられて冷や汗が流れる。


「まぁでも俺達を補佐するつもりなんだろ? レイチェルは」

「え? ええっとそれは・・・・・・・・・」


 だが、まさかのウィリアムからのフォローが入って驚いた。


「その上、俺達が無理してるかあ気苦労までさせちまって。悪いな。本当にいつもいつも・・・・・・昔っからよ・・・・・・・・・。この前だって」


(あ・・・・・・・・・)


 ダメだ。不意にレイチェルは泣きそうになった。ウィリアムの成長をこれほど実感したことはないし、自分に配慮してくれたのだ。


「姉みたいにおもって接してるのによ」

「う、うん・・・・・・・・・わ、私も気を付けるから。二人も気を付けてね」


 喉が震える。とめどなく溢れてくる涙をごまかすために、短く言い捨てて走り去るので精一杯だった。


(そういえばレイチェルってなにか用があるんじゃなかったっけ?)


傍目から見ていたエリスは敢えて空気を読んで指摘しなかった。それくらいの配慮もできるくらいになっている。まぁレイチェルが思い出せばまた来るだろうと軽く考えた。

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