第11話
エリスはしこたま怒られた。
特にレイチェルはヤバかった。
普段怒らない人が説教するときのおそろしさは、筆舌に尽くしがたい。ローガンにはない別の迫力があった。この人には逆らってはいけないという本能が存分に発揮され、唯々諾々と正座で怒られていた。
レイチェルは、ルールがあると言っていた。ルールは王都では法律、決まり事でそれは誰に対しても平等で絶対に守らなければいけない。それは暮らしやすさや安全を守るためになくてはならないものだと。
今回エリスがしてしまったことは法律を破ったとはいわないまでも、それに近いことらしい。自分勝手に振る舞っていれば他の人が苦労する。迷惑をこうむる。
その人を許していれば他の人達も守らなくなる。法律は意味がなくなり国はたちいかなくなる。
「強さで従わせればいいじゃない。それが一番簡単じゃない?」
「・・・・・・・・・まずエリスちゃんには法律や常識を説くより根本的に勉強しなおさないといけないわね」
疲れた様子のレイチェルが、小さく笑った。笑った顔はどことなく陰があって、なにか自分にとってよくないことの前兆のようなかんじがした。
「ひとまず、今日は晩ご飯抜きね?」
最後の罰は、この世の終わりに等しかった。
空腹をごまかすために体を動かしたけど、レイチェルの会話が耳に貼りついて忘れられない。いくらエリスでも、自分の認識とレイチェルら他の人達との認識がずれていると、なんとなく悟れた。
もっというなれば育った環境が異常すぎるがゆえの、価値観。人生観が自分とは違っていると。精神が未熟すぎるエリスは、それを上手に言葉として表すことも、答えとして昇華させることもできず。
悶々としながら夜を明かした。
起床して鍛錬に励むために移動してもモヤモヤは消えない。
「あ」
ウィリアムと鉢合わせした。彼はバツが悪そうなかんじでプイッとそっぽをむいた。
「あれ!? どうしたの!? 君まだ寝てる時間じゃないの!?」
「それは―――」
「ねぇなんで!? なんでなんで!? なんで柄にもなく早起きしてるの!? 君外出たくないんじゃなかったの!?」
「くっ」
まるで犬だ。やかましいまでにウィリアムへ詰め寄って、ちょこまかとウィリアムの周りを動きまくる。そして、自覚はなくてもウィリアムの神経を逆撫でする勢いでまくしたてている。
「ねぇなんでなんで!?」
「ええい、うるせぇ! せっかく人が鍛錬に付き合ってやる気になったってのになんなんだ!」
「え?」
パチクリと瞬かせ、まんまるの目を見開かせてウィリアムを凝視する。
「だからお前があまりにもうるさいから鍛錬に付き合ってやるってんだ!」
ウィリアムがどれだけ悩んで、逡巡して葛藤を経て一歩を踏みだしたのか。目の下の隈がありありと物語っている。
けど、エリスにはウィリアムの複雑な心情は皆目見当がつかない。ただウィリアムが格闘術を習おうと決意したという事実しかない。
その事実が無性に嬉しくて。悩んでいたことがたちまち霧散して。
衝動的にウィリアムに抱きついてしまった。
「ちょ、おい!?」
「えへへへ! ありがとう~~!」
何に対するお礼なのか、エリスにもわからないけど。なんだか救われた気分だったのだ。
けど、人を避けている生活を送っていたウィリアムには女の子に抱きつかれるなんていうのはとんでもない事件だ。
がっしいとした筋肉質ながらも、柔らかい感触。互いの頬をくっつけて擦りあわせられ鼻に当たる髪の毛が擽ったい。嗅覚を刺激する仄かな石鹸と甘い香りは天変地異にも等しい。
「じゃあ早速鍛錬しようぜ! ストレッチして走って筋トレだ!」
満足したエリスは赤面で放心したウィリアムをそのままにストレッチを開始した。
「え? ちょっと待てよ。格闘術の技の練習は?」
「舐めるな!」
「ええっ!? いきなりなんだよ!」
「それは昼間だ! 今の君には技を身につけるだけの体力も根気もない!」
なにげに的を射ているが、とにかくエリスは容赦がない。
「ウォーミングアップとして、体をほぐす、整えるという役割もある! ならさせるんだ! きちんとした格闘術の練習の前準備さ!」
「お、おう・・・・・・」
「朝は走って走って走って走って筋トレをして体を鍛えながらならす! そうじゃないと君みたいなやつにいきなり技を教えても簡単には身につかないし怪我に繋がる!」
厳しさがありながら、どことなく合理的な論調にウィリアムは納得できた。
できたのだが、
「ちょ、ちょっとタンマ・・・・・・・・・ま、コヒュー、ゴホゴホ・・・・・・コヒュー・・・・・・ヴォフッ」
王宮の周囲をぐるりと一周もできず、バテてしまう。もう何周も追い抜いているエリスが後ろから前から発破をかけるものの、死にかけ寸前。
「そんなんじゃ百周できないぞ!」
というより体力がエリスと天地ほど開いているし、エリスと同じように練習メニューをこなすのが無謀だったのだが。
「しょうがないなぁ。じゃあ走りこみはここまでにしよう。ちょっと軽く歩いて呼吸を整えたら、次は筋トレだ!」
腕たて伏せ、腹筋、背筋、ヒンズースクワットと一通りの練習メニューに切り替えたもののそれさえも指定された回数には満たない。
「諦めるな諦めるな諦めるなあああああ! なんでそこで諦めるんだああ! そこで終わっていいのか!? 筋肉が泣いてるぞおおお! そこでやめて後悔しないのか!? あとであそこでやっておけばよかったって泣かないって言い切れるのかあああ!?」
「く、ぐぉぉぉぉぉ・・・・・・・・・!」
「もっと肘を曲げろおおお! 顎をつけろおおお! 回数だけこなせばいいってもんじゃない! 姿勢を意識して一定の速度でしっかりと負荷をかけろおおお!」
「ごおおおおお・・・・・・・・・!」
肉体だけでなく心が悲鳴をあげるスパルタ的指導は太陽が空を明るく染めるまで続いた。
「はぁ、はぁ・・・・・・ゲフォゲフォ・・・・・・カヒュッ」
「ウィリアムは本当に貧弱だなぁ。じゃあここまでにしよう」
やっと解放される。ウィリアムは心から安堵した。
「じゃあ午後からの鍛錬は正拳や技の練習をしてみよう。あとは立ち方とか」
「・・・・・・・・・え?」
ちょっと待てと。今こいつはなに言った?
「それで夕食のあとはどうしようかなぁ~~」
まさかの夕食後もだと!?
「な、なぁ。今日は初日だしひとまずこのトレーニングだけでいいんじゃないのか・・・・・・?」
「なに甘いことぬかしているんだ。君強くなりたいんだろう? だったら妥協しちゃだめだろ。本当なら寝食も忘れて王子としての職務も放棄して一切を鍛錬に費やさないと僕はおろか師匠を越えることだってできないぞ?」
望んでない。そこまでウィリアムは求めていない。
けどエリスはある意味張りきりすぎている。格闘術に関して一切の弱音を許さない。格闘術塗れの人生で培われた彼女特有の価値観が遺憾なく発揮されている。
「大丈夫さ! 僕が付きっきりで指導してあげるし! 護衛だしね!」
護衛ってなんだろう。ウィリアムは大きく脱力した。
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