第42話 ゴーレムとおじさん
「ああ……ヘンリック……お前なのか……!」
おじさんはよろよろと石の棺に歩み寄ると、膝をついてその中を覗き込んだ。
「間違いない……。骨だけになっちまっても……息子を見間違えはしない……!」
おじさんの大粒の涙が棺の中に落ちる。
俺とマホロはしばらく震える彼の背中を見守っていた。
「いきなり出て来て……泣きわめいてすまねぇ……。ただ、やっと息子と再会出来たもんだから……! どうしても心残りで、たった一人でこの街に残って、やっと、やっと……!」
おじさんは栄えていた頃からこの瓦礫の街にいた。
でも、廃れた後もここに残り続けている理由は聞くに聞けなかった。
それが今日わかった。
鉱山の事故で亡くした息子さんを一人にしないために、おじさんはここに残り続けていたんだ。
食べる物も、飲む水も、雨風をしのげる家もなかったこの街で……。
「何も伝えずにゴーレムの旦那を鉱山に向かわせたことは……本当にすまねぇと思ってる……! 辛い光景が広がっていると知っていたのに……俺は言い出せなかった……! 本当は息子を探してほしいと言いたかった……。だが……」
おじさんが言葉に詰まる。
俺は
「その願いは俺個人のためでしかない……。街のために働く旦那に押し付けるのは……違うと思ってしまったんだ……。だから、何も言わないまま旦那が息子を連れ帰ってくれないかと……願うことしか出来なかった……。俺は情けなくて
「それは違います!」
俺は即座におじさんの言葉を否定した。
「俺だって元々は人間でした。遠慮とか、申し訳なさとか……その気持ちはよくわかります。何も言わずに相手が察してくれたらなって思うのも、人として普通のことです。おじさんは情けなくも卑しくもない。とても優しくて立派な父親です!」
亡くした息子のために、瓦礫の街に残り続ける――
その覚悟がどれほどのものか……今までの街の姿を見ればわかる。
「それにおじさんは俺を騙したり嘘をついたりしてたわけじゃない。廃鉱山の話になったのも、俺が噴水の動かし方について悩んでいたから、その解決策として提案してくれたに過ぎません。おじさんは今まで何度も知恵を授けてくれました。だから、俺は……おじさんの役に立てて嬉しいです」
「う……うぅ……っ! すまない……すまない……ありがとう……!」
また大粒の涙を流すおじさんに、俺は手に持っていた腕輪を差し出した。
息子のヘンリックさんの遺品だ。遺族であるおじさんに返すべきだろう。
「この腕輪に刻まれている、クラウス・エーデルシュタインという名前は……」
「ああ……俺の名前だ……。これでも昔は魔鉱石の加工業をやっててな……。まあ、三流も三流だったから、貴金属のアクセサリー作りに手を出してみたり、建築業をかじって家の修繕業務をしていたりと……まあ、男手一つで息子を食わせるためにいろいろやってたさ」
「じゃあ、この腕輪はおじさんの……クラウスさんの手作りですか?」
「ああ、その通り……。稼ぎの少ない俺を助けるために鉱山で働く息子に、お守りにでもなればと送った無骨な腕輪さ……。ガス事故の前から、鉱山ってのはちらほら死者が出る現場だったからな。ただ、稼ぎは良かった……。教会の前の土地も家も、息子が買ってくれたんだ……」
だから、おじさんはずっと教会の前で暮らしてたのか。
そこが自分たちの家のあった場所だから……。
「どんな姿でも息子に会うことだけが望みだった。これで心残りもなくなった……。だから、これは旦那が貰ってくれ……! 俺に出来る精一杯の礼なんだ……!」
そう言って、おじさんは息子の形見の腕輪を受け取ろうとしない。
「こんな大切な物……受け取れません! それに俺の腕には入らないし……」
「いや、使い道はある。その腕輪の赤い宝石……それは火の魔宝石なんだ!」
「これが……魔宝石……!?」
俺が廃鉱山から持ち帰った地の魔宝石に比べると、そのサイズはかなり小さい。
でも、こうして意識してみると確かに特別な力を感じるような……。
「栄えていた頃の鉱山には活気と余裕があった。だから、従業員は給料の
「じゃあ、それをおじさんの手で加工して今の形になったわけですね」
「ああ……。魔宝石のカットの仕方が下手なおかげで高価な物には見えず、誰も盗もうとはしてこなかったと息子は笑っていた。だが、間違いなくそれは魔宝石だ。自然魔力によって消えない炎を
おじさんはお礼として仕方なく、この腕輪を渡そうとしてるんじゃない……。
息子を守る役目を果たせなかった腕輪を……せめて他のことに役立ててほしいと思ってるんだ。
「……わかりました。必ず人のためになることに、この腕輪を使います」
俺は……これを墓前に
でも、当事者であるおじさんが俺に
「でも、まずは……おじさんと息子さんのために、この魔宝石の炎で亡骸を清めます」
腕輪を俺の指にはめ、火の魔宝石に魔力を込める。
初めて使う魔宝石だが暴走はせず、手のひらに収まる程度の穏やかな炎が生まれた。
その炎を石の棺の中へ静かに投げ入れる。
通常の魔鉱石による炎よりも穏やかで、熱量もないように思える。
しかし、その炎は骨に寄り添うように隅々まで燃え広がり、通常よりも早いペースで骨を白く燃やしていく。
「ガンジョーさん、この炎……熱いというより温かいですね」
「これが火の魔宝石の力なんだと思う。燃やす対象を選択し、それ以外は燃やさない」
今回、俺が燃やそうと思ったのは棺の中の物だ。
骨と残った一部の衣服に炎は素早く燃え広がり、通常の炎より素早く燃やし尽くす。
しかし、その勢いと熱量にもかかわらず、対象外の俺たちは温かさしか感じない。
きっと、火の魔宝石には他にもまだ特別な力があると思う。
託された炎の力……使い道をこれから探っていこう。
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