第313話 過去に、銀髪は揺蕩う。


 見上げると、ヘルグクの顔が揺らいで見える。

 ナラクの表情で笑って、液体の向こうから見下ろしている。


 ヤツの背後、銀色の人形とクラリスが戦っている。

 その横で、シルフィが人形に噛み付いている。

 驚くべき事に、アリシアが小石を手に殴り付けているのも見える。

 その向こう――ペムブレドが立ち上がっているのまでも。


 通常、水中から外を見上げても、こうも鮮明に見れはしない。

 不可思議すぎる。

 だが、今、考えるべきは――違う事。



「カプ……ラ……頼……む――!」



 彼女の力があれば、戦況は覆る。

 俺は必死になって、カプラを抱き寄せる。

 兄のせいで混乱する――銀髪少女を。


 縋るように、彼女は、俺へと額を合わせる。

 金色の瞳が閉ざされ、俺も同じ様に目蓋を閉じる。

 睫毛が触れ合って、お互いに身体をぴくりと揺する。



『お前には無理だ……自分の立場を考えな』



 その声に――ゆっくりと、俺は目蓋を開けた。


 揺蕩う、銀髪。

 滲んだ絵画のように、長身の女が目前に現れる。

 ディノーに似た出で立ちだが、雰囲気はまるで違う。

 紫色の瞳をして、長い銀髪を茶色い紐で二つ結び、編み込んでいる。

 特徴的なツインテールの美女。


 これに、小さな銀髪の幼女が食ってかかる。



『あたしだって、なれるもん。いつまでも、豆の収穫しか出来ない少女じゃないんだから!』

『だからって……勇者だって?』



 ツインテールを静かに振り、美女が苦笑いする。



『へっ……夢も大概にしなよ。確かに、亜人種の冒険者なんざ、そりゃあ西方を出りゃ、ゴロゴロ転がってる』

『それじゃあ……』

『勘違いすんな。亜人種の冒険者なんてね、捨て駒としているんだ』

『……捨て駒――って』

『要は、帝国や王国――いや、皇女殿下のオモチャさ。ろくなもんじゃない……』



 銀色の睫毛で瞬きをして、一旦、言葉を切る。

 意味ありげな沈黙の後、美女は続ける。



『……どっちにしたって、あんたみたいな弱虫は戦えやしないよ――カプラ』

『でも、お母さん……』



 ラピスを呼んだ時と同じ声色で、幼きカプラが彼女を呼ぶ。

 この幻覚は――カプラの記憶だ。


 その銀髪幼女の声を聞いて、母親らしき美女が歯軋りをする。



『そうやって、弱虫だから……あんたがゴミだから――』



 振り返り、銀髪が搔き乱される。

 その額からは――血。



『だから、私は死んだんだ』



 泣き叫ぶ声。

 気泡が銀色の液体の中を昇っていく。


 目蓋を開けると、カプラが叫んでいる。

 幻想的な現実の最中で。



「ダメだ! ダメなんだ! わた……あたしがダメだから、お母さんも……お兄ちゃんも、あたしから離れて! もう誰もいない――すがれる相手は」



 銀色の液体に阻まれず、叫びが確かに聞こえた。

 覚えのある劣等感が。

 以前――俺が持っていた感覚。


 そんなもの、彼女には似合わない。



「ここにいるよ――俺は」






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