第305話 陰から出でて。


【ボクを強奪させたのは、愚策でしたね――鉈落なたおち俊也しゅんや



 ぎしぎし。

 俺を纏う糸が耳障りに鳴る。

 ナラクの眉間に皺が寄る。

 更に、ソイツが五歩の後退りをする。



【加えて、迂闊です】



 ミュンソンが跪く。

 腹の内から溢れる血。

 その赤の一滴を吸って――彼に刺さった刃が輝く。



【貴様風情では、彼らに敵わない】



 ティアの声が響き渡る。

 俺の内から出た、第三者らしき声が、誰かへと笑う。



【――でしょう?】



 ミュンソンの身体から刃が抜け、床に落ちる。

 耳障りな金属音。

 その直後――衝撃が広がった。

 空気を伝い、敵味方関係なく襲う――衝撃波。




「これは……遠隔攻撃――クラリス……ッ!」



 衝撃波を出し、赤き刃が岩の上で震えて、動く。

 銀の液体溜まりの中へと落ちる。



【――スキル……発動……知】



 ナラクは、右肘から先の銀色を、俺の首から解く。

 反対側――身体の前に掲げて、大きな盾へと形状を変化。

 衝撃波から自らを防御する。


 ミュンソンは、自らの腕を前で組み合わせ、踏ん張る。

 ただそれだけで、近距離からの衝撃を耐え切る。

 その体格は伊達では無い。


 ペムブレドは、両手、両腕を広げた状態で仰け反っていた。

 指に繋がった糸のお陰で、飛ばされる事は無かったらしい。

 だが、そのせいで、左腕が妙な方向に曲がった。



「……あ……ッ」



 紫色の髪が揺れ、ペムブレドの右足が僅かに痙攣する。

 痛み。

 あるいは、生命の危機への恐怖。

 そういう『本能』は、洗脳程度では掻き消せない。

 ゼロには出来ない。


 だから――集中力を維持できない。

 俺を拘束していた糸が――緩んだ。



「なあ――ナラク」



 美少女の姿をした転生者が振り返る。

 青と紫の瞳を見開く。

 それに急接近する。



「――歯、食い縛れよ」



 頭突き。

 幼稚な攻撃手段だ。

 それでも良い。


 活路さえ見いだせれば。



「……貴様――ッ」



 ヤツがよろけ、敵の盾が崩れ落ちる。

 右肘の先が銀の液体へと戻る。

 岩肌へと流れ落ちる。


 すぐに俺は思考を研ぎ澄ます。



「頼むぜ。もう一度――」



 揺らぐ、景色。

 虹色のノイズが過ぎる。


 糸により封じられていたスキルが応える。



【Eスキル、異界速タキオン――発動】



 余裕を保っていた『ヘルグク』としての表情が崩れる。

 ナラクとしての殺意を持った――紫の瞳。

 その眼光の後ろ、迫る――怪物の亡骸。



「行け――ッ!」



 アリシアが青い瞳を燃やし、倒れたままに右腕を動かす。

 ナラクは頭を振り、再び視線を回す。

 振り返り――飛んできたティアの死体を斬る。


 そのむくろかげから――銀髪少女が現れた。



「――カプラ・フォニウスッ!」



 アリシアの叫び声が轟く。


 『異界速』で俺が瞬間移動させた、カプラ。

 その勇者は、ティアの死体の陰に隠れ、ナラクへと長剣を振る。

 鉛色の一閃が過ぎる。



【舐められたものだなあ――傀儡ゴミが】



 次に――赤。

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