第五話

「ああ、物的証拠になる。それにかつては殺害死体等に付着ふちゃくした犯人の指紋をあばくのは、絶対に不可能だった。


 だが、その難問なんもんを見事に解決したのが、茨城県警本部科捜研・主席鑑定官だった益子賢蔵ましこけんぞうRTXラボラトリー所長だ。

 千九百九十一年、『科捜研OBの益子先生』は四酸化しさんかルテニウム、RTXともいうんだが、その化学物質を気化させて指紋を浮かび上がらせる、万能潜在指紋検出液『DEVELOPER』を世界に先駆さきがけて研究・開発した。『DEVEROPER』は四酸化ルテニウムが油脂類ゆしるいれると、褐色かっしょくまたは黒色に変わる原理を活用した指紋検出液だ。


 つまり、四酸化ルテニウムは肉眼にくがんでは見えない潜在せんざい指紋の油脂分とスピーディーに反応するため、犯人の指紋をくっきりと浮き上がらせる。

 人体の皮膚はもちろん、普通紙、感熱紙かんねつし、布、皮革ひかく、ガラス、プラスチックから、ビニールテープ、ガムテープの両面、木製品、金属、石、壁まで相手を選ばない万能の鑑定力をめている。


 しかも湿気しっけれた表面の指紋でもOK。その検出精度は、紙や布に付着している指紋検出に昔から使われてきた、ニンヒドリンの三~五倍もの高精度と言われている」


 私は話を、まとめた。

「ご高説こうせつ、ありがとう。要するに容疑者が捕まって、DNA型鑑定で状況証拠、指紋で物的証拠が得られれば、いいんだな?」


 永山は答えた。

「まあな。あとは自白が得られればいうことはない。自白は『証拠の王様』だからな。 

 それにしてもこの事件に、えらく興味きょうみがあるな。小説のネタにでもするのか?」

「まあな……、ありがとう。さ、どんどん寿司を食ってくれ」

「じゃあ、遠慮なく。大将、ウニとウナギとアナゴね」

「へい」


 私はちょっと財布の中身が心配になって、つぶやいた。

「本当に遠慮えんりょがないな……」



 それから私は、この事件をあつかっているニュース番組をチェックした。

 更に、この事件を扱っている新聞、週刊誌も買いあさった。最初は大々的だいだいてきに扱っていたマスコミも、容疑者すら捕まらない状況になると次第に取り上げなくなり、そして事件発生から二週間が過ぎた。


 私が、それでもニュース番組をチェックをしていると、井口君がやってきた。

「市村先生、長編推理小説の方は、どうなっていますか?」

「ああ、三十パーセントくらい出来たよ」


 井口君はリビングのテーブルに山積みにされた週刊誌を見て、聞いてきた。

「三十パーセントですか……、まあまあですね……。

 あれ、市村先生が週刊誌を読むなんてめずらしいですね。いつもはニュース番組を見たり新聞くらいしか読まないのに」

「ああ、ちょっと、あの事件に興味があってね」


 井口君は少し考えてから、言った。

「ふーん、そうですか……。でもマスコミでも色々言われていますけど、女子高生にも問題があると思うんですよねえ……」

「どういうことだい?」

「何があったか知りませんけど、あんな夜中に可愛かわいいジェリス女子高校の制服を着ていたんですよね? 

 この八月の暑さでムラムラしている男が、いたずら心を持つことを知らなければいけないと思うんですよねえ……」


 私は意気込いきごんで聞いた。

「どうして被害者が、ジェリス女子高校の生徒だと分かったんだ?!」


 井口君は私の意気込みに少し、うろたえながらも答えた。

「え? あ、週刊誌の記事で読んだんですよ。どの週刊誌かは、忘れましたが」

「あ、そうか……!」

「それより長編推理小説の件ですが……」と井口君が言いかけた時、私のスマホが鳴った。永山と表示されていた。


「ちょっと失礼」と言って私は電話に出た。

『もしもし、市村ですが』

『俺だ。今、ちょっといいか?』

『ああ、何だ?』

『警視庁の知り合いから聞いたんだが、例の女子高生の事件で今、任意にんいで取り調べをしているらしい』


 私は意気込んで聞いた。

『何?! 詳しく教えてくれ!』

『何でも取り調べを受けているのは、女子高生と交際していた男子高校生、西城龍一さいじょうりゅういちだそうだ』

『なるほど……』

『お前、この事件にえらく関心があったから一応、知らせておこうと思ってな』


 私は、礼を言いながらも聞いた。

『そうか、ありがとう。で、状況はどうなんだ?』

『ああ、西城龍一は被害者と、もめていたことは認めているんだが、死亡推定時刻しぼうすいていじこくのアリバイを主張しているらしい。

 それに任意の取り調べだから、DNA型鑑定と指紋の照合、どちらも拒否しているそうだ』

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