破滅の左眼・不滅の右眼〜隻眼の魔術師

Gacy

第0章 終焉のはじまり

暴虐の目覚め

 鮮やかなタイル貼りの建物は跡形もなく無惨に破壊され,人々は燃え盛る瓦礫の中で炎に包まれ助けを求めて怒号と悲鳴をあげた。


 赤黒く焼けた肌が泡立ち,ピンク色に変色した皮が引き裂かれ,筋肉が露出し,血管が膨らみ破裂した。燃え盛る炎の中で人の形をした肉塊は,髪の毛を燃やし,筋肉が縮み,眼球があった二つの穴からは炎の柱をあげた。


 黒い煙が澄み渡る空を覆い,肉と髪が焼ける異臭が充満した。


 かつて鮮やかな装飾で彩られた広場の跡地には,焼け焦げた石畳とタイルの瓦礫が積まれ,中心には怪我をおった数十人の男女が一つに集められた。


 彼らを囲むように規律の取れた武装集団が整列し,興奮した様子で女子供の乱れた服を凝視した。


 しばらくすると燃え盛る瓦礫の向こう側から真っ黒な法衣に身を包み,磨き込まれた革製のベルトとバックルを光らせ,手入れのゆき届いた革靴を履いた集団が音もなく現れ,武装集団の列に並んだ。


 黒法衣の集団は重厚な革製の聖書を手に持ち,手首から伸びる銀製のチェーンが聖書に巻かれていた。装飾の施された金具は階級を示すかのように皆違っていて,細かい細工が施されていた。


 ほかの者たちよりも重厚で繊細な装飾が付いた聖書を手にした年配の男が一歩前に出ると,仰々しく革製の表紙をめくり,ゆっくりと視線を落とした。



「どのような魔術であれ,それを使う者はすべて邪悪な者として排除します。いままで,あなた方が税金を納める善良な市民であったことは知っています。だが,それはすべて偽りであり,現在,世界中で猛威を振るうこの疫病で国の半数以上が死にました。すべての元凶はあなた方,魔術師です!!」



 反論の余地すら与えず,聖書に眼を落としながら一方的に声を荒げて話すと,男の背後から鈍く光る長い槍を持った屈強な男たちが再び最前列に出て整列した。



「皆様には,最後のチャンスを与えます。これからあなたたちは神聖なこの槍で突かれ,聖なる炎でその身を焼かれます。炎に焼かれて死なぬ者は邪悪な魔術師である証……神に反する者として地獄に堕ちるでしょう。邪悪な魔術師であるか,そうではないかを証明できる最後のチャンスです!」



 男がゆっくりと目を閉じると,銀製の金具が大きな音を立て,革製の表紙が大袈裟に閉じられた。聖書を両手で持ち,高々と掲げると同時に長い槍の先が無抵抗な男女の身体を貫きそのまま勢いよく空高く掲げられた。



「おお! なんと美しい! 彼らに神のご加護を!」



 広場に血の雨が降り,悲鳴が響き渡ると,黒法衣の男たちが串刺しの男女に向かって一斉に祈りを捧げた。男たちの囁くように祈る言葉は,瓦礫のなかで燻る炎の音と熱風に掻き消された。



「すぐに磔台はりつけだいに彼らを! 息があるうちに神の炎を放つのです!」



 左右の脇腹から交差するように槍で突かれた身体は槍先が貫通し,ほとんどの者がその瞬間から息をしておらず磔台に乗せられたときにはすでに息絶えていた。


 そのなかにただ一人,息をすることも心臓を動かすこともなく,槍で貫かれ動かなくなった身体を恨めしく思いながら黒法衣の男たちを睨みつける者がいた。


 なにもできない男はゆっくりと目を閉じ,自分の身体が焼かれていくのを受け入れた。槍が刺さった部分から血が流れたが痛みはなく,もはやこれが自分の身体であるとは思えなかった。


 足元から燃え上がる炎が爪先を焦がし,指が焼け落ちると,ゆっくりと炎が全身を包み込み,焼け焦げた肉が落ちて骨が露出した。辛うじて眼球が破裂しなかったのは,固く目を瞑り,炎が直接瞳を焼かないよう抵抗したためだった。



「見せしめだ! このまま放置しろ!」



 雲一つない晴れ渡った青空は人間の焼け焦げた煙で黒く染まり,風は人の遺体をバラバラにした。


 黒法衣を纏った集団は,街で唯一残された教会へと移動した。教会のなかは豪華な装飾がそのまま残り,テーブルには葡萄酒ワインやフルーツが所狭しと積まれていた。ステンドグラスから射し込む僅かな光が真っ黒な空にもかかわらず,まだ空に太陽があることを教えてくれた。


 男たちが奥の部屋に消えてゆくと,それぞれの部屋には村の若い女たちが足首に鎖を巻かれ,全裸で床に倒れていた。


 磨き込まれた革靴の先が女の脇腹に深く刺さると,悲鳴をあげながら這い上がり,男たちの陰茎を黙って口にした。村の女たちは黒法衣の男たちが村に来て以来,毎日こうやってけがれた欲望を満たす道具として扱われた。


 男たちは椅子に座り,当たり前のように脚を開くとナイフを女の頭頂部に突き刺すように立て,射精するまで舌を使って奉仕させた。



「おい,こいつはダメだ。下手すぎる」



 年配の男がまだ初潮も迎えていない幼い女の子の髪の毛を鷲掴みにすると,力任せに喉の奥まで激しく犯した。


 泣きながら喉の奥を激しく突かれ,何度も嗚咽をあげながら男の精を注ぎ込まれると,少女は意識を失ってそのまま倒れて全身を痙攣させた。



「使い物にならんな。こいつの母親のほうがまだ長持ちしたぞ。まぁ,少々歳もくっていたけどな」



 槍に貫かれ,全身が灰になるまで焼かれた男はその様子を窓の外から見ているしかなかった。もはや涙を流すことはなく,残された眼球に次々と女たちが犯され,殺されてゆく光景を焼き付けていった。


 やがて眼球は頭蓋骨からこぼれ落ちると,転がるように瓦礫の隙間へと消えていった。


 怒りと憎しみを焼き付けた左の眼球は地中の奥深く,人間の手が届かない深い闇へと消えてゆき,憐れみと悲しみを焼き付けた右の眼球は瓦礫の隙間に挟まった。


 すべての女が犯され無惨に殺されてから十日が過ぎたころ,誰もいなくなった村に腹を空かせた狼の集団が残った人肉を目当てに集まっていた。


 瓦礫の隙間に挟まれた眼球は狼に見つけられ,ガリガリと音を立てて喰われた。その瞬間,狼の毛並みが乱れ,呼吸ができなくなり,必死に吐き出そうと長い舌を出して苦しみ始めた。


 すぐに狼は倒れ,痙攣しながら舌を垂らして呼吸を荒くした。狼の両眼は潰れ,右眼の奥から人間の目玉が盛り上がっていた。どれくらい苦しみ,のたうちまわっていたのかはわからないが,突然頭の上のほうから人の声がした。



「お前に選択肢を与えてやる。生か死だ。純血オリジナルであるお前に選ばせてやろう」



 頭上で聞こえる声に答えようと,心のなかで何度も生を選んだ。迷うことはなく,どんな姿でも生き延びることができるのならば,すべての人間に復讐を誓った。



「そうか,ではお前には不死の条件を与えよう。不滅である甦りと生き返り,そして闇へと堕ちた破滅の左眼,いずれお前は一つになる。起源オリジンである私からオリジナルであるお前に与える条件だ」



 それが最後に聞いた言葉だった。やがて人間の眼をした隻眼の狼は立ち上がり,深い森に帰って行ったが群に戻ることなく姿を消した。

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