第20話 今(2)
「あ、
「
このどうしようもない思いを捨てきれないまま、歩夢先生の病室に着いてしまう。
「どうしたの? 元気?」
「私は元気ですよ」
「そっか~。ならよかった」
見せられる歩夢先生の笑顔にドキッとしながらも、この笑顔はあと何回……なんて考えてしまい、自分の顔が歪んでいないか不安になった。
「麗桜ちゃん……? どうかしたの?」
「いえ。何も――」
ピロロロリンッ。
私は音のなった後ろの方を振り返る。
「あ、ナースコール! 歩夢研修医、佐々木さんのことよろしくお願いします」
香奈恵さんはそう言って歩夢先生の部屋を出ていき、残された部屋にはなんとなく気まずい空気が流れた。
「麗桜ちゃん、ここ座って」
わずかな沈黙を切る歩夢先生の言葉通りに私は動いた。
「午前中のうちに麗桜ちゃんに会えてよかったよ」
歩夢先生のストレートな言葉に私の心臓は飛び上がる。
「どうして、ですか?」
私に会えてよかった、なんて何か理由があるんだろう。どんな理由でも嬉しいけれど、この心臓の動揺をごまかすために私はしゃべる。
「実はね、今日の午後に検査があるんだ。心臓を中心とした大きな検査が」
「……っ! そうなんです、ね……」
聞いてはいけないことだったかもしれない、と心の中で反省する私は下唇を甘噛みしてしまう。
「あ、そんな不安そうな顔しないで。僕は大丈夫だから。
今までも何度か受けた検査なんだけど、今の状態を知らされるって考えると、結果が出るまでの間よくない方向に考えちゃって……」
歩夢先生の〝今〟の感情が〝今〟の私と重なる。
私もさっき書き込んだマークシートの結果が気になっている。
前よりよくなったかな、とか、退院できるのかな、とか……。
「だから会いたかった。麗桜ちゃんに。
だって、麗桜ちゃんは生活もままならない時期があったのに、ご飯も食べれるようになって、こうやって歩けるようにもなって……。
だから元気な麗桜ちゃんを見れば、検査もへっちゃらだって、安心できる気がしたんだ。
麗桜ちゃんの笑顔が見たかった! 僕は麗桜ちゃんが笑ってくれたら何ともない気がするから」
にこっと歩夢先生が笑うから、私もつられて笑ってしまう。
「私も歩夢先生の笑顔が見れると安心します!
私も今日マークシートがあって、検査待ちなんですけど、よくなっているって思っているだけかもって不安に思ってたんです。
だけど、笑顔の歩夢先生を見たらおかげさまで大丈夫な気がしてます。
ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそだよ! ありがとう麗桜ちゃん」
胸が熱くて、でも心地よくて……。
歩夢先生と思いが、今が重なって、私は未来への期待が少しふくらんだ。
もしかしたら歩夢先生みたいな人になれるかも、と。
また私は背中を押されて、強くなった歩夢先生への感情でおぼれそうになる。
恋でもあり、あこがれでもある歩夢先生への想いは、もう吐き出してしまいたいと思うほどに募っていた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます