第11話

 時刻は夜をとっくに過ぎ去っている。


 ジメジメとした暑さと風がちょうどいいバランスで、涼しさを保っている。今日は事前に断っていたから、れみは来なかった。最近楽しみになりつつあったれみの料理が食べれないのは残念で、道すがら購入した弁当がつまらなく見える。


「自分でも作れるようになってください。私は兄さんの奥さんではないんですから・・・・・・・・・まだ」


れみにいくつかレシピを教わって何度か試してけど、どうしてもれみの味は再現できない。調味料や煮込む時間、火加減とかも関係しているのかもしれないけど。


 今度はいつ来るんだろう。そのとき聞いてみようか。


なんだかんだでれみが来るのが楽しみになっている自分に気づく。


 だめだな俺は。


アパートの階段をのぼりきったら、部屋の前に誰かが立っていた。手にはスーパーで購入したであろう中身ぎっしりの買い物袋、トビラに寄っかかって膝を抱えている。


幼い頃何度も見た光景と重なった。距離があって横顔ははっきり見えないけど、自然と口が動く。


「れみ、お前どうしてここに?」

「あっ」


不安だったのだろうか。寂しげに垂れた眉尻と目がしょんぼりとしていた。


 目が合うと一瞬パァァっと輝く。刹那的に反転、口を真一文字にきゅっと絞って眉間に皺が寄る。不機嫌そうな顔で立ち上がって近づいてくる俺を待ち受ける。


え、なんであんな反応?


「こんな夜遅くまで女遊びですか。不良さんはいいご身分ですね」


女遊びって・・・・・・。不良って・・・・・・。今まだ九時前だよ? 


 その理論なら、れみだって不良に当てはまるぞ?


「お前こそ、どうしてここに? 今日来る予定じゃなかっただろ?」

「抜き打ちです。こうしないと兄さんは見えないところで手を抜きます。現に女遊びに精を出していますし、食事だって」


女遊びは完全な誤解だけど、れみがコンビニ弁当を睨む。それが変に後ろめたい俺は咄嗟に隠した。


それで話は終わりとばかりに合鍵を使って部屋の主より先に帰宅。すでに慣れたもので、居間へと進む。


「今日はバイトだったんだ」


弁解を聞いているのかいないのか。実に疑わしい視線でじいーっとされるといたたまれない。


「最近はバイトと大学の用事て忙しくて合コンやる暇ないくらいなんだよ」

「以前は合コンしまくりであったと」


 墓穴掘った。


 鋭い追求の目が更にキッ! と釣り上がる。


「不潔です。乱れています。そういうのは大人になって責任をとれる職業と収入を得てからすべきです」

「合コンなんだとおもってんの?」

「男女が乳クリ合う相手を探すために仲間と協力してときには蹴落としてときには出し抜き会う苛烈な狩場でしょう?」

「捉え方! 言い方!」

「とくに男性は相手をホテルに連れ込めるかどうか常に試行錯誤しながら女性とトークを繰り広げるのでしょう? いやらしい」

「男が皆そういうわけじゃねぇよ!」

「他にもポッキーゲームとか王様ゲームとかしているんでしょ?  いやらしい」

「れみはそういう情報誰から聞いてんの?」

「否定しないということは兄さんもしているんですね」

「誰からそういう情報聞いてんの?!」

「噂です」

「今度からそんな噂はあてにしないように!」

「兄さんは変わってしまいました。私はとっても悲しいです」

「お前ほどじゃねぇよ!」


バイト終わったらあとなのにれみへのツッコミは多分に疲れる。


「なぁれみ。食事って」

「喋りかけないでください合コンカイザー・ウェストハイマーさん。私は散らかしたものを片付ける作業に没頭してあなたのことを忘れたいので」

「ウェストハイマーの件は謝るからもうやめてください!  お願い!」


しかも不名誉な称号と組み合わせているし。


 正直片付けよりも食事のほうを優先してほしい。だって今日バイト行く前にある物を使ったから。それ片付けないで出たから。れみに知られたら・・・・・・。


 とんでもないことになる。


「れみ、こっちは俺がやるから悪いけど食事用意してくれないか?」

「なんですか? 彼女きどりですか? 奥さん扱いですか? 俺のれみは俺の嫁状態ですか?」

「何言ってんの? それになんで赤くなってんの? れみの美味しい料理を食べたいんだよ」

「・・・・・・・・」


お、効果あるみたい。


「買ってきたそれを食べたらいいんじゃないですか?」

「れみの料理が今すぐ食べたいんだ。れみの料理とコンビニ弁当を比べたら断然れみを選ぶに決まってるだろ?」


手がまた動きだしかけて焦ったけどなりふりかまってられない。


「ふ、ふん。そんなこと、誰にも言っているんじゃないですか」

「こんなこと誰にも言えないって。れみだけだよ」

「・・・・・・本当に?」


もう一押し。いける。


「まじだって。本当。もう毎日食べたいくらい」

「毎日?」

「というか一生」

「一生!? 自分がなに言ってるかわかってますか兄さん!」

「俺の偽らざる本音を喋っているってことだけはわかってる」

「〜そんなに私の料理が食べたいんですか?」


プシュううう、と煙が出そうなほど照れまくっているれみは顔を手で隠す。チラッと指の隙間からこっちをうかがう仕草がかわいくてキュンとした。


「もう、しょうがないですね兄さんは。お前なしじゃ生きられないとか俺に毎日味噌汁を作ってくれなんて。プロボーズみたいなことを」


照れまくったせいで聞き間違えたのかな?


  それとも幻聴?


 まぁなにはともあれ、うまく切り抜けられてほっとする。


「じゃあこれだけ最後に片付けて・・・・・・・・ってなんですかこれは」

「え?  あっっっ!」

「ほ、本当になんですかこれは・・・・・・」


プルプルと震えながら手にしている物。まさしくれみから隠したかった物。


 エロDVD。


「こ、こんなものを、兄さんが、持っているなんて」


おそれていた事態がおこってしまった。


 れみはこういう系のものは忌避している。きっと知られたら今まで以上に嫌悪されるに違いない。しかも、手にしているものは普通のジャンルのものじゃない。


「こ、こんなのどうして好きになっちゃったんですか!」


マニアックすぎるジャンルの数々。


 スカトロ、露出、熟女。


 それもすごいハードな内容ばかり。


 男性でも持ってたらひくのに、女性だったらなおのことだろう。


 言い訳じゃないけど、これはそもそも俺のものじゃない。健のものだった。


 興味本位で買ったらしいそれらを俺に押しつけて、放置している。正直見たくもなかったけど、俺もどんなのかって怖いもの見たさで見てしまった。


後悔した。ピクリとも反応しなかった。


 露出物は別として、それ以外のものは当分忘れられそうにない。


 もしもこのせいで将来子孫反映に支障をきたすことになったら健を訴えるくらいの勢いで、いつものハリと元気が息子にはない。


「いやあのな? れみ」


きっと話なんて聞いてくれないだろうと覚悟はしているけど、それでも探り探りに話しかける。このままだと俺がとんでもないマニアックな変態だってレッテルを消せないだろう。


「勝てないじゃないですか! こんなの!」

「え!? なにが!?」

「矯正不可能です! 手遅れです! もう少し兄さんと早く再会していれば!」

「そこまで?! 」

「年上が好きなのでしょう!? だったら年下が頑張っても意味ないじゃないですか! 私の努力はなんの意味もないって、ことじゃないですか! これじゃあピエロです! 踊らされていただけです! 傑作です!」

「頼むから落ち着いてくれ! 支離滅裂になってるぞ!」


よっぽどショックだったのか。自分の元義兄がそんなマニアックになっていたなんて。


「かくなるうえは・・・!」


れみをどうしていいかわからないまま悩んでいると、突然れみは服を脱ぎ出した。


「なにやってんのおまえ!」

「とめないでください! 私自らの体を使って兄さんを矯正します! 若い女の子のよさを身を持って体験してもらって真人間に戻ってもらいます!」

「意味がわからない!!!」


あれよあれよとに下着姿になったれみ。本当なら無理やりにでもとめなければいけないのに。一瞬見惚れてしまった。


子供らしさなんてどこにもない成熟した柔らかくて丸っこい体つき。きゆっとしまったら腰と下着に包まれた、たしかにあるブラジャーに覆われた胸の谷間。ほどよい肉つきの太もも。


 女だって否が応でも反応してしまう。


この子はれみで、俺はこいつの兄貴だってことを忘れてしまいそうになった。


「え、えい!」


意識が戻ったのは抱きつかれたとき。裸の女の子の柔らかさと衝撃からあたふたするしかない。


「だめだ! れみ!」


どこにこんな力が? って驚くくらいれみの力は強い。


 離そうとする俺と離れまいとするれみは、足元に注意していなかった。二人の足が引っかかってもつれて、盛大に転んでしまう。


「駿く〜ん。帰ってますか〜? これ去年の研究資料なんだけどよかっ・・・・・・た、ら」


一体いつ来たのか。チャイムを鳴らしたのか。いつの間にか小田先輩が居間に入ってきた。


「・・・・・・なにしているの?」


いつも優しくニコニコ笑顔の小田先輩の顔は引きつったまま硬直している。


「本当に・・・・・・・何しているんでしょうか俺たち」


散乱したエロDVDに囲まれて、下着姿で泣き顔の女の女の子(JK)を荒い呼気で押し倒している男子大学生(俺)。


完全に終わったと自覚せざるを得ない状況だった。

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