第17話 鬼族のボス

「どうかしたので?」小鬼がささやくように口を開いた。

大鬼に声が届いていたのか、いなかったのかは別にして、

巨大な鬼はディリオスの前に、立って眼下を見た。


男は逆に見上げていた。見上げるのは肩がこる。ディリオスは飛苦無に乗って、その大鬼の顏の位置までいくと尋ねた。「俺に何の用があるんだ?」


「逆だ。お前こそ何の用があって来たのだ?」そう言われてディリオスは確かに鬼の言う通りだと思った。仕掛けたのは己であって、自分の力では通じない者たちを相手に、一所懸命している自分に対して、何と答えるべきか迷ったが、本心を口にした。


「確かに俺から尋ねるのはおかしい。言われて初めて気づいた。これでも一応人間の中では強いほうなんだが、あまりにも通用しないので、どうしたもんかなと思っていた」


鬼は大笑いした。「ふはははははっ。この状況で普通は虚勢を張るか、嘘をつくものだ。だがお前は本心を言っている。お前のような存在は、人間には非常に少ないと言うより、見た事もないわ」


「嘘をつく意味は全く無い状況だ。俺の想像よりも、遥かにお前は強かった。だがこの森には恐ろしい奴がいる。この森の主と、お前たちを戦わせるのが目的だった」


「この森には何がいるのだ? 十体の最弱の鬼を送ったが、結果はこれだ」

頭部だけの鬼たちに目をやった。


「この森にいるのは、俺の実弟だ。だが天使や悪魔が出る前から、恐ろしさは変わってない。天使や悪魔が現れる前に、一度だけだが、食われかけた事があるが、あんたのその強靭な肉体に、奴の牙が通るとは、とてもじゃないが思えない。戦えばあんたが勝つだろう。だが油断はしない事を勧める」


「お前は逃がしてやる。久々に開放されたが、お前のように嘘偽り無く話す、気持ちのいい奴は長年生きているが、数えるほどしかいない。そしてお前は決して弱く無い。本当の力を出し切れば、勝てないまでも善戦はするだろう。俺以外では、白鬼と黒鬼以外には勝てるはずだ。さあもう行け、お前の望みは叶うだろう」


 結界の中からそれを見ていた三人は、何とも言えない表情をしていた。彼ならではの、分析を活かした交渉術で、結果的に成功への道を開いた。勝っても負けても、ディリオスにとっては、有利な道へと繋がる。第四の勢力は、皆それぞれ強さに対する自信がある者たちである事は、書物から知っていた。


強い相手で、油断しないようにと最後に勧めた事によって、否定的な意見を言わず、お前の望みは叶うだろうと言った。それはつまりは戦うという意味でしかない。そして彼らは皆、本当に強いからこそ、強い者に惹かれる。


仮にディリオスが本気で戦っていなかったら、この流れは作れなかったと言える。強い者の発言であり、その発言内容も嘘が無い。それは強者同士故の繋がりであった。ディリオスはその深層心理を利用し、戦いへと導いた。


嘘をつかない相手で、強さもあるが、自分よりは弱い相手に対して、発言撤回のようなプライドを傷つける事もしないだろうという程の強さを見せるには、全力で行くしか無かった。強き者と強さを認めた者の約束である以上、戦う以外に道は無い事も、強く刺激した。


 第四の勢力は、あくまでも自由を求める者たちであって、他者から命令される事を何よりも嫌い、逆にそのような事をすれば、襲われると書かれていた。命令では無く、頼み事も聞くようなタイプでも無いとも書かれており、ディリオスはどうするのが最善なのかを、自室で独りで苦慮していた。


そのような者たちを動かすには、どうするべきか? ディリオスは深々とあらゆる方法を考えても答えが出ず、苦心していた。しかし、これは成さなければならない事だと、折れる事の無い執念から彼は答えを導き出した。


一発勝負のこの策に成功させるには、臨機応変に対応する為にも、自分で行く事しかない事を、説明し、ミーシャに心配はかけるが、必ず戻ると約束をした。


こうしてディリオスは成功し、結果は本当に分からない戦いが始まろうとしていた。


サツキとアツキは、大鬼の言った言葉で、驚きを隠せずにいた。

大鬼と白鬼と黒鬼以外になら、ディリオスが本気で臨めば、勝てると言っていた。

飛苦無並みの硬度を誇る体を持つ者に対して、どうすれば勝てるのかが解らず、苦悩した。


ディリオスは北に向かって走り出し、暫くしてから気配を断った。そして鬼の動きに集中した。九十九%行くと分かっていても、油断出来ない程大きな問題であったからだ。


コシローは徒手拳等を習った事は一度も無かった。剣技に関しても同様だったが、己の心に巣くう怒りだけで、その何に対しての怒気かは分からなかったが、奴のエネルギーの源はそこにあった。


 人間の頃からそうだった人間が、怒りをコントロールしよう等とは考える訳は無いと、ディリオスは考えていた。そして相手が何者であろうとも、絶対に臆する事無く襲い掛かる、相手の力量等、奴にとっては無関係であった。その思想は第四の勢力に非常に似ていた。最悪の場合は、鬼を挑発し、自ら森に導こうとしていた。

それはつまり——死。それ以外に何も無かった。



ディリオスは実弟と似ている所もあった。天使や悪魔が現れる前から、徒手拳法を独学で学び、剣術に関しては更に独自性を持った、戦い方を苦慮しながら、永遠に極める事は無いと言い、徒手拳法と剣技を組み合わせて、密かに鍛錬していた。


アツキやサツキなどの御庭番衆が、王や妃の放った刺客や、彼にとって邪魔な存在などの来訪が決まり、到着するより前にいつも報告をしていた。


しかし、ここまで圧倒的な強さを持つ鬼を、ディリオスが本気を出せば倒せるという事には、驚きを隠せなかった。しかも大鬼が言うのであれば間違いないと思った。


この時、サツキとアツキは大きな勘違いをしていた。探る事は危険であるため気づけなかった。無論、智の番人は気づいていたが、敢えて黙っていた。


二人の兄妹は、大鬼がボスだと思い込んでいた。鬼のボスは白と黒の鬼であったが、ディリオスも気づいてはいたが、そのような仕草は出さず、気づいてないようにしていた。


鬼を森に入れるという事には成功したが、問題はコシローを倒せるかどうかにあった。


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