第10話 イシドルの野望

「まず、レッドストーンの王グランドはまだ悪魔にはなっていませんが、何か企んでいるようです。グランドの王、又は配下と、グリドニア神国の者の会話で、準備は整ったと話していました」


「総合的に考えて、レッドストーンは、どちらが操っているのかは、判断できませんが、悪魔がいる事だけは確かなようです。既に一万の兵を、悪魔にする算段をつけている事でしょう」


「海竜サーペントやクラーケンは、既に確認済の報告は上がってきています。悪魔にとっても面倒な相手になるので、一気にアドラム列島諸国の多数の兵士をグリドニア神国に送り、悪魔にするつもりのようです」


「これは全てイシドルの命令で動いています。一万の悪魔と同化を果たせば、イストリア王国でも、苦戦する事になるでしょう」


「この国で一番強い者は誰ですか?」

「この二人です」

「全く無理ですか?」

「失礼ながら、食うにも値しない程弱いです。悪魔は人間を食べると、僅かですが強くなります。ですが、この者たち程度ではそのまま殺すだけでしょう」



「現在、私の部下たちの強さを向上させるために、鍛錬させています。そして私は今、守備隊長も兼任しています。私の配下の中では、次に強い者でも、イシドルには敵いません。今の私なら、イストリア城塞とここまで距離なら、一時間あれば問題なく到着できます。こちらの兵士が身にまとっている白い装備を三式用意して、この部屋に置いておいてください。今日はこれで私は帰りますが、交渉は決裂したと、皆には言ってください。事が起きるのは、明日か明後日になるはずです」


「助けてくれるのですか?」

「貴方は良き国王なのでしょう。良き王は、出来るだけ助けることにしています」

「ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ貴重な情報で、話が見えてきました。奴らが相手なら私の配下を護衛につけましょう。ガルガもベナムも無理せず、我々に任せてもらいたい。二人とも強さは、確かな者たちです」



「このままではアドラム列島諸国の、国民も兵士も全ての人間が、悪魔にされます。この一連の動きは、イシドルの仕業でしょう」


「ですが、今後の事を考えると、イストリア城塞か他の地へ、移動する事をお勧めします。私には結婚を控えた相手がいます。噂はお聞きでしょうが、相手はイストリアの姫です。私の弱点は彼女だけです。つまり明日か明後日は、出来るだけ短時間で相手を滅ぼさないと、私の弱点をイシドルは狙ってきます。そういう訳なので、攻勢時間が分かったら、すぐ教えてください」


「そのような状況の最中であるにも関わらず、我々を助ける為に、動いて頂きありがとうございます。イストリア城塞に行く事を、真剣に話し合います」


「イストリアは、四季折々の季節があって、暖かい地と人で溢れています。今回は奇襲に近いので、イシドルは動かないほうに、賭けてみます。防ぐ事は、今回しかできません。アドラム列島諸国は、船上の戦いが得意と聞いています。他の天使も悪魔もいない土地への移動が一番理想でしょう。私が助けれるのも、今回だけになります。私は天使にも悪魔にも邪魔な存在で、目をつけられています。私の居場所がバレれば、色々と面倒になるので。私は本気で戦う事になるでしょう。イシドルが派遣する悪魔たちは、私が全滅させますが、二度目は無いでしょう」



「もしかしたら、強欲なイシドルが、グリドニア神国の滅亡を、愉しみのひとつとして、見に来る可能性はあります。あくまでも仮定の話です」


「ですが、もし私と奴が鉢合わせになったら、私の配下の者たちに、安全な場所までお連れします。ガルガもベナムも同様です」


「悪魔王と私の戦いには、誰も入ることは出来ないでしょう。私も本気の全力で戦うことになります」


「私の事は秘密にして、その二人で本気で斬りつけてください」

「この部屋なら誰も入ってきませんか?」

「入ってはきませんが、ここまで来れないでしょう?」

「外の窓から入れるので問題ありません」


「では一芝居お願いします。それではまた明日伺います」 


(アツキです。エステル・オリアンが見つかりました)

「ちょっと待って下さい。部下からエステル・オリアンの情報がきました」衛兵に目配りをして、ガルガとベナムは王と王妃を椅子に座らせた。報告は来たが、内容次第ではショックを受けると、分かったからだった。


(エステルはどこにいるんだ?)

(それが理由はわかりませんが、グリドニア神国の最東にいます)

(グリドニアに……? エステル以外にも能力者はいたか?)

(はい。多数の能力者と共にいます。動きが無い事から、監禁又は軟禁されているのでは無いかと思います)


ディリオスの真剣な顔つきから、何か問題がある事は理解できた。


(それは非常に不味い事態になるな)

(はい。イシドルに送るためでしかありません)

(ある意味、助かった。グリドニアには、サツキのように強さが分かる者が、いない事になる。つまりは潜入可能領域にいる事にも繋がる)


(それなら助け出す事も可能になりますね。能力者が同化すれば、今までイシドルが同化させてきた兵士とは訳が違うぞ。恐ろしく強い者も従える事になる)

(……助けるしか道はありませんね。居場所は、ディリオス様の予想通りの場所になりますので、簡単にと言う訳にはいかないです)


(それは問題ない。問題は俺の居場所が、イシドルにバレる事になる事だ。一気に殲滅して、エステルたちを保護する必要がある。城門には強力な結界を張って、侵入者はすぐに消せ。あとミーシャの護衛を追加する。俺の直属の配下を十名つけろ)


(わかりました。二千の悪魔兵と戦うのは、非常に厳しいものとなるでしょう。こちらの事は万全を期すので、戦いに集中して、他の事はお任せください)


(ああ。後の事は頼んだ)

彼の強張こわばった表情から、王も王妃も、良くない報告である事は覚悟した。

ディリオスは目をつぶって苦悩な表情のまま話を切り出した。


「エステル姫は生きています。しかし、現在はおそらくですが、捕獲されています。多数人間と共に捕獲され、ヴァンベルグに送る準備中だと思われます」

王妃イザベラは安堵していたが、ベイラード王は違った。


「これで完全に、レッドストーンの国王グランドは裏切り者という事になります。そしてグランドはグリドニア神国と裏で繋がり、全てはイシドルの思惑通りに、事は運んでいる事が、確実なものとなりました。あと、御察しの通り、捕獲者たちを警護しているのは、二千の悪魔兵です」


「一万の兵でも、ほんの僅かな望みも無いのですか?」

「ありません。しかし、捕獲者たちがイシドルの元に送られ、能力者の悪魔兵が数百出来る事は、今の段階では、絶対に阻止せねばなりません。悪魔兵の二千の強さは、ガルガやベナムくらいの強さだと、十万以上の兵がいても厳しいです」


「イストリア王国の防衛とイストリアのミーシャ姫には、私の直属の配下を護衛につけました。仮にイシドルでも、勝つ事は困難な程の手練ればかりです」


「状況は一変しました。既に、レッドストーンが裏切っている事は明白です。この地に留まるのは許されません。他の友好国には、裏切り者はいないようですので、声をかけて、進路を南に取って、イストリア王国の軍港まで、すぐに兵や民を率いて逃げてください。私はこれからエステル姫と、その配下たちを助け出して、イストリア王国に必ず連れて行きます」


「エステル姫が、私が味方だと思うような、何かしらの私物はありますか? 高価では無いもののほうが、好ましいです」


「それではこれをお持ちください」差し出されたものは、ペンダントだった。その

中には、いつも一緒だという意味を込めて、三人の名前が彫られていた。


「これは私にとっても初めての挑戦になります。グリドニア神国を見ればお分かりになると思いますが、二千の悪魔兵だけで、北西最強と云われた部隊を簡単に片づけるほど強い奴らです。事は急を要します、お二人が思う以上に、遥かに危険な状況ですので、すぐにも行動に移ってください。ではイストリア王国でお会いしましょう。イストリアの軍港にアドラム列島諸国の船が来る事は伝えておきます。それではまた後ほど」


黒装束の男は、一瞬で姿を消した。それを見て、相手の強さも想像を絶するのだろうと感じた。ベイラードはすぐに、レッドストーン以外の国に使者を飛ばして、民や兵士をまとめて、ディリオスに言われた通り、南に進路を取り、イストリアの軍港を目指すよう伝令を出した。


ディリオスは北部の少ない情報から、一番可能性の高い道を、見つけようとしていた。

グリドニア神国とアドラム列島諸国は既に、話がついている状態であり、イシドルは息子や自分も、騙していたほどの奴であった。非道な事も人間の頃から、リュシアンに隠れて、ハウンド部隊の兵士を鍛錬させていた。


そしてグリドニア神国の全ての人間が、イシドルの配下である悪魔たちと同化するとなれば、アドラム列島諸国に勝ち目は全く消え去るのは、明白だった。


(グリドニア神国の何者が裏で動いているんだ? 教皇自らの可能性も……いやそれは無い。なるほどな)ディリオスは風よりも速く、奴らの元を目指して戻って行った。


 イシドル自身は同化相手を探している。おそらく自分を狙っているのだろうと、ディリオスは考えていた。


しかし、普通にイストリア城塞に攻め込んでも、全くイシドルに勝ち目はない。仮に攻め込んだ天使たちが、幽閉されているとしたら? しかも強力な結界を張っている。あらゆる事を考えても、イシドルが、影に潜んでいるのは明白だった。


 ディリオスは同化した悪魔の強さを知りたいと思っていたが、まずは味方ではないが、天使の力が必要だと考え始めていた。天使が消息不明になったのは、ヴァンベルグに攻勢を仕掛けてからの事を考えると、居城ではなく、あのリュシアンが軟禁されていた、ハウンド部隊養成所だろうと、彼は考えていた。


仮にグリドニア神国に攻めようとしている悪魔の軍団を、自分が殲滅したとしても、奴を誘き出す事は出来ない。少しでも危険性がある場所に、自ら来ない事は、確信していた。彼は重い足取りのまま、グリドニア神国に向かった。



 イシドルは北部の制圧はもう時間の問題だと判断して、南部をどうすれば制圧できるか考えていた。ディリオスの予想通り、第六位の指揮官は幽閉されていた。しかし、状況の変化が起きなさすぎると、第四位の魔神の使者である使い魔が来る。イシドルは第四位が来る前に、自らを第四位以上の力を身につけ、己の地位を上げる為に、ほぼ確実であり、最低でも神の高遺伝子を有するディリオスが、どうしても欲しかった。


しかし、それにはイストリアの王女ミーシャは、不可欠だった。あの男が守っている

イストリア城塞から、あの男の弱点であるミーシャを奪取したとしても、あの男は簡単には諦めない。特にミーシャに対しては腕輪も渡している。他の者たちのように簡単に諦めるよりも、僅かな希望があれば、それに賭けてくる男だと認識していた。


ディリオスにとって特別な存在であるミーシャを奪えば、単身では来ず、先行はするであろうが、己の命が尽き果てるまでは決して諦めず、彼女を奪還する事に関しては、刃黒流術衆の全員を動員してでも来るだろうと、イシドルは熟慮した。そして無意識に、手足が震えている事に気が付いた。心は体にその本音を映し出す。イシドルは玉座に座りながらも、ディリオスが居る限りは、名ばかりの王でしかない事に気づいた。


ディリオスの思考や動向から、グリドニア神国やアドラム列島諸国に対して、少しでも人間を助けておきたいだろうと、イシドルは自分がそういう動向に向けて、必ず動き出すと考えているであろうと、ディリオス自身も思っていた。


 お互いに、相手の動向から性格を読み、それは現実として、彼らの全く異なる思惑通りに、動き始めていた。両者とも罠を仕掛け、そして罠に近づいていると感じていた。戦闘力、洞察力、思考力、決断力、英断力の全てにおいて、ディリオスが勝ってはいたが、油断は決して出来ない状況である事に、変わりはなかった。



イシドルは、その前に何とかして、同化を果たしたいと考えていた。昔のように時間をかけなくても、強力な悪魔たちを配下にしており、ディリオスやリュシアンにこだわるよりも、新たな地の強き者に目を向けていた。五十%でなくとも、四十%ほどの高遺伝子の者を探していたが、昔は手を焼いたグリドニア神国も、今の自分から見れば、いつでも滅ぼせる相手でしかなかった。イシドルは悪魔の兵を従えてからは、能力者を捕獲し、それを自国のヴァンベルグに送らせていた。高遺伝子の能力者は強い。故に、捕獲できる可能性も低かったが、能力者は殺さず、全て送るよう指示をだしていた。


そして天使や悪魔の位が一つ違うだけで、下位とは比較にならない程、中位は強豪揃いだった。イシドルの予想を遥かに上回っている程、中位の者たちは皆強かった。上位の天使や悪魔の事を考えるだけで、呼吸が苦しくなるほどの現実を、今なら昔より、より知る事が出来た為、彼は本気で上位の魔神たちに、仕える増していく思いを日々実感していた。その意思が本物であるのは、自ら理解しているのだと、その腐り切ったドス黒い心が、40%でもいいと、自然にそう思えたからだった。自分の生きた痕跡は全て消えてしまうが、ディリオスに、一泡吹かせたい思いのほうが強かった。

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