第33話 なんちゃって二刀流

 海が岩装小鬼たちと相対することになる十数分前。

 彩芽と佐紀は満身創痍の状態で第十層を歩いていた。


 第15層の階層ボス部屋から逃げ出して早三時間。普段の彼女たちならばゲートから出て、ロッカールームで着替えて、建物内のオシャレなカフェで一服しているところである。

 しかし、現状は違い二人は三時間で五層分しか移動できていない。

 それは何故か。


 

「おかしいわ…」


 ガキンッ!「グギャッ―――」


 今まさに岩小鬼を切り伏せた彩芽が呟く。


「何が?」

「多過ぎないかしら、怪物の数が」


 佐紀も彩芽同様、辺りを見渡し、そして納得する。


 二人の周りには炭化し始めている怪物たちがゴロゴロと転がっていた。海のように走ってダンジョンを移動しない限り第十層のような浅層で怪物と遭遇するのは五分に一回や十分に一回である。

 しかし、彼女たちには第15層から逃げ出してきた直後から引っ切り無しに怪物が襲い掛かってきていた。

 これこそが彼女たちが未だ五層分しか移動できていない原因である。


 15層で佐紀は足に怪我を負った。彩芽はそんな佐紀を救うために過剰ともいえる巨大な氷壁を出し、魔法を繰り出すために必要と言われている体内マナが枯渇気味。

 佐紀の足は服用した除痛薬のおかげで動かせているものの、前衛を熟すには心もとない状態。


 そのため、前衛を彩芽、後衛を佐紀という普段とは真逆の編成となっている。

 佐紀は後衛になることで本来の力を遺憾なく発揮し、彩芽をサポートしているが彩芽は慣れない前衛、しかも怪物多数と既に何度か怪物の攻撃をその身に受けていた。何とか踏ん張っている状態。


 そこに悪夢が襲来する。


「グフッ!」

「ゲフッ!」

「グホッ!」

「なっ、岩装小鬼が三匹も!十層なのにどうして!」

「彩芽!逃げるよ!彩芽にかけているバフ全部足に寄せるから転ばないようにして!」

「わ、わかったわ!」


 怪物は階層を超えられない。

 彩芽と佐紀は第九層に繋がる階段を目指してひた走る。

 追いつかれそうになるたびに牽制として魔法を放つ。

 一度振り返れば三匹が四匹になっていた。

 三度振り返れば四匹が五匹になっていた。


「彩芽、あと少し!」

「ええ!」


 あと少しで第九層に繋がる階段。二人の心に一筋の光が差す。

 だが、その光は一瞬のもの。瞬く間に消えゆくもの。


「なんで、どうして……!」


 彩芽の眼に一人の冒険者が映り込む。同時に階段の手前にさらに二匹の岩装小鬼が駆け寄っているのが見えた。出口を塞がれたのである。


 逃がさないという何者かの意図が感じられるほど、出来過ぎていた。悪い方に。


「そこのあなた!逃げて!!!」

「は?」

「岩装小鬼がこちらに向かってきているの!!!」


 必死に叫ぶうら若き乙女。


 その姿をソレは見つめる―――。




 ◇◇◇




 美少女からの「逃げて!」というお願い、承りました。逃げたいと思います。美少女からのお願いは絶対だ。


 が―――


「後ろにもいるじゃん……」


 逃げるため九層へつながる階段を見ると二体の岩装小鬼が既にその前を陣取っていた。


「あの、逃げれないんですけど」

「分かってるわよ!」

「えぇ……」


(理不尽だ……岩装小鬼たちを連れてきたのは君たちじゃないか…)


 擦り付けパス・パレードをされていないだけマシと考えておこう。


 二人は自分たちを追いかけてきていた五体の岩装小鬼の方を向き、俺は階段を塞ぐ二体+騒ぎになんだなんだと集まってきた怪物小物たちを向いている。

 だからお互いの素性も分からないままに背中を預け合っていた。仲間っぽくてなんかいい。女の子であればなおさらだ。


(俺、今ならなんだってできる気がするぅ……!)


「…どれくらい持ちこたえられますか?」

「……1分よ」

「彩芽強がらないで…」

「………30秒…」


(半減してんじゃん…)


 ただ、聞いたからにはやっぱなしでは済まされない。何としてでも第九層への道をこじ開ける。それが男ってもんだろう。


「じゃあ30秒だけ頑張ってください。俺が切り開きます」

「……出来るの?」

「―――ります」


 俺は鈍器メイスを右手に幅広剣ブレードソードを左手に持ち、腰を深く落とす。なんかそれっぽく構えているけど生まれてこの方武器を両手に持ったことなどない。何なら初めての戦闘昨日だし。


 だが彼女たちを不安にさせないためにも感情は一切漏らさない。強がる。おあいこ様だ。


「終わったら『今』と叫びます。聞こえたら戦闘を中止して一目散に階段へ駆け込んでください…」

「…分かったわ」

「…了解」


 あまりにも短い作戦会議が終わり、一瞬の静寂がこの場死地に訪れた。


(行くか……)


 第二層以来のフルパワーで地面を踏みつける。静寂を切り裂く。


「っ…………!」


 ドンッという音がするとともに文字通り、目と鼻の先に岩小鬼の顔が現れた。


「ギャッ!?」

「うわっ!」


 突然現れたかのように急接近した俺に岩小鬼は驚く。予想外の速さに俺も驚く。


 咄嗟に反応できたのは俺の方だった。


「よっ…と!」ボガッ!!!「ギャ―――」


 低姿勢のままぴょんッと右に一回転して衝突を回避し、去り際に俺の腕力と遠心力の加わった鈍器メイスで岩小鬼の頭をグシャリ。ハンマーで思い切り潰されたトマトみたい。


「次ッ…!」


 あっぶねぇと思ったのも束の間、すぐに別の怪物が近づいてくる。

 その怪物の名前は岩装小鬼ロックアーマード・ゴブリン―――昨日俺と死闘を繰り広げた小鬼頭ホブ・ゴブリンと同じ等級の化け物。

 今の自分がどれくらいの力を持っているのかわからないし、岩装小鬼の強さも分からない。

 とりあえず様子見のフルスイングを胴体に叩き込む。


「でりゃッッッ!!」

 ガキンッッッ!!!「グオッ…!!」

「硬ッッッ!!!」


 岩と金属のぶつかる音ではない。金属と金属がぶつかった音だ。

 それほど岩装小鬼は堅かった。

 重さも尋常じゃない。小鬼頭とは比にならない重量を持っている。


 今のフルパワーの一撃でも奴は打撃部分の装甲が砕け、後ずさりしただけだった。


「後回しだっ」


 幸いそれでいて素早いという理不尽はなく、重さ相応に遅かったので先に周りの雑魚を片付けよう。


「そいっほっやっとっどっこいっせっ!」

 ザシュッ「ブモッ―――」ザシュッ「キュ―――」ザシュザシュッ「「ギャッ―――」」ズバッ「ギャ―――」シュバッ「ギ―――」ザッ「ブベ―――」ザシュッ「ギョエ―――」……


 敵の間を縫うように高速で移動して適当に左手の幅広剣ブロードソードを振り回す。一秒一秒変わっていく周りの景色に脳が追い付かず、本能、反射の思うままに身体を動かすだけ。脳の仕事は秒数を数えるだけ。


 こんな風に戦っていたらいつかぽっくり死ぬんだろうなと思いながら、残り数体の雑魚を放置し二体の岩装小鬼に向かっていく。


 残り十秒―――。


(二体とも仕留めるのは無理だ。さっき戦った個体は腹に幅広剣ブロードソードを突き立てて、ぴんぴんな個体はさっきと同じ感じでフルスイング。一瞬動きを止められたら儲けもんだな)


「うん、それでいこう…!」


 作戦とは言えない博打を急接近しながら考え、行動に移す。

 岩装小鬼に思いっきし鈍器メイスをぶつけた右手にほとんど力が入らないから左右の武器を入れ替える。


 直後、着弾―――。


「あ゛あ゛あ゛あ゛っっっっっ!!!」


「「グオオオ!!」」と叫ぶ二体に渾身の一撃をそれぞれ一発ずつ叩き込んだ。


 ブスッ!!「グアッ…!」ガギャンッッッ!!!「グフッッッ…!!」


 一体は俺の幅広剣ブロードソードが腹に突き刺さり数歩後ずさる。もう一体は衝撃のあまり腹部の装甲が砕けると同時に尻もちをついた。


 残り五秒。今しかない。




「―――いまあああっ!!!」




 俺はあらん限りの声で合図を出す。




「「…っ……!!!」」



 その合図を聞いた二人は戦闘を即座に止めこちら階段側に走ってきた。

 二人が俺を追い抜かすと同時に俺も再び駆け出す。


「間に合ったわ…」

「危なかった…」

「死ぬかと思ったぁ……」


 間一髪。七体の岩装小鬼が敵意を剥き出しにして俺たちを睨みつける姿を階段で見下ろすことが出来た。奴らは階層を超えることが出来ない。


 何とか生き延びることが出来た。

 さぁこの感動を分かち合おうじゃないかと俺と同じく階段に座り込む二人に話しかける。


「何とかなりましたね……」


 普段の俺なら絶対に自分から話しかけるないのだが、今はアドレナリンで積極性のパラメータが跳ね上がっていった。


「ありがとう美作、助かったよ」

「いやお礼されることはなにも……へ?」

「…え?」


 アドレナリンによる一種の興奮状態が途端に覚める。

 自己紹介していないのに何で俺の名前を知っているのだろう。

 俺は数段上に座る彼女たちの方を振り返った。


「あれ?小松さんと氷室さん…?」

「やっぱり美作だったんだ…」

「なぜあなたがここにいるのよ……!」



 ダンジョンで女の子を救ったら、その女の子がスクールカーストトップの陽キャだった件―――。





 ◇◇◇





 ソレは自らが引き起こした事の初めから終わりまでを全て見ていた。


 彩芽と佐紀が15層を脱してから10層に至るまで怪物雑魚をけしかけ反応を見ていた。どういった場合にあの生き物たちはどう動くのかを観察していた。

 彩芽と佐紀を警戒していたと言えよう。


 そして突如現れた海のことも当然見ていた。爆発的な加速、無茶苦茶に見えて無駄のない斬撃、打撃の嵐。

 だがしかし、その生き物からスキルが使われていたようには見えなかった。素の身体能力だけで蹂躙したのか、それとも外からは見えないスキルを行使したのか。


 ―――分からない。


 ソレは未知の恐怖に抗えなかった。


 今、階段に座るあの生き物はもしかしたら自分の存在に気付いているのかもしれない。自分が殺意を向ければ、未知の力で自分の命を奪い去るかもしれない。


 ―――観察しなければ。


「……」


 ソレは岩壁に馴染んだまま来た道を引き返す。


 ソレは殺し時を間違えた―――。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




明日は金曜ですが7:01と19:01に一話ずつ投稿します。

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