第29話 視線の先には水鉄砲

 本日二話目です。


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「お~新天地って感じがするな~」


 家から約一時間。渋谷とはまた違った賑わいを見せる府中駅を出て、そこからさらに五分ほど歩くとようやく着いた。


『冒険者センター府中支部』―――。


 ノルマが終わるまでお世話になる『府中』ダンジョンのゲートを中に持った、国営の建物である。大きさは渋谷のセントラルを一回り二回り小さくしたくらいのサイズ。デザインはなるべく街に溶け込むようにと近未来成分は抑えめ。


 新天地だな~とか言ってけど、それは気分の話。

 中に入ってしまえば、ファンタジーな格好をしたお姉さま方、冒険者関連の施設で商品を物色しているお姉さま方、飲食店で楽しそうにお茶するお姉さま方、受付で働く受付嬢のお姉さま方がいるため目に見える情報は渋谷のセントラルと大して変わらない。


(さぁて、装備を整えますか…はぁ、いつ買おうかな学校のジャージ)


 そんな府中支部の入り口にて。ザッと辺りを見回した俺は昨日ボロボロになってしまった学校のジャージを想いながら装備を整えるため、まず初めに『シーカーズフレンド』の冒険者用装備専門店へと向かった。


「「「いらっしゃいませ」」」


 入店と同時に明るい声が店内の至る所から聞こえてくる。

 と、同時にどこか聞き覚えのある声も聞こえてきた。


「あれ?カイじゃん久しぶり」

「え?カイ君なんでここにいるの?」


 男の声に「ボッチなので人違いです」と答えそうになったが、女性の声も聞こえたので振り返る。


「あ、久しぶり。マサヒコと…ユリ」


 そこにいたのはセントラルを初めて訪れた日に出会った、北条正彦と草加部ユリの二人だった。二週間と少しぶりの邂逅である。

 下の名前で呼べたことをまずは褒めて欲しいところだが、二人陽キャにとってはそれが当たり前。昨日も会ったかのような距離感で話始める。


「なぁなんで海がここにいるんだ?もしかして近くに住んでたりするのか?」

「…いや、違うよ。家から一番近いのは渋谷だよ。今日ここに来たのは…そうだな…知人に『府中』ダンジョンをお勧めされたから、かな」

「へ~、そうなのか…てか、その口ぶり、お前もしかして冒険者になったのか?」

「う、うん。ほら」


 俺はボディバックから白色の長方形――冒険者カードを取り出して二人に見せる。マサヒコもユリも「やったな」「おめでと~カイくん」と自分のことのように喜んでくれた。本当にいい奴らだ。


「そういう二人は近くに住んでるの?」

「あぁ、俺とユリは調布に住んでるからな。家から一番近いのがここなんだよ」

「自転車で来れるんだよ~」

「へぇ、それは楽でいいね」

 ヴッ

「…でさ、カイ。お前今からダンジョンに潜るのか?」

「まぁそうだね。と言っても装備品もまだ買っていないから、入るのは午後からになりそうだよ」

「そっか、これから入ろうとしてたからカイもよかったら一緒にって思ってたんだけどな。それなら仕方ないか。ダンジョンの中で会ったら声くらいかけてくれよ?」

「…っ……う、うん。時と場を考えて声をかけてみるよ」

 ヴッ

「よろしくね~カイくん。新人同士頑張ろ~」

「うん、よろしく」


 それからほどなくしてマサヒコとユリは店から出て行った。

 二人の姿が見えなくなったところで俺は店内の邪魔にならないところに移動し、会話中に振動していたスマホをポケットから取り出す。


 朝陽さんからのLimeだった。


(俺、朝陽さんと連絡先交換してないんだけど……)


 桜子さんが教えたのかな?だとしたら桜子さんから連絡が来るはずだ。

 さては勝手に桜子さんの携帯弄ったな?と今もダンジョンラボに籠って研究しているであろう残念美人を思い浮かべてLimeの内容を見る。


『おはよ~カイ君』

『水鉄砲と水筒持って行った~?』


「……」


『何のことですか?』

『惚けても無駄だよ~。君の考えはお姉さんには筒抜けさ

 個性的でいいと思うよ。水鉄砲の戦士

 それに他の方法だと100体は相当キツイよ?いつまでも府中にいることになるよ?』


「……」


『分かりました。今装備買ってるとこなんで、それが終わったら買いに行きます』

『思い出してくれて何より。なるべく水圧が強いのを選ぶんだよ~』


 スマホをポケットに突っ込んでから天井を仰ぐ。


「……ちくしょう…頑張って忘れてたのに……」


 今朝、家で自分自身にかけた洗脳が解けた。


サンドスライムの簡単な倒し方!水鉄砲を使って中にある核を打ち抜くべし!以上』


(滅茶苦茶かっこ悪いじゃん……)


 一文字たりとも違えることなく思い出してしまった。




 ◇◇◇




「ママ~、ぼくもあれほし~」

「どれかな~?……っ…こうちゃんあっち行こっか…」

「なんで~?」

「仮面ライダーベルトがあるわよ」

「仮面ライダー!?いく!」


(あぁ、無邪気っていいな~。俺も今ばかりは子供に戻りたい…)


 片手にレジ待ちをしているした俺を通りかかった子供が指差し、母親が見ちゃいけませんとばかりに手を引く。

 周りにいるガキんちょたちも指をくわえていいな~と俺の手元の水鉄砲を凝視していた。恥ずかしいことこの上ない。ノルマ達成のため、早く終わらせるためと自分に言い聞かせて堪えしのぐ。


「次の方どうぞ~……プレゼント用に梱包いたしますか?」

「いえ、結構です。すぐ使うんでレジ袋もいりません…」

「…畏まりました。一点で2500円となります。お支払いは現金にいたしますか?」

「いえ、冒険者カードでお願いします」

 ピッ

「…またのご来店を……次の方どうぞ~…―――」


 店員さんの声と子供たちの羨望の眼差しを背に建物内にあるおもちゃ屋をあとにする。

 渋谷とは違い、ここ府中支部は冒険者だけでなく近隣住民をターゲットにした店も多く入っており、渋谷とはまた違った何というかアットホームな雰囲気が漂っていた。


(ふぅ、これで買い物終わりっと)


 丁度昼時。アットホームな雰囲気の中、買い物を終えた俺は家族連れが多く行きかう道から一歩外れて止まり、今さっき買った水鉄砲を背中のホルダーに取り付ける。


 それから近くにあった洋服屋の鏡で自分の姿を見た。


 全体的に黒っぽい上下の装備は身体の動きを阻害しないようにピチッと張り付いている部分と攻撃から身を守るためのプロテクターが至る所についており、無骨ながらも機能美が感じられる。腕には冒険者カードを入れが、腰には携帯食を入れが付いていた。


 振り返ると背中には武器を取り付けるためのホルダーがあり、鞘に入った幅広剣ブロードソードや柄の先に打撃用の頭部を持つ武器――メイスが取り付けられている。着ている装備自体が身体に馴染み過ぎているせいでより重く感じられた。が、それ以上に重厚感があってカッコいいなと思えた。水鉄砲の蛍光色がその重厚感を台無しにしているが……。


 水鉄砲を除けばいい買い物をしたなと思える。


 これら水鉄砲以外の装備は全て『シーカーズフレンド』の装備店で買ったものだ。

 朝陽さんとのLimeを終え、水鉄砲のことしか頭になかった俺は予算100万円でなるべく物が良くかつ初心者でも使いこなせる装備一式を見繕ってくださいと店員さんに丸投げした。その結果が今俺の身に纏わりついているということだ。

 100万円はお小遣いとかお年玉をコツコツ溜めていたから出せた。現金じゃないからあまり払うのに抵抗がなかったな。冒険者カードのクレジット機能恐るべしだ。


 洋服屋から出てゲートに向かう途中、冒険者カードはあるか、携帯食料は持ったか、ロッカーに入れるべきものが他に残っていないか等の確認作業を行う。


「…よ~し、ダンジョン潜りますか……」


 問題がないことを確認した俺は背中に多くの視線を感じながら、足早にゲート前の広場を突っ切り、ゲートをくぐった。


 早くノルマを終わらせたい気持ちでいっぱいだった。



 ◇◇◇



「…水鉄砲?…今のって……」

「どうしたの佐紀。行くわよ?」

「…あ、ごめん彩芽」

「どうかしたの?」

「見覚えがある人がいたと思ったんだけど、人違いだったみたい」

「あらそう」


 北条正彦、草加部ユリのほかに海を知る人影が二つ―――。


 


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 海が買ったものリスト

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 seeker's friend社製 

 柊大志ひいらぎたいし監修

『ダンジョンルーキー』上下+靴セット 460000円

 ↑

 初心者装備ではかなり高い部類


 護身用短剣ダガー 200000円

 ↑

 他の武器と比べて物が良く長持ちする


 量産型 対八等級幅広剣ブロードソード 100000円

 量産型 対八等級棍棒メイス 150000円

 ↑

 初めから買い替えを考えている

              計91万円

 ―――――――――――――――

 その他:ダンジョン内必須品 50000円


     竜胆真の写真集 1000円

     ↑

 目に入ったのでとりあえず買ってみたが、後で邪魔だと気づき、ボディバック、着替えとともにロッカールームに仕舞われている。

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