第22話 次のステージへ
二回目の実技講習に参加した翌日。三回目――最後の実技講習を控えた夕方前。俺は滝のように汗を流しながらランニングマシンの上を疾走していた。
「海君!あと100mですよ!頑張って!」
「桜子さんの応援っ…元気等倍!だーーーーー!」
「等倍じゃ、そのままじゃん……」
桜子さんの声援に応えようとするも今以上の速度はどう頑張っても出ないため現状維持に全力を注ぐ俺。二階から降りてきて珍しくまともなことを言う朝陽さん。
「これで、終わり…だぁぁぁぁ!」
昨日の夕方から夜遅くにかけて、そして今日の朝から今まで10時間ものハードワークが終わる。
<投擲のスキルボード>
――――――――――――――――
右上:スクワット 10000/10000回 達成!
右下:懸垂 10000/10000回 達成!
左下:ランニング 100/100㎞ 達成!
左上:シャドウピッチング タオル
右 1000/1000回 達成!
左 1000/1000回 達成!
――――――――――――――――
報酬
スキルボード 【土属性魔法】
スキル 【投擲】
――――――――――――――――
「海君、どうぞ」
「ありがとうございます」
桜子さんから貰ったポーションを飲みクールダウンしながら、相も変わらず呑気にふよふよと目の前に浮かぶ石板を眺める。
(なんとか間に合った……)
そして達成感を噛み締めた。
自分は成長していると実感することのできた10時間だった。
<始まりのスキルボード>の筋トレを熟していた時よりも体が軽かった。
鈍っていた身体が本調子に戻ったことも身体が軽いと感じる要因になっていることも確かだが、それ以上に【身体能力補正】【自然治癒力補正】の
昨日、朝陽さんに【身体能力補正】と【自然治癒力補正】の平均は100%上昇――2倍と聞いていたから1.1倍になる10%なんて…とか思っていたけれど、平均云々を気にしなければ10%上昇も十分すごい効果なんだ、と後から気づいたよ。
やっぱりデメリットは鬼畜な筋トレだけだな。
(…でも、それ以上にこれはなぁ……心躍っちゃうよね)
しかし、その気づきは目の前の石板が表示している情報と比べると些細なことでしかなかった。
そう、属性魔法系のスキル…【土属性魔法】のスキルボードが現れたのだ。
「くっくっくっ……ついに、ついに来たぞ!」
喜びのあまり初日と同様気持ちの悪い笑い方をしてしまう。
以前と違うのは俺がそういう人間だと思われているため、誰も気が触れたぞ!と騒いでくれないところか。
「カイ君、その笑い方やめてって初日に言ったよね?」
「あ、はい……すみません」
「まぁ、いいや。で、そんなに喜ぶスキルだったの?次のやつ」
情報端末を弄りながら静かに俺を注意した朝陽さんが聞いてくる。
「そうなんですよ。なんと【土属性魔法】でした!」
「ちぇっ、新スキルじゃないんだ…つまんないの……」
テンション高々な俺から出た言葉を聞いた途端、あからさまに興味を失った朝陽さん。
(…何てこと言うんだ)
俺は少ししょげて朝陽さんから目を逸らし、いつからか俺の背中をツンツンしていた桜子さんに声をかける。
「あの、桜子さん…」
「あぁ、すごい……固い…立派な広背筋………はっ…な、なんですか海君」
「えっと…触ったままでいいので【土属性魔法】について教えてもらえないかなぁ、と」
「わ、分かりました…講習まで時間がないので手短に説明しますね……」
俺の頼みに頷いた桜子さんは頬を髪色と同じく桃色に染めながら、俺の背中をさわさわと触りながら説明してくれる。
「土属性魔法とは武術系スキルと同じくらい人気がある属性魔法系スキルの一つです。その名の通り土を自在に操ることが最大の特徴でして……その…限りなく物理攻撃に近い魔法なので他の属性系魔法と比べて人気がないと言いますか…いまいちパッとしないと言いますか……で、でも、地面を隆起させ、その上に乗ることで一時的な安全地帯を作り出せますし、土性のかまくらを作ればテントの代わりにもなります。投擲同様、冒険を進めていくうちに段々とその有用性が分かってくるスキルですね。……投擲と同じく『あれ、すごく強くない?』ってやつです」
(…投擲と一緒で人気ないんだ……)
初めは顔を明るくさせていた俺だが、桜子さんが言い淀んだ辺りから表情が曇り始め、終いには桜子さんに気を遣わせてしまうくらい落ち込んでいた。
落ち込ませてくれ。上げて落とされるのは昨日と今日で二回目なんだ。
昨日は初めての純戦闘スキルが不人気な良スキルだった。
今日は初めての魔法スキルが不人気な良スキルだ。
「なんで落ち込んでいるのさ。桜子ちゃんを困らせないでよ」
朝陽さんは言う。良スキルならいいじゃん。不人気でも……と。
確かにその通りではある。贅沢言うなって話だ。
(でもさぁ…カッコいいスキル一つくらいは欲しいじゃん…)
しかし、それでもだ。
俺だって男なんだ。中学二年生の心は多少なりとも持っている。
腕じゃなくて剣を振り回したいんだ。土じゃなくて炎を発射したいんだ。
「あの、海君。そんなに落ち込まないでください。土属性魔法も投擲も素晴らしいスキルであるのは間違いありませんので…」
ただ、女性に心配を掛けさせてしまうくらいならちっぽけな男心は捨ててしまおう。さわさわと俺の背中をさすりながら俺の顔を覗き込む桜子さんの桃色の瞳が揺らいでいるのを見て、現状をありのまま受け止めた。
「桜子さんすみません、気を遣わせてしまって。……ちょっとぬか喜びしちゃったな感が、ね…。もちろん、桜子さんの説明で【土属性魔法】が有用であることは理解できましたよ?戦闘面だけじゃなくて、実用的な部分でも【土属性魔法】があれば、選択肢の幅が広がりますし、何より【投擲】との相性がいい。【土属性魔法】があれば球切れの心配がありませんから」
「そう、そうですよ!【投擲】と【土属性魔法】を完璧に使いこなせるようになったら、海君は上位冒険者の仲間入りです!それに海君はこれからも多くのスキルを手に入れていくんです。例えそれらが全てパッとしないスキルでも『数の力』でさらなる高みを目指せるはずです!」
「……桜子ちゃん。慰めになってないよ、それ」
(珍しいですね…朝陽さん、あなたと意見が合うとは…)
「…あ、すみません。海君」
「全然かまいませんよ。事実ですから」
筋肉を触っているからか、若干ハイになっていた桜子さんが再び顔を染める。かわいい。
しかし、いつまでも桜子さんを見ているわけにはいかない。
最後の実技講習を受けるためにそろそろダンジョンラボを後にしなくてはならないのだ。
シャワーを浴び、学校指定のジャージを着て出る準備を整える。
数分して準備が終わり「さぁ行きましょうか」と桜子さんに目で合図すると桜子さんも「行きましょうか」と目で応える。
「最後の講習は実戦があります。相手は言葉の通じない異形の存在たちです。しかし、恐れることはありません。危機的な状況になる前に教官が助けてくれますからね。だから海君は動きながらも考え続けて下さい。考えて考えて考えて……強くなってください。心は熱く、頭は冷静に、です」
「胸に刻んでおきます」
何故か別れの雰囲気が漂う二人の間。
ダンジョンラボを出る直前、朝陽さんに呼び止められたことで――理解する。
「―――カイ君。まだまだ君の【スキルボード】は分からないことだらけだ。スキル検証終了とは言い難い。でも、いつまでもここで体を動かすのはつまらないでしょ?講習が終われば君は晴れて正式な冒険者になる。幼稚園児みたいに桜子ちゃんに引率されてダンジョンに入る必要がなくなるんだ」
「…そういえば、そうですね。忘れていました」
さっきまで必死に走りまくったり、スキルボードに一喜一憂していたから、つい忘れていた。
いつまでもここに入れるわけじゃないんだ、と。
(なんか、寂しいな……)
桜子さんと朝陽さんと毎日会うのが当たり前になっていたのでいざお別れとなるとね…。
朝陽さんによく悪戯されたりしていたが、それを含めてここは居心地が良かった。
「――今までありがとうございました」
桜子さんと朝陽さんの顔を見てから深く頭を下げる。
顔を上げると朝陽さんが何言ってるんだ?という顔でこちらを見てきた。
「今生の別れみたいに思ってるとこ悪いけどさ、正式な冒険者になろうが、一流になろうが【スキルボード】を調べ終わらない限り、君は私の研究素材なの。分かる?今までみたいに毎日顔を合わせる必要はないけど、定期的に顔を出して報告する義務はあるからね?投擲だって実際に見ていないんだよ?やることはいーっぱいあるんだ」
「……そうでしたね…」
「で、まだ海君から聞いていないんだけど、次のノルマ。教えてくれる?」
(そういえばそうじゃん…)
どうやら早とちりをしてしまったらしい。
畏まった顔で頭を下げた数十秒前の自分が恥ずかしくなる。
ついでに<土属性魔法のスキルボード>のノルマを見るのも忘れていたようだ。
「あはは…まだ見てませんでした。…えっと―――
<土属性魔法のスキルボード>
―――――――――――――――――――
右上:洞窟型ダンジョンに滞在 0/100時間
右下:鉱物系怪物の討伐 0/100体
左下:泥団子を作る 0/1000個
左上:土属性魔法をくらう 0/100回
―――――――――――――――――――
報酬
スキルボード 【?????】
スキル 【土属性魔法】
―――――――――――――――――――
―――……洞窟型ダンジョンに100時間滞在、鉱物系の
自分で口にして思う。なんじゃこりゃ、と。
ノルマを聞いた桜子さんと朝陽さんも一瞬ぽかんとする。
少しして朝陽さんが笑い始めた。
「くくくっ、洞窟型ダンジョンか……まるで君の現状を把握しているかのようなノルマだね。まぁ、頑張ってよ……泥団子作り…ぷふっ…!報告待ってるから…くくくっ…あーおなか痛い。」
「…朝陽、失礼ですよ。海君だって好きで……泥団子を…作るわけじゃないんですから……っ…」
(…当分ここには来ないでおこう)
腹を抱えて笑う朝陽さんと顔を真っ赤にさせて笑うのを堪えている桜子さんを見て思う。せめて【土属性魔法】を獲得するまでは来てやるもんか、と。
「桜子さん。遅刻しちゃうんで早くダンジョンの外に連れて行ってくれませんか?」
「あっ、そうでしたね。ごめんなさい海君、つい」
「別にもういいですよ。行きましょう」
「じゃあまたね、海君。…泥団子作り頑張って」
「はいはい、それではまた」
「……ふふっ…はっ…ごめんなさいっ。今のは朝陽がっ」
「桜子ちゃ~ん、自分の非は認めないと~」
「うっ、朝陽のくせに生意気ですね……あっ、海君一人でいかないでください!」
俺はスタコラサッサと一人、出口に向かって駆けていく。
「もう、一人で行っちゃだめですよ?」
「……」
桜子さんに一瞬で追いつかれたことは言うまでもない。
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