第7話 始まりのスキルボード

 2時間後―――。


「……疲れた…」


 五大基礎体力である視力・筋力・持久力・瞬発力・跳躍力。

 そのすべての能力測定がようやく終わった。

 いきなり出てきた巨大スクリーンに映し出される光をタッチしたり、いきなり出てきた様々な筋トレマシーンを使ったり、走ったり跳んだりと大変だったよ。

 スキル検査はまだ終わっていない。ようやくそのための準備が整ったと言える。信じられない。


「はーい、お疲れさまー。でも嘘はいけないよ。疲れてないでしょ、毎測定前にポーション飲んでるんだから」

「…心が疲れてるんですよ」


 くそったれ、悔しいが身体的には全く疲れていない。むしろ元気なくらいだ。

 体を温めるためのランニング・ストレッチの後、全ての測定前にポーションと呼ばれる怪しげな青色の液体を飲んでいたからだろう。飲んだ後に毎回毎回「それ高いんだからちゃんとやってねー」と言われたから毎回ちゃんと全力でやったよ。

 その代償として心が疲れた。


 一等級冒険者である桜子さんも流石に俺を見て気の毒そうな表情を浮かべている。


「よし。じゃあ【スキル】使ってみようか、美作君」

「ちょっと休ませてもらえませんか…」

「この後冒険者説明会なんだろう?間に合わなくなるよー」

「…そうだった」


 ちくしょう正論だ、なんも言えねぇ。


「分かりました…でも俺、スキルなんて使ったことないんでどうやってやるのか分からないんですけど」

「スキルを使おうとしてごらん。そしたらなんとなく使い方が分かると思うよ」

「さいですか…」


(スキルを使おうとする意識ねぇ…こうか?)


 俺は【スキルボード】を使うぞ!と強い意志を持つ。

 するとどうだろうか。

 なんとなくではあるが頭の中に【スキルボード】の発動方法が浮かんできた。非常に朧気ではあるがなんとなくわかる。そんな感じ。


「―――スキルボード」


 俺は思うがままに右手を前に突き出し呟く。

 直後、目の前に大きなひし形の石板が現れた。


「…なんだこれ……」


 目の前、右手の先に浮かぶ淡く発光する石板を見てぼーっとしていると上の階のガラスの向こうで伏せていた朝陽さんが声をかけてきた。


「『マナ』の発生を感知したんだけど、何か起こったー?スキル使った?何ともない?爆発した?」


 その声で意識がはっきりとする。

 爆発物じゃないんだけど。


「…あぁはい。目の前にひし形の…少し発光している?石板が浮かんでます」

「ひし形の石板…ですか。私たちには見えませんね」

「そうだね桜子ちゃん。―――美作君、私たちには見えないんだけどその石板には何か書いてある?それともただの石板?」


 聞かれて再び目の前でふよふよと浮かんでいる石板―――スキルボードに視線を戻す。


「ん?なんだこれ…」


 そこには文字が書いてあった。さらによく見るとひし形を四等分する線があるのも分かる。


 ―――――――――――――――――――

 右上:マラソン 0/100㎞

 右下:腕立て伏せ 0/10000回

 左下:腹筋 0/10000回

 左上:スクワット 0/10000回

 ―――――――――――――――――――


 (……え、何この筋トレメニュー)


 スキルボードではなく筋トレメニューボードの間違いではないだろうか。

 俺が想像していたスキルボードは中心から外側に枝分かれしていくスキルの数々が載っているボードだったのに…。


 (これは所謂外れスキルと呼ばれるものなのでは?)


 震える手を石板改め筋トレメニューボードに近づける。なぜだか分からないけど触れることによって何かが起こる確証が俺にはあった。


 (頼む。当たりスキルであると思わせてくれ…)


 祈りながら石板に触れた。




【<始まりのスキルボード>】

 ―――――――――――――――――――

 右上:マラソン 0/100㎞

 右下:腕立て伏せ 0/10000回

 左下:腹筋 0/10000回

 左上:スクワット 0/10000回

 ―――――――――――――――――――


 報酬

 スキルボード 【????】


 スキル 【?????】

     【????】

     【?????】

     【????????】


 ――――――――――――――――――――


 (当たりスキルじゃないか……)


 失望で満たされていた心が歓喜の色に染まる。

 大声で笑わずにはいられない。


「くっくっく…ははっ……あーはっはっ――「スキルが暴走したか!桜子ちゃん準備」「わかりました――」――ぁああ!大丈夫です大丈夫です!俺元気です!無茶苦茶健康です何ともありません!」


 しかし、調子に乗ってあーはっは!と笑うことをすぐにやめた。

 何故なら、気づけばあと一歩の間合いに桜子さんがいたから。

 戦いの素人でも分かる必殺の間合いだ。


「本当ですか…?」


 ただ俺の内心とは裏腹に、これといった武器の様なものを持たない桜子さんの表情は鬼気迫るものではない。俺を心配してくれているようだった。

 殺処分するために近づいてきたわけではないと知り安心する。まあ殺さずとも無力化できるという余裕の表れとみることもできるけど…。なんかいい香りがします。


「はい、本当に、大丈夫です。思いのほか強そうなスキルだったことが嬉しくて、つい…すみません」

「いえ、強力なスキルを獲得したときに喜ぶのは当たり前なので構いませんよ。…ただ、誤解を招くような喜び方はちょっと…」

「…はい、すみません。…あ、あと先ほどは本当に失礼しました」

「先ほどのこと?……あっ…それはもう忘れて下さい。許しますから…」


 本当にすみません。反省しています。でも忘れません。

 顔を赤らめながら注意する桜子さんに90度直角の綺麗なお辞儀をする。


「脅かさないでよー、びっくりしたじゃん」

「…すんません」


 朝陽さんには口だけだ。この人にはそれで十分。これでいい気がする。


「むっ、謝意が感じられないなー。…まぁいっか。で、そこまで大笑いするほどのスキルにお姉さん興味あるなー。教えて」

「…えー」

「すみません美作さん。決まりですので…。スキルは冒険者にとっての商売道具であることは理解していますが、冒険者センターには冒険者の方々一人一人の安全を保障する責務がありますので…」

「まぁ、そうですよね。得体の知れない奴がダンジョンをうろついてたら俺でも嫌だ。…わかりました、詳しく話します」

「ご協力感謝します」

「…あれ?もしかして私嫌われてる?」

「…まずひし形の石板がですね――――――」


 桜子さんと朝陽さんの二人には今もなお俺の前で空をふよふよと漂う石板が見えない。

 俺は桜子さんのお願いを受け入れ、見たままの【スキルボード】について説明を始めた。美人さんのお願いは絶対なのだ。



 ◇◇◇



「…それは確かに強力なスキルですね…」

「ふむふむ、なるほどねー…」


 俺が見た【スキルボード】の情報をすべて説明し終わると桜子さんは俺の前でそうつぶやき、唇に手を当てながら考え事を。

 朝陽さんは上の階で椅子に座りながら考え事をしている。


 先に考えがまとまったのは朝陽さんだったようだ。


「美作君―――長いな、海君でいいや。…海君の言っていることが正しいのであれば君のスキル――【スキルボード】は相当に強いものであると言えるねー。チートだよ、チート。何せ筋トレをすればスキルを最低でも5つもらえるんだから。

 それに<始まりのスキルボード>と表示されているんだろう?次以降のスキルボードがあること間違いなしだ。これをチートと言わずして何といえよーか!」


 少し離れた階下からでも分かる。

 彼女の顔はそれはもう楽しそうだった。

 研究者にとって俺は最高の研究素材だろうなぁ。


「随分と楽しそうですね…」

「まーね。どう考えてもそのスキルは新種だからね、存在だけでなく種類、系統、何もかもがだ。私の職業は知っているだろう?今すぐ君を解剖したいくらいだよ。桜子ちゃんに怒られるからやんないけど。それに勿体ないし」

「……」


 (本当に研究素材として見てやがる…)

 

 知的好奇心丸出しの朝陽さんマッドダンジョニストに桜子さんが口をとがらせる。


「朝陽、冗談はほどほどにしてください。だから友達が出来ないんですよ」


 隣の俺にもクリーンヒット。

 しかし、俺がボッチであることを知らない桜子さんはそのまま俺に声をかけてくる。


「言い方はあれですが、朝陽の言う通り美作さんの【スキルボード】は全くの新種と言えるでしょう。普通、スキルは一人一つなんです。例外はもちろんありますけどスキルを五つも持っている冒険者は私の知る限りでは日本に一人もいません。世界に目を向ければスキルを五つ持っている人もいるにはいるのですが、名称が不明なものというのは……。

 とにかく、あなたのスキルで分かることと言えば筋トレをすれば強くなれる。今のところはそれだけですね」

「…そうなんですね」


 桜子さんの言葉を受け、俺は改めて浮かぶ石板に目をやる。



 <始まりのスキルボード>

 ―――――――――――――――――――

 右上:ランニング 0/100㎞

 右下:腕立て伏せ 0/10000回

 左下:腹筋 0/10000回

 左上:スクワット 0/10000回

 ―――――――――――――――――――


 報酬

 スキルボード 【???】

 スキル 【?????】

     【????】

     【?????】

     【????????】


 ――――――――――――――――――――


 冒険者について無学な俺だが、思ってた以上に強力なスキルであるらしいことはわかる。

 ニマニマしている朝陽さんは参考にならないが、桜子さんの難しそうにする顔を見ればこれがやばい代物であるのは一目瞭然だった。

 ただ、その前にさぁ……


「…シンプルに筋トレきつくないですか……?。マラソン100㎞が一番マシに見えるんですけど」

「…あぁ、そうですね」


 難しい顔をしていた桜子さんが苦笑する。

 さらっと書いてあるけど腕立て伏せ・腹筋・スクワット1万回ってなかなかに地獄だぞ?某スーパーヒーローさい〇まの100日分だ。禿げちゃう。


 Maxで一日300回と計算しても約1か月。

 筋肉痛とかを考えると絶対もっとかかる。


 (これ、ヤバいぞ…)


 どう考えても地獄なスキルにモチベーションを落とす。

 そこに俺の心情とは正反対の呑気な声が上から降りてきた。


「ええー、でもそれだけやれば最強になれるかもしれないんだよー?やらなきゃ損じゃん」

「他人事ですね…」

「――他人事だもん」

「……」


(まぁ、そうなんだよな)


 確かに他人事だし、腕立て伏せ・腹筋・スクワットをそれぞれ1万回すれば最強になれるかもしれないという希望があるのならやるべきなんだろう。

 でも俺が冒険者になりたい理由って女の子にちやほやされたいってことだけなんだよなぁ…。


 強くなりたい、ではなく。強いと女の子のモテる。だから強くなりたいなのだ。ここを間違えてはいけない。


 そこでふと気づく―――。


 ……ん?じゃあ強くなればよくね?と。

 そこに天の声が聞こえた。


「強くなれば女の子にモテモテだよ~。男の子なら誰しもモテたいよね~…多分」

「……そうじゃん」

「あ、あのぉ美作さん?」


 ―――そうじゃん、悩む必要なんてないじゃん。


「―――我妻さん…」

「は、はい。何でしょう…」

「…強い男ってかっこいいと思いますか……?」

「え、えぇ…まぁ人並みには…」

「筋肉がある男ってかっこいいと思いますか……?」

「は、はい。男らしいなぁ…とは」


 ―――かっこいい。―――男らしい。


 桜子さんのその言葉が耳から脳に通り抜け、やがて全身を駆け巡るのを感じる。

 全身からやる気が、力が漲る。下がっていたモチベーションは限界突破していた。


「…俺、したいです。」

「えっと、何をでしょうか…」

「…俺、筋トレが、したいです……!」

「……へ?」

「ああー!桜子ちゃん!そいつを今すぐ止めろー!まだ【スキル】使用後の身体測定を行っていないんだーーー!貴重な研究素材がーーー!」

「は、はいっ!」


 俺は筋トレしてモテ男になるんだーーー!

 桜子さんに羽交い絞めされた俺は全く身動きが取れずとも懸命に、そう心の中で叫んだ。

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